彼らの審神者は、最初の頃こそ能力の粗末なさまを「見目の良いばかりで」と同業から散々そしられていたが、日に日に力は強まって、今となっては周りからも一目置かれる存在となっていた。
太郎太刀もほかの刀剣たちと心は同じ、この主のもとで使命を果たしてゆけることを誇らしく思っていた。
そば近くに侍る役目を戴いてからはその想いもひとしおである。
そして主は日に日に弱っていった。



「御免、主がどちらにおわすか知っていますか」
太郎太刀が短刀部屋にいた面々に尋ねると愛染国俊が元気に答えた。
「五虎だよ、あいつが庭に連れてったんだ。俺らも行くって言ったのに、薬研にいがさあ」
「あたりまえだろ。今日は加減がいいったって、おまえら全員相手にしたらよかったものも悪くなる」
「ってゆうもんだからさあ」
「わかりました。ありがとう」
庭に面した廊下へ行くと、整えられた低い垣根の向こう、やわらかな日差しの下に主の姿が見えた。
はしゃぐ五虎に向かって優しい笑みを向けているのを確かめて太郎太刀はひとまずほっとした。 ふと、主の背のあの柄は確かずいぶん薄手の羽織だったと思いだし、綿入りのものを取ってこようと踵を返したその時である、猫が一斉に鳴く声がした。
振り返ると垣根の向こうから主の姿は消えていて、小さな虎たちの鳴き声にまじって「あるじ様」と五虎退の甲高い悲鳴が響いた。






「落ち着いたようだな」
日もすっかり暮れたころ岩融が主の寝所を訪ねてきた。
布団の手前には大きな太郎太刀がじっと座っていて、いま少し近づかなければそこに主が眠っているのかちっとも見えない。
「昏睡を、落ち着いていると言うべきかわかりません」
いつも礼儀正しい男が振り返りもしないまま暗い声でかえし「…すみません」と加えた。
岩融は聞こえないようにため息を落としてから中に進み、主の枕もとにどっこらせとあぐらをかいた。
頬杖つき、蝋燭のか弱い灯りで太郎太刀の顔をうかがう。
数時間のうちにずいぶん憔悴したように見えた。
太郎太刀がここにきたばかりのときは、感情があるのかさえ定かでなかったものだが、主の近侍を任されて誉れを重ね、時が経つにつれこれは人に似てきたと岩融は思っていた。闘う以外で役に立たない自分の無力なさまにうちひしがれて、このような顔をするのだから、もう立派な人もどきである。
「五虎退の様子はどうですか」
人だ。
「おまえが悪さをしたわけじゃねえってオレと、江雪まで来てありがたーい説法聞かせてやったがずっと泣きじゃくったまま聞きやしねえ。薬研が薬だって白湯をのませてようやく寝た、ついさっきだ」
「そうですか」
「おまえも今日はもう休め」
夜通しついている雰囲気だった太郎太刀にそう言ったけれど、視線は眠る主にそそがれるばかりで返事はなかった。
「ったく、おまえまで倒れたらどうすんだ。いいからおとなしく」
「私の力は満ちています」
太郎の目が岩融へとゆっくりと移ってきた。
「なにゆえでしょうか」
「うん?」
「我らの力の源泉は審神者たるこのお方に依るとあなたがかつて私に教えたことです。しかし主は弱るばかりで我らは陣を出ぬまま力を持て余している」
「…」
「なにゆえ、なにゆえに」
静まり返った本陣に声は地を這い、赤く隈取ったその目には殺気さえこもっていた。蝋燭の作る太郎太刀の影が風もないのに不気味にゆらめく。
岩融は臆することもなく、その太郎太刀の様子をしばらく黙ってまじまじ眺めていたが、自分の中でなにか小さな結論を得ると、その口を開いた。
「審神者の力は持ち主の命を削っているからだ。これの力が無尽蔵だとでも思ったか」
影の揺れが止まったのを目の端で確かめて岩融は淡々と続けた。
「やがてこれは死ぬ。これだけではない、ほかの審神者も強大な力を得た頃から体は弱って死んでいく。ゆえに審神者は幾人も、いつの時代も必要なのだ」
「…」
「ははぁ、使命などより主が大事か?ならば教えてくれよう、おまえがこの本陣にいる者達をすべて斬り殺せば、主の命を吸う者はいなくなる」
太郎太刀から殺気の一切が消え失せて、今や、隈取ったまなじりは裂けんばかりに瞠られている。
なおも岩融は打つことをやめない。
「なに、珍しいことではない。主に人のような心を寄せすぎたあまり、主大事と他の刀剣をその手でひとつ残らず打ち壊し、最期に自らの人もどきとなった命も絶つ。そういう者たちは大勢いる。おまえもよく見るだろう。殺気に満ち満ちて刀を斬りたがる刀を、これより先に審神者の戦いを続かせまいと我らを阻む、呪われた者たちを」

「岩融」

審神者の声に弾かれて二人そろって横たわる主のほうを向いた。
「あまりいじめてはいけない」
主が白い頬を力なく笑わせてたしなめると、岩融は唇をとがらせて肩をすくめた。
「太郎太刀」
太郎太刀は困惑を隠せずに、前のめりになって主の布団に手を置いた。
「嘘だと」
「嘘ではない」
すがる言葉の先を払われて太郎太刀は震えあがった。
「主、私は、どうすれば」
「おまえが耐えてくれると信じたから私はおまえをそばにおくのです」
太郎太刀の薄く開いたままになった唇からは、喜んでいいのか恨めばいいのか悲しむべきなのかわからずに、ついに小さなうめき声だけこぼれて布団に顔をおしつけた。
大きな背が震えているのを見て岩融は苦いものでも食わされた顔をした。
「だから前にオレが言ったろう。人もどきになりそうな真面目者をあんまりそばにおくもんじゃないと」
審神者は体を起こせなかったが、手だけ動かしてかろうじて手の届く太郎太刀の肩をやさしく撫でた。
「ったく、言ってるそばから」
「五虎退は泣いて?」
「もう泣き疲れて寝た」
「驚かせて悪いことをしました。あした、あれも撫でにいかねばね」
今日はこちらとばかり、審神者は撫でこ撫でこを続ける。
「ここが人もどきだらけになってもオレは知らんぞっ」

その言葉を置いて、岩融は主の寝所をあとにした。











まだ朝もやかかる明け方のことである。
宗三左文字が朝の勤行に向かうと、本堂の前の廊下に江雪が座っていた。さらには木戸で仕切られた堂の中からは何者かの読経が聞こえている。
「おや。どうしたことです、この状況は」
「先客の岩融に追い出されたのです」
「まさかあの破戒僧が夜通し勤行を?今日は空から三日月宗近でも降りますか」
「愛撫の煩悩がどうとか」



おしまい