化石



細い路地裏
右、数メートル先、往来
左、袋小路

ジェイドは少尉を壁に押し付けて手のひらで頬を包むように口付ける。往来から唇の重なるのを隠すように。
もう片方、袋小路側の腕は彼女の膝の裏に差し入れて、“挿れやすい位置”まで持ち上げている。

「大佐・・・待ってくださ」
「黙りなさい。こうしてほしいんでしょう」
「でもっ」

息も上がり、下まぶたに潤みを湛えた瞳が訴える。ジェイドは聞かず、これ以上ないほどにの身体を壁に押しやる。ぎゅうと目を閉じる、けれどすぐにうっすら開いて往来をちらちらと気にする。往来はグランコクマの王宮へ続く大通りだ。

「見るんじゃありません。私を見ていなさい」
「う・・・うっ」
「もう少し辛抱してください」

平日の真っ昼間、帝国軍人が路地裏でにゃんにゃん。
片や名門カーティス家の佐官。
片や皇帝勲章を持つ海戦の英雄、少尉。
バレたら大事になろうが、ジェイドは身体を押し付けるのをやめなかった。は苦しげに眉を寄せ声を殺し、ひたすら嵐が去るのを待った。
そのがある時点で彼の耳に唇を寄せた。

「たい、さ」

小さな小さな声

「もう・・・」
「イきましたか?」

こくんとうなずく動きがジェイドの肩に伝わってきた。
ジェイドはの足を離して、身体を離した。

「案外早くイってしまうのですね、少尉」

満足そうににっこり笑うジェイドに対して、はそっぽを向いて乱れた軍服を直している。

「・・・」
「おや、黙りこんで何を怒っているんです?あなたが私に”してほしい”と言ったのではありませんか」
「・・して欲しいなどとは申しておりません。わたくしは、ただ後をつけられていたので隠していただきたいと申し上げただけです」

お互いの詰襟のホックは規則どおり一番上まで閉まっているし、軍服のタイツも下ろされていない。

「そのストーカーも行ってしまったのですから、私は充分に役目を果たしたと思っています。まあ多少、あなたが苦しがるくらい壁に押し付けて、あなたが恥ずかしがるくらい足を高く抱えさせていただきましたが、単なる演出です。こういうのはよりそれらしいほうが効果がありますので」

はなにか異存を唱えようと口を開いたが、声を成さぬままつぐんだ。
イくだのなんだとのと、きわどい言葉のオプションもあったけれど、

あれは「ストーカーが”行き”ましたか?」という意味であって、それをいやらしい意味に聞きとるのは聞いているほうがいやらしいのだ。

そんなことを言い返されそうなので、は口をつぐんだらしい。賢明だ。
けれどまだ言いたいことがあるようにジェイドの目には映った。

「せ」
「せ?」
「接吻までなさってとは申しておりません。今日も、この前にピオニー陛下と喧嘩をなさった際も」

は地面に向かって怒った。白い頬は赤みを帯びている。

「接吻ってあなた、いつの時代の人ですか」
「2000年前の人間です」

あ、すねた。珍しいことだ。ジェイドは観察を続ける。

「そうでしたね」
「わ、わたくしは言葉も考え方も古いです。ですから、こういうことはとても・・・困ります」
「困ります、ですか」

“こういうこと”というのはおそらく、これまでにジェイドがしてきた色々なお茶目が含まれているのだろう。思い返せば結構色々してきた。
どれもこれも故意にやってきたことだ。2000年前の箱入り娘に性急に接してきたのは認めよう。しかしジェイドはため息を落とす。

「これだけされて“困ります”しか文句を言わないから、ああいう変態に追い掛け回されるのですよ」
「その定義で言えば大佐も変態です」
「人類なんてみんな変態なんですよ、少尉」
「開き直らな・・・ひ」
「失礼ですね、優しく抱きしめたのですからもっとかわいい声を出してください」

手順を追わねばならないなら、そうしよう。
びっくりさせないように抱きしめる。
直立不動で黙ってしまったは、しばらくしてからその腕を恐々とジェイドの腰にまわした。
不覚にもジェイドはちょっと感動した。

譲歩には譲歩で応える。

「さて、次はどんなステップを踏めばよろしいんです、お姫様」


「・・・・・・交換日記」



「この化石娘」