きみは生きなよ
それがいいよ
とてもよいことだよ
おっさんとてもよいことだと知っているよ
君たちより何年長く生きていると思ってるのよ、それに一回死んだことあるし、それもこれも年の功さね。
年の功さね。
ねえ、ああ、すごくねむいよ、ちょっぴりしかのんでないのにもう年だね
もう年だね。
そうだ
そうとも
年をとろうね、せいねん、じょうちゃん、わんこもさ
きみは生きなよ
それがいいよ
とてもよいことなんだよきいてるの
きいてるね
ありがとね
ああ、ねむたいなあ



「ユーリィ、レイヴンが同じ言葉を繰り返しながら寝ちゃったよう?」
「ったく、花見で酒飲んで酒に飲まれて若いのに説教たれて同じこと繰り返しながら
寝ゲロなんて、おっさん要素多すぎだろ」
「寝ゲロはしてないですよ」
「あんたが寝ゲロって言わないの!」

夜桜のお花見。
やんわりしたエステルのつっこみにリタが上手にツッコンだのを見届けて、ユーリはやれやれと腰に
手をあてて、寝こける35歳を上から覗き込んだ。

「おーいおっさん、おきろー」

ブーツのつま先でこつんと蹴ってみる。

「反応しねえと下のほう蹴とばすぞー、おーい」
「これは起きそうにないわね、寝ゲロされると面倒だから宿まで帰してはどうかしら」
「それっきゃないか。カロル先生、出番ですよ」
「えー!僕じゃ無理だよ、僕レイヴンより背ぇ低いもん」
「背かぁ。・・・ジュディ?」
「ユーリだよ!」
「へいへいっと」

よっこいしょ

「うわー、なんが首のあたりがしょりしょりする・・・」

ハルルの木へ続く坂道は、穏やかなハルルの街に似合わないほど猛烈な角度の坂道。
大の男(35)を背負って下るには、ユーリとて楽な作業ではない。
チラっとハルルの木の下で盛り上がっている仲間たちを振り返ってみる。

「たけのこにょっきしようよ!」
「わーカロル。チャカポコニョッキとはどんな遊びです?楽しそうです」
「チャカポコじゃないわよ!妙に楽しそうな響きになっちゃってるじゃない。たけのこ!」
「あら?チャカポコニョッキのほうが楽しそうな響きでいいじゃないかしら」
「わん!」
「じゃあチャカポコニョッキでいいね」
「楽しそうです」
「あのね、ルールは誰かがチャカポコチャカポコニョッキッキ〜!って言ってね、それで」
「あ、あたしは絶対やらないわよ!」

ユーリは手伝いを期待するのはやめて、背中のおっさんを持ち上げなおした。
するともぞっとレイヴンが動いた。むにゃむにゃ言ってる。

「むにゃ・・・2ニョッキ!・・・むにゃ」

完全に寝言である。しかもたけのこ(チャカポコ?)にょっきゲームに参加したつもりで
いるらしい。
笑えた。

「ったく。あっちはみせーねんチームだから、おっさんと俺は仲良く退場だ」

てくてくと、坂道を下りていく。
宿までなんて5分もかからない。































キャナリ
もうおれは大丈夫だ そんな気がするよ
だめだと思ったらもうだめだーっていえる人たちがいるよ
それって大丈夫ってことだと思うんだけど、違うかい。

そうさね

この調子でお嫁さん探しでもはじめようかな
好きな人できるかなあ おれもうけっこうおっさんなんだもんさ
若い子にハマちゃったりしたらキャナリ おねがいだから おれのおしりを蹴ってね
でももし本当に好きな人ができたらどうか 結婚式にきてね
電報可
そうだなぁ
ええとねえ

うん

まあ

そんときは イエガーも一緒でいいよ
手ぇつないで来てもいいよ
おれもうだいじょぶだからね

「も、・・・だいじょ・・・ぶだからねえ・・・ねえ・・・・・・むにゃ」

聞いてちゃいけないものを聞いてしまった。気がする。
レイヴンを宿の男子部屋のベッドに放り投げて、一気に疲れた肩をぐるぐる回していたら
レイヴンの寝言が始まっただけで、不可抗力だ。
寝ている人がいるのに部屋のランプをともすわけにもゆかず、けれど部屋は青く明るかった。
小ぶりの四角い窓がベッドのそばにあって、底から差す月明かりが強いのだ。
窓の外は、窓ガラスすれすれのところまでハルルの枝、満開。
ベッドに眠るレイヴンの背中に四角い窓の形の光が落ちている。
レイヴンは毛布を抱きしめて幸せそうにニヤついて・・・いや、ここは優しい表現にしてやろう。
幸せそうに笑ってる。

カリカリと扉の方で小さなひっかき音がした。
音をたてないようにノブをひねると、ラピードがレイヴンのひょうたんの紐をくわえてお座りの
格好をしていた。
ユーリは屈んでラピードの首を大きくわしゃわしゃしてやった。
ひょうたんを振ってみるとわずかながら中の酒はまだ残っている。
ひょうたんをレイヴンのベッドサイドにおいて、ユーリはラピードと下りた坂道をのぼることにした。







「あーユーリー!」
「ユーリ来たわね!」
「ユーリ!待っていましたっ」

坂を上りきった途端、カロルとリタとエステルにしがみつかれた。

「うおっと。なんだよ、ちょっと離れた間に俺ずいぶん人気でたな」

ジュディスはいつものにこにこ顔で少し離れたところからゆっくり歩いてきた。

「ふふ、色オニをしていたのよ」
「黒って意外とないんです」
「リタのタイツ黒だから触ろうとしたらすっごい怒るからさあ」
「あったりまえでしょ!」
「チャカポコニョッキゲームでもリタがニョッキ!って言ってくれないからゲームになんなくてさあ」

カロルが生意気言ったところで詠唱を始めたリタと追いかけっこがはじまり、そのすきに
ジュディスがカロルにタッチした。

「はい、次はカロルがオニよ」
「ええ!?」
「はーん、ざまあみなさい」
「ちょっとぉ!いまのリタのせいだよぉ」

いつもの風景にユーリはやれやれと笑う。まだユーリの黒い服をつまんだままでいたエステルが、
思い出したように(やや照れながら)手を放した。

「そういえば、レイヴンは大丈夫です?」
「ああ、いま昔なじみと酒飲みながら夜桜見てる」
「お友達!それは素敵です。でも、あれ以上お酒を飲んで大丈夫なんです?」
「大丈夫だろ」
「そうなんです?」
「おっさんがもうダメだーってなっても、俺たちがいるからな」

桜の根元でカロルが元気よく「肌色!」と叫んだ。
カロル先生がオニになって、色オニは続行しているらしい。
リタがジュディスの肌を触るか触るまいかめちゃくちゃ悩んでいる。

「わたしも、ジュディスのお肌にさわりたいですー」

エステルが大喜びしながらジュディスのところに走っていって、ユーリは

「おーいおまえらー、あんまり騒いでると通報されちまうぞー」

と呼びかけて

「「「それはユーリの特技でしょー」」」と合唱で返ってきた。

このアホっぽいやりとりにおっさんがいないというのは、椅子が一個余ってるみたいな物足りなさが
あったけれど、今日は容赦してやることにした。














翌朝、よく晴れた。

「んぁー、あたまいたぁーい、おっさんしんじゃぁ〜う」

レイヴンがベッドで悶え休んでいる。
部屋はカロルとユーリも同室だ。

「大丈夫レイヴン?」

カロルは優しくも、水を持ってレイヴンを覗き込んでいる。

「うーん、ありがと少年」
「おっさんは飲みすぎなんだよ」
「おっさん悪くないもん。少年もいっぱい黄色い飲み物飲んでたじゃん」
「“もん”とか言うな。気持ち悪い」
「し、しどい・・・」
「僕のはなっちゃんだもん」

うんうん、とユーリは腕組しながらうなずいた。

「え!?いま少年も“もん”ってゆった!“もん”ってゆった!」
「だからもんもんすんなって言ってるだろ。気持ち悪い」
「ええ!?もんもんってまたそれ意味違っ・・・ぅううえ、頭いたーい」

自分の大きな声に泣きそうになっているレイヴン。まだぶつくさ言っている。

「なんでみんなそんな元気なんよぅ、昨日おっさん寝ちゃってから何してたの?」
「なにって・・・」

ユーリとカロルは顔を見合わせ、そして

「ジュディの肌に触った」

と言った。