媚薬





媚薬を盛ってみた。

「うまいか、少尉」

「はい。とてもよい香りがします、陛下」

少尉を夕方のお茶会(in皇帝私室)に呼び出して、彼女が研究している冬も収穫できる栄養満天の豆について話を聞くふりをしながら、皇帝が手ずから入れた紅茶を飲んでもらっている。
鼈甲色の紅茶にはピンク色のオクスリが入っている。
こんな卑劣な手段は使いたくなくなくなかったが、あの鬼畜眼鏡が目の前で接吻を見せ付けてきたので、皇帝様が本気になったというわけだ。

パパよ、あんたにはまったく感謝してなかったが、こういうものを残しておいてくれたことには感謝してるぜ!パパ!



さあ少尉、そろそろ効いてきてもいいんじゃないだろうか。

「陛下」

お、来たか?

「ん?」
「陛下はお召しにならないのですか」

小首をかしげちゃってかわいいなーまったく。

「気にするな。やっぱりこういう場面はどっちかだけが飲んでいる状況がいいと思うんだ」
「そうなのですか」
「そうなんだ」

少尉はマルクト皇室流の茶会作法を新しく学んだと思ったらしく、感慨深そうに紅茶をもう一口唇に寄せた。
さあ来い。
そろそろ来い。
「陛下、なんだか身体が熱いです」って言え。






ところが、30分経っても全然効かない。

いい加減少尉に怪しまれる。はやく効けはやく効け。
いい加減ジェイドに感づかれる。はやく効けはやく効けはやく効け。
あいつに気づかれたら今度こそ下克上される。

「・・・あの、陛下。なんだか」

来たか!?

「お顔の色が優れないようにお見受けいたします。具合がお悪いのではありませんか」
「いやむしろ具合が良くなってほしいのは少尉のほうだ!」
「・・・は、はい。申し訳ございません」
少尉!紅茶が冷めただろう!もう一杯いるだろう!」

皇帝に「いるだろう!」と断定系で言われていりませんとは言いにくい。

「ありがとうございます。ですがそろそろ執務に戻らなくてはなりませんので」
「なにを言う!我が国民の命をつなぐ新たな食糧について皇帝たるこの俺に詳細に説明するのは開発者たるあなたの責務だ!さあその芋の研究を」

「豆です」

「その豆の研究を、交配の過程から男女の交配になぞらえて詳しく説明しなさい」

少尉の頭の上に「?」が三つくらいならんでいるだろうが、気にせず二杯目を入れに少尉の死角に行った。
親父の時代のモンだからなあ、効き目が弱くなっているのかもしれない。
よし、さっきより多めに入れて、効きをよくするためにブランデーも入れよう。






二杯目を飲み始めて30分間後、少尉がぐったりしてきた。
来たぁあああ!
ソワソワしながら少尉の椅子の横に並んでみる。

「どうした〜少尉、具合が悪いのか」
「・・・ん、陛下」

頭がふらふらしている。

「申し訳ありませ・・・すこし、体調が悪く・・・」
「そうかそうか。無理をするな。しばらく横になって休むといい」
「いえ、執務室に・・・戻」

頭をおさえながら椅子から立ち上がるが、膝が笑って机についた手が離せないでいる。
机に置いていた手がズルっと滑った。

「おっと、危ない」

膝から崩れそうになったのを抱きとめるナイス俺。

「すみませ・・・へい、か」
「ピオニーと呼べ」

「ピ・オ・ニー」

地響きを伴ってジェイドが現れた。
きゃあああああ!と言う声は飲み込む。媚薬がバレたら下克上だ。



「これはどういうことです」
「どうってその、少尉が具合が悪いって言うから」

少尉を一瞥するなり、ジェイドの瞳が死霊使いのそれになる。

「少尉に酒を飲ませましたね」

おお、媚薬を飲ませたことは流石にバレてないか。よし。

「あ、うんうんうん!そうなんだ紅茶にお酒をちょぴっといれたら少尉がこんなになっちゃってさー!
酒だけなのにさー!酒しか入れてないのにさー!」

「他に何か入れましたね」

「酒しか入れてないつってんじゃん!」
「酒しか入れてないつってんじゃんというのが明らかに怪しいと言っているのです」
「・・・い、いれてません」
「媚薬とか入れてないでしょうね」

「いっ!!いれてマセン!」

「この、変態皇帝・・・。少尉は返していただきます」

少尉を取り上げられた。

「てめえ、持ち帰って少尉に何する気だ」
「あなたと一緒にしないでください」
「一緒じゃねえわけねえだろ!少尉の腕にちょっと触ったりするだけでかわいい声出しちゃうんだぞ!
らめえとか言ってくれるんだぞ!?」

ジェイドが黙った。
おもむろに、つん、とジェイドが少尉の肩を突っついた。
おまえも男の子なんだなあ。

「・・・なにも言わないじゃないですか」
「あれ?おっかしいなあ。ちょっと俺にもヤらせてくれ」

指を伸ばすとすごい力で指先を握られた。

「イデデデデ!」
「効いてないのではありませんか、その薬」

「くすり・・・?」

少尉を間において騒いでいたら、当然ながら少尉が目をあけた。

「このバカが変な薬を盛ったんですよ」
「ごめん、少尉」
「大丈夫です。薬は効きませ・・・」
「?」

「小さい頃、から・・・毒を少しずつ食べて・・・クジラが死ぬくらいの薬品でも・・・効かない、です」



恐ろしい子!