相変わらず慣れ慣れしい皇帝陛下に私の職務ではない任務を命じられては、王宮を跋扈する家畜を陛下の側頭部に投げつけて速やかに任務に出る忙しい日々を送っている。
最近では漆黒の翼とかいうチンピラがチンピラらしからぬ行動を取り始めたので、動きを追うよう命じられた。それは憲兵の仕事だと何度突き返してもしぶとく跳ね返ってきた。
凛少尉とはあまり顔を合わせていない。
チンピラの追走任務には参加させていないので、私が噴っ飛ばした植物園に黙々と植物を植え直してでもいるのだろう。
感情の発露の最初の一滴、声をあげて泣いたあの日。あの日から少しずつ表情が豊かになって友人も増えたらしい。落ち着きっぷりは相変わらずのようだが。
彼女の自身の変化の兆しもさることながら、最も目につくうえ、(我が意に反して)勘に触る行いが最近グランコクマの王宮で度々見かけられる。
「俺のお嫁さんになるともれなく世界の半分が手に入るぞ。どうだ?悪い話ではないと思うんだが」
ドラクエのようなことを言いながら、陛下は少尉の身体を支柱に押し付け遊ばされ、そのおみ足は女性の柔らかなふとももの間に。
抗う少尉の腕をそれぞれ御手で捕らえなさると、ゆるやかに白い首筋へ唇をお寄せになられた直後、ケツに軍ブーツの先端(金属)がぶちこまれたので「ぎゃひ!」と声を上げられた。
にこやかに笑う。
「陛下、皇妃候補をお探しでしたら議会にご相談ください」
皇帝陛下を探していたところ、無人の謁見の間に皇帝が少尉の腕を引っ張っていくのを見かけたので、気配を消して追跡し今に至る。
「おまえ・・・皇帝の尻が使い物にならなくなったらどうしてくれるんだ」
「ご安心を。玉座にドーナツ型のクッションを置いて差し上げます。それよりも陛下、いますぐ午後の執務にお戻りください」
「ったく。わーったよ。その前にマジで尻が痛いから薬貰ってくる」
ピオニーはあっさりと諦め、左手で腰の辺りをさすりながら無人の謁見の間を出て行こうとした。その肩をゴアシ!と捕まえる。
「おや、凛少尉は衛生兵ではありませんがどうして連れて行くのですか陛下?」
「あーもうなんなんだよおまえは!」
振り払われる。
「俺と少尉がどこでお薬塗りプレイしようと俺の勝手だろうがっ!俺のおかんかおまえはっ・・・ておいその角度と位置は俺のお尻に瞬迅槍?」
「サンダーブレードのほうがよろしければ変更可能です」
皇帝は少尉の手を解放し、胸の前で腕組みをした。
ピオニーと対峙する。
「そんなおっきい物ぶち込まれる理由が無いね。俺は凛少尉を口説いているだけだ」
「立場をわきまえなさいと言っているんです」
「少尉に素っ気無くされて素っ気無くし返しているおまえに、なにを言われても聞く気にならんな」
「私は彼女の上官です。我が隊の精鋭を不要な危険から回避させることも私の務めです」
「危険、か。じゃあ合意の上なら?」
「抵抗していたように見受けられましたが」
「あれは”いやいや”と言う少尉特有の求愛行動だ」
「本人の前でよくそういうことが言えますね」
「ライバルの前でもあるからな」
「誰が」
「本人の前で俺の口から言わせる気か?告白くらい自分でしろ」
言いながら私の襟首をひねり上げた。
意外に鍛えているのだ、この男は。
「おまえが中途半端な接し方しかしないつもりなら俺が村雨を貰う。文句があるなら今ここで言え。奏上を許す」
これまで少尉が押し付けられていた柱に、今度は私が押しやられた。
ドッと背を強かに打ちつけるが声など表情など乱さない。
猛る皇帝の瞳が忌々しげにねめつけて来る。
「陛下、大佐、おやめください」
いつもの漫才と思ってなるに任せていた少尉が、ここでようやく不安げな表情を見せた。
ピオニーの勢いを止めようと私と馬鹿の間に入って馬鹿の腰を押しのけようとするが、びくともしない。
「なんとか言え、ジェイド」
「少尉、下がっていなさい」
指先で眼鏡を持ち上げる。
言っても少尉はまだ懸命に引き剥がそうとしていたので、彼女の後ろ襟を掴んで横になぎ払う。
いとも簡単に転んだ。
転ばせたことがさらに気に食わなかったらしいピオニーは、「お前!」と叫びながらもう一度私を柱へぶつけた。
衝撃で眼鏡が床に落ちる
軽い脳震盪のあとに目を開けると横っ面を殴られた。
少尉が息を飲む声を聞いた。
直後、走って謁見の間を出て行った足音は人を呼びに言ったのだろう。
ますますこの男を殴るわけに行かなくなった。
「どうした、やり返せよ」
「お断りします。少尉がまもなく誰かを連れて戻るでしょうから、殴れば私は死罪だ」
笑う口の中で鉄の味を知覚する。
「ビビってるのか」
「ビビってるのはあなたでしょう」
「なんだと」
「本気で彼女を妃にしたいならおっしゃればいいだけではありませんか。皇帝勅命だと」
「・・・」
「ネフリーの身代わりだが妃になれと言えばいい」
本気の拳が来る寸前で大きな音を立てて扉が開いた。
「陛下!これはいったい何の騒ぎです」
ノルドハイム将軍にフリングス少将、ゼーゼマン参謀長。我が部下ながら見事な人選だ。
彼らを見、私にしか聞こえない声でピオニーは言う。
「・・・いつまでも少尉を放っておくならパレードで俺と少尉がちゅーするところを国民全員が見ることになるぞ。
覚悟しておけマルクト国民」
ピオニーは襟首を掴んでいた手を放した。
すっかり伸びてしまった襟を整え眼鏡を拾うふりをしながら、こちらもピオニーにしか聞こえない音量で言う。
「残念だったな。ネフリーは“私の”妹で、村雨は“私の“ものにする」
“私の”を強調してやると、もう一度掴みかかってこようとした嫉妬深い幼馴染はフリングス将軍とノルドハイム将軍に両脇から取り押さえられた。
「こんのやろお!テメーこらジェイドこんにゃろォ!正々堂々勝負しやがれー!」
「陛下、どうどう!」
「正々堂々勝負したら大佐が死刑になってしまいますよ」
ゼーゼマン参謀とすれ違うと
「一体どういうことですかな」
「職務中にお恥ずかしながら色恋沙汰です」
「念のためお聞きしますが、陛下に手を上げてはおられませんな、大佐」
「もちろんです。参謀閣下」
とりあえずほっとした様子の少尉のところまで下がり、横に並ぶ。
玉座の側では未だにピオニーが暴れて、ノルドハイム将軍に正面からハグされる形で上半身を取り押さえられ、足を取り押さえようとしたフリングス少将は見事に顔を蹴られていた。
その様子をゼーゼマン参謀がため息をつきながら眺めている。
「大佐、唇から血が」
傷を見つけた少尉がポケットのハンカチを取って私の顔に手を伸ばしてきた。
―――「あなたはどうか、間違わないで」
―――顔にゆっくりと手が伸びてきて、頬を撫・・・
忘れられない。認めざるを得ない。
ビビるのは止めだ。
「・・・すみません」
伸びてきた手をやり過ごし、顔を傾けて唇を押し当てた。
遠くでピオニーの声がピタと止まった。
唇をはなすと美しい人が呆けていた。その唇に私の血がわずかについたので親指の腹でぬぐう。
ピオニーが言葉にならない何かを叫ぼうと口をパクパクしながらこちらを指差したので、将軍らも振り返る。
しかし、第三師団の大佐と少尉が何事も無く並んで立っているだけである。
「おおおぉぉぉあおおおおおおおおまええええ!もう怒った!ネフリーも少尉もっ、俺の欲しいものを全部持って行きやがってぇえ!」
皇帝は怒ったそうだ
「皇・帝・勅・命!」
おやおや
「俺はジェイドと結婚する!」
・・・ん?
「ジェイドと結婚すればネフリーも少尉も手に入ると思って言いましたすみませんごめんなさいもう殴らないで」
おしまい