眠いんだ
おっさんはいつもとても眠いんだ

起きているときは気を張っているだけで、いつもずっとずっと眠いんだ。
眠くて眠くて、起きてるのは疲れるんだよ。
眠れない夜さえ眠いんだからね、本当でしょ


コンコン


おや、小さな手のノックの音






してもらえなかった、してほしかったこと







「どしたぃ、少年」

「・・・」

カロルは大きなシャツ一枚で、それで膝より下まで隠れるので寝巻きにしている。
最初は、彼女が彼氏のワイシャツ着てうっふんみたいだねってからかったけど、さすがに毎日寝泊りをしていたら
そんなツッコミもなくなり、自然な風景。

カロルは下唇をぐっと噛んで、あごを引いた格好で動かない。
身体の前に大きな枕を抱えて、おっさんの泊まる部屋の扉のあたりに立ったまま入ってこようとしない。
真夜中だもの
ノックされたらビックリしたよ
おっさんは眠たいけどね、びっくりするときはするんよ。
少しだけどね。

「笑わない?」
「笑わないよ」
「・・・ぃ」
「ん?」
「眠れない」

顔はずいぶん眠たそうに見えるけれど、眠れないのだそうだ。


「おいでおいで。おっさんのフェロモンのそばでおやすみよ」

この言い回しには嫌な顔をしたが、カロル少年はとぼとぼと部屋に入ってきた。
あいにくベッドは一つしかなかったので、はんぶんこだ。
大きめベッドでよかったね。
ぬくさは保証するよ

ぬくぬく感にはご満足いただけたようで、少年はそれまでおっさんがおさまっていたベッドのくぼみにおさまった。

「・・・レイヴン、ごめんね」
「なによ、少年は悪さでもしたのかい」
「レイヴン起こしちゃったし」
「大丈夫大丈夫。歳とるとぐっすり長い時間眠るってのは、疲れちゃうからね」
「そう?」
「ほどほどがいいのよ」
「そっか・・・でも、せっかく久しぶりの一人部屋なのに」
「エッチ!おっさんそんなにエッチじゃないもん!ふけってないもん!」

とか言ってみたら少年にかわいそうな目で見られてしまった。



「あのさ、レイヴンは眠れない時どうする?どうやって寝るの」

枕に頬杖を付いて、うーんと考えるふり。

「じゃあ、ひとつ伝授しよう」
「うん!」

カロルの顔と声がぱっと明るくなった。
うぅ〜ん、ちょっと罪悪感。適当なこと言うんだけど、許してね。

「まずは、全身に意識を張り巡らす」
「うん」

心なしかカロルの身体が強張った。実践しているのだろうか

「それから末端から中心へ向かって、一つずつ身体の部品をオフにしていくんだ。最初は指の機能をオフにして」
「息は?」
「吐きながら」
「うん」
「次は足の指、足首。ゆっくりだよ」

「うん」と少年は真剣にうなづいた。
頬杖のまま見ていると小さなカロルの身体の部品が一つずつ、静かに、言うとおりに、脱力していく。

「腕ぇ」
「・・・」
「膝ぁ」
「・・・」
「肩」
「・・・」
「太もも」
「・・・」
「ちんちん」
「え!?そこも?」
「あーほらまた力んだ。最初ッからやりなおしだぁよ」

末端から、中心へ、息を吐きながらカロルは忠実に行った。

そして頭の力まで抜いたところで





「・・・寝れないよぅ」

と泣きそうな声で抗議するのだ。

明日も長い距離を、魔物たちと戦いながら移動する。
寝なくてはならないという制約
眠れないという焦燥
どうやったら眠れるのかしらと思えば思うほど、思考によって動く脳が眠ってくれない。

なんだか、なつかしい。

「もう一度やってご覧、ね」

誰かに縋って眠ろうとしても、みんな先に眠ってしまうんだよなあ。
俺はいつもおいてけぼりだ
俺だって眠いのに、どうしても眠れないんだもの

ねえ

「ねえ、やっぱり眠れないよ」
もう一度眠り方を教えて、やってみるから
起きて
ねえ、もう一度教えてったら、お願いだから、お願いだから、寝ないで
起きていて
眠り方をもう一度、お願いだ
一緒に眠らせて

キャナリ

イエガー

アレクセイ

おいてゆかないで



今のはカロルの声?それとも自分の
ああ、くそう
涙が出そうだ


「・・・ン、・・・ヴン、お願い、・・・で、寝ないで」

「・・・」

揺すぶられて、自分がいつのまにか目を閉じていたのだと気づく。
目の前には涙が出そうなカロル。

「ぼくにも寝方を教えていて、お願いだよ」

「うん、おきているよ」

その寂しさを知っている気がするもの

眠いけど、おきてるよ

はるか昔の自分がしてもらえなかった、してほしかったこと



「おいてゆかないよ」