議会が業を煮やして送り込んできた刺客と写真で対面した。
いとこのはとこのまたいとこくらいの親戚の娘らしい。
名前は・・・ええと、なんだったか。
ネフリーって名前じゃないことは確かだ。
顔は美人だが、鉄仮面みたいに暗い顔だった気がする。
写真、見たんだがあまり覚えていない。
確かに覚えているのは一つだけ。

ネフリーじゃない。






「いやだよ、ジェイド」
「わがままをおっしゃらないでください。写真を拝見しましたが美人で若くて、よかったではありませんか」
「名前が違う」
「・・・」
「顔も違う」

ピオニーは難解な地質学の本を顔に載せたまま、ソファーに仰向け。
だらしないったらない。
外はとっぷりと夜。
もうそろそろ執務室の鍵を閉めたいのでご退場願いたかったが、そうも行かないだろう事はピオニーがブウサギを連れて来なかった時点で薄々気づいていた。
ジェイドはだらしないピオニーを一瞥し、声音を変えた。

「言っておくが、ネフリー以外は絶対にネフリーではない」
「・・・そういえば、そうだな」
「一人の人間と同一の人間に関する事を私に言わせるな。得意すぎて言いたくない」
「・・・そうだな。すまん」

ピオニーは語尾だけ笑って起き上がった。
視線は床の先を見ている。
目は笑ってない。

「昔言ったんだ。付き合うのがネフリーじゃないなら他の誰でも同じだって」
「誰に」
「秘密」

ジェイドは知っている。ピオニーが誰にそれを言ったのかは知らない。
知っているのは、ピオニーが“秘密”と言ったことは彼は絶対に口を割らないということ。

「女だろうと子供だろうと男だろうと動物だろうと同じだーって」
「動物と子供はよしてくださいよ、ピオニー陛下」

肩をすくめて、一瞬で陛下と大佐の態度に戻る。

「おう。それは勢いで言っただけ」

子供はどうかしらないが、動物についてはなまじピオニーの近くに居まくるだけに冗談で本当によかったと思わずにおれない。
ピオニーはソファーに正しい格好で腰掛けなおした。

「男だったらもちろんやだけどな、女だってやなんだ」
「や、とか仰らないでください。年齢を五捨六入しますよ、36歳」
ピオニーは「素直に四捨五入しろ、35歳」と笑いながらジェイドに言い、彼が散らかした本を書架に戻していたジェイドの横に並んできた。
書架のガラス戸にピオニーが映り込んで、ジェイドは振り返らずに彼の表情を視認することができた。
怖い目をしている。
他者を脅かすものではない。
危うい目というだけ。

「でもたぶん・・・もう逃げられん。ありゃあ議会が送り込んできた最後の刺客だ」

確かにそのとおりだろう。
皇帝が勃たなくなってから子宮が来ても遅い。
皇帝の意思に関わらず、国家としては種まきができるうちにたくさんしておきたいのだろう。
書架に本を仕舞う。

「ぐだぐだ言い訳をつけないと誘えないなんて、ピオニー陛下らしくないですね」
「言いあぐねている、というかわいい表現にしろよ」
「そうですね。・・・で?」
「うん?」
「今日言いあぐねているのは抱かせろですか?抱いてくれですか?」
「やらせろ」
「下品ですね」

確かに、彼にとってはもはや女も男も子供も動物も同じなのだ。
















そう頑丈にはできていない仮眠用ベッドが律動にあわせて軋んだ。
肉をえぐって喰らうことを目的としているセックスだ。ピオニーの身勝手な律動はジェイドにとって快楽ではなく苦痛だった。けれど痴態が呼び起こされている今、苦痛は興奮をもたらす。

「もっと、ナカ・・・動かせ」

無茶言うな。とジェイドは思ったが、その時点でははっきり声にできる余裕はなかった。
ベッドの軋み
犬の息遣い
布擦れの音

「んっ・・・っ、く」

ピオニーが呻いて律動が緩んだかと思うと、ジェイドの体内から引き抜いた陰茎を素早く手でしごく。
精液が噴き出した。
ジェイドの腹部にかかる。
かけられて不快そうなジェイドの顔の横にがくりと両手をついて、ピオニーはひとり余韻に浸っている。

「拭くもの、とっていただけますか」
「・・・やだね」

上下する肩
けれど息も整わぬままピオニーの唇が笑った。
怖い目は継続している。

ジェイドが腕の檻から抜け出そうとするとベッドに引き戻された。
力いっぱい腕をつかまれ、痛みがはしるほど。

「そのままでいいだろっ。もう一回」

褐色の肌がジェイドの下の方でうごめいた。

「俺はおまえのおっぱいが平らなの見ないしちんこついてるのも見ないようにするからおまえも女みたいに喘げ」

早口にまくし立てる。

彼は焦っている。

こういうピオニーは見たことが無かったし、見たとしても見なかったことにしたいと思った。
それに、ピオニーが誰を思い描いているのかわかり易過ぎる。見知らぬ女を思い描くのなら一向に構わないがジェイドの頭に近親が浮かべばそれの名前を言われずとも一気に冷めた。

「萎えました。私は別にあなたと真剣な、手順を踏んだ交際をしたいわけではありませんが、そういう注文は受けたくありませんね」

「・・・」

ピオニーは自分の唇をきつく噛みしめた。
一瞬眉根が歪んで、ピオニーが泣くかと思った。
泣かなかった。
泣くかと思った瞬間、ジェイドは「泣くな」と思ったけれど、それがわりと優しい感情から来る「泣くな」という思いだったので即座になかったことにした。



皇帝が胸の上に落ちてきた。

褐色の拳が褐色の額に強く押し付けれている。

表情など見えない。

見たくない。

あまり身体を密着させると、精液、つきますよ。

言わないでおく。



「ネフリーがいいんだ」
「そうでしょうね」

「他のひとじゃ意味ないんだっ」
「ええ」

「無理だってわかってるんだ!」
声が爆ぜる。
「そうだな」

「だってこの前会ったらいま幸せだって言ってた」
声がかすれる。
「そうだな」



「ネフリー幸せなら・・・俺無理だ、ジェイド」
「ああ」


「・・・」

「・・・」


「ざびじぃ」

声がにごる。



強張る褐色の背中に手を置いてみた。こういうのはちゃんとお互い服を着ていたならいま少し躊躇わずにできたかもしれない。
裸で、一回シた後だと滑稽すぎて笑っていいのかもわからない。
笑わないが。
ピオニーは泣いているだろうか。
それもわからないので、最悪の状況を想定して背に置いた手でとん、とんとしてみる。

「撫でんなボケ」
「泣くなアホ」

泣いてねえよ、とピオニーはちょっと笑って言った。


























笑って言ったピオニーは翌日“鉄仮面”と呼んだ女性と庭でデートをしたそうだ。

「好きな人がいるんだって、まあ若いからな」
「そうですか」
「でも好きな人がスコアで読まれた人と結婚しちゃったんだってさ」
「どこかで聞いたような話ですね」

午後の公務をサボって床から這い出てきた皇帝。
ジェイドは筆を執りながらいつものように消極的に相手をする。
ピオニーはソファーに土足であがって、肘掛に頭を置いている。
定位置だ。

「だから俺は言ったんだ。君の好きな人が結婚した人が、いい人だといいねって」
「そうですか」
「そしたら鉄仮面だと思ったのにすごく泣くんだ。泣いて泣いてその末になんて言ったと思う?」
「さあ」
「陛下の好きな人もきっと優しい人と結ばれます、って泣くんだよ」
「バラしたんですか」
「バラすわけないだろ。女って怖ぇーって思った。俺に好きな人がいて諦めなきゃなんない状況だってわかっちゃったんだぜ。すげーよ」

随分嬉しそうに言う。
この話の論旨は「見合い相手は好印象でした」ということなのだろう。

「よかったですね」
「よくないさ。まだお互い同情だから」

ピオニーは本の見開きで仰向けの顔を覆った。
難解な地質学の本ではない。
彼が持ちこんだエロ本だ。
元気そうでなにより。

「同情で人を好きになるのは若いうちに済ませておくものだからな。俺はちゃんと恋がしたい。なあジェイド、恋する瞬間なんて子供も大人もきっと同じだよ」
「議会はそれほど猶予を与えてくれないかもしれませんが」
「ダイジョブ。おれ皇帝だから、ゆっくり恋させろってコーテーチョクメー!」

エロ本をかぶったまま両手を両足をでたらめに、大げさに広げた。

「はいはい」
「おまえやる気ねーなー」
「心外です。今後は恋に忙しい陛下が私の仕事を邪魔しにくる回数が少しは減るのかと思うと、仕事のやる気がいつもの二倍くらいになっていますよ」

書類にサインする手は止めない。

「ブーブー!俺と遊べよー。それとたまにはヤラセロー」
「おや陛下。ペットに似てきたのではありませんか」

皇帝がエロ本の下から発したブーイングは軽くスルーした。
「陛下ぁー!どこですかー!」と、
ゼーゼマン参謀がいつものようにピオニー陛下を探している声が近づいてきた。
ピオニーは「よっこらセックス」と言いながらソファーから立ち上がり、ジェイドの木卓に背を預けて腕組みをした。
木卓に体重を預け、穏やかに息をつくピオニー。
ジェイドは見ず、筆を進める。
執務室は午後の日差し
やわらかく窓からそそいで絨毯に陽だまりをつくっている
なじむ空気



「恋の相談、のれよ?」

「そういうのは得意分野ではありません」

「ははっ!楽しみだ」



執務室は午後のひだまり
午後の公務をサボる皇帝
探しに来る参謀
仕事をするジェイド
怒られる皇帝
仕事をするジェイド
懲りない皇帝
なじむ空気



一瞬、あの変な友人の好きになる人がいい人であることを思ったけれど、思った自分が気持ち悪かったので即座に思わなかったことにした。



おしまい