「ファーストエイド!ファーストエイド!ファアズドエビド!ヴァースドエビ・・・う、うええ」

「泣くなボッコス!」

「は、はい!ルブラン小隊長!」

「アデコールも続けるんだ!ファーストエイド!ファーストエイド!」

「ファーストエイド!ファーストエイド!ファーストエイド!」

神様
神様
神様

そう繰り返すのと同じ心地で唱えた。

崩れ落ちるバクティオン神殿。
強張った面持ちのユーリ・ローウェル一行が「彼は神殿の最深部にいる」と言った。それを聞き、シュヴァーン隊のルブラン、アデコール、ボッコスが神殿に駆け込んだとき、彼らの隊長は人の目につきやすい、浅い階層、広い部屋の隅っこにいた。胡坐をかいて座って、頭と肩を壁に預け、ぐったりしている。ぴくりとも動かない。
ルブランが息を飲み目を見張った一瞬、白い髪の赤い服を着た男が扉の向こうに見えた気がしたけれど、まばたきの間に視界から消えた。

「シュヴァーン隊長!シュヴァーン隊長!」

揺すぶっても返事は無かった。
呼吸を確かめたら息をしていなかった。
心臓の音を確かめようと思ったら心臓がなかった。
心臓は無かったが、まだ首筋が温かい気がしたので、ルブランとアデコールとボッコスはひたすらに自分達が使える回復魔法を唱え続けた。
ファーストエイド、ファーストエイド。
ナースなんて高等魔法は使えない。


























いくつかの声が聞こえた。

「ケガをしているわ」

ひとつはキャナリ。好きな人の声。
真っ暗闇で響いた。
「もう休む?」
と優しく尋ねた。
髪を撫でられた気がして私はひどくうなずきたかった。
けれどうなずこうとしたらもうひとつ声がした。

「君は稀有だ、シュヴァーン」

アレクセイ騎士団長の声。
灰色の世界。頻繁にノイズが走る。
ぼんやり輪郭が浮かぶ。こちらに背を向けている。私の心臓には心臓魔導器が埋め込まれている。
「拒絶反応を起こしてもう一度死に直すのがほとんどだったが、君には拒否反応がなかった」
背を向けたままのアレクセイはその右手にまだ脈打つ内臓を持っ
「そう怯える必要はない。脳や神経への影響も見られないのだから。もう一名成功例があったが、彼は言語中枢に異常が見られた。言葉を忘れたのだよ。その点君は私の言っている言葉がわかるだろう。シュヴァーン。私の命令を聞き、意味を理解できるだろう、シュヴァーン」
うなずかなければならない気がした。
ガタガタ震える筋肉を押し黙らせて、うなずこうとしたらもうひとつ声がした。

「レイヴン、これまた作って!すごくおいしいよ!」

元気いっぱいに笑う少年の声。
振り返ったら世界が鮮やかに色付いた。
子供の服の色が、明るい色ばかり使っているから。
「うちも大好きじゃ!おっさんの料理は盛り付けも綺麗じゃ!」ともっと小さな女の子の声。
金色の髪。
「まっ、まあ、これならまた食べてやってもいいわよ。べべ別においしいからとかじゃないわよ!頭を使うときには甘いものは必要なだけなんだから!」とツンデレな声。
明るい茶色の髪、赤い服。
「わたし、レイヴンが作ったシャーベットも好きです。どうやったらあのトローリシャキシャキ感が出せるんです?」とメモしようとする嬢ちゃん。
白とピンクの服。ピンクの髪。
「ワン!」とわんこ。
青色の毛と白色の毛。
「隠し味はおじさまの愛じゃないかしら?」とジュディスちゃん。
肌色・・・あ、いや、青。
「次はプリンの容器これで作れよな、おっさん」と真顔でバケツを差し出す、あれは、君は、彼は・・・
黒い服なのに、みんな集まればなんて色とりどりな明るい世界。
バケツを受け取りたかった。
たくさん作るよ
なんでも作るよ
許されるならなんだって
彼らの手をとりたくて手を伸ばしたら

ふっと嬢ちゃんの姿だけ消えてしまった。

伸ばした手を音速で引っ込める。
許すな!
許されてはいけない。
こんなにたくさんの間違いを繰り返して、もう許され方が思いつかない。
途方にくれる。
涙がでてきた。

キャナリの手もアレクセイの姿もみんなの姿も消えて、縮こまって耳をふさぎ目を閉じて泣いていたらまた声が聞こえた。
耳をふさいでもちっとも止まない。

「ファアズドエビド!ヴァースドエビ・・・う、うええ」

「泣くなボッコス!」

甲冑の銀と、オレンジ色の世界。

「は、はい!ルブラン小隊長!」

「アデコールも続けるんだ!ファーストエイド!ファーストエイド!」


・・・見るにも哀れで、愚かな連中だ。


「ファーストエイド!ファーストエイド!ファーストエイド!」

・・・バカ野郎
崩れかけた神殿に入る奴があるか。
押さない、かけない、しゃべらない、戻らないって四原則があるだろう。
くそう
なんだよ
あんな仕打ちをして
こんなことをして
こんな状況で
どうして
なんの権利があって私が泣いている!



泣いていいのは俺以外だけだ。


























「ファーストエイド!ファーストエイド!」
「ファーストエイド!ファーストエイド!」
「ファーストエイド!ファーストエイド!」
「ファーストエイド!ファーストエイド!」
「ファーストエッ!う・・・うう!ヴァースドヴェ・・・うぇええ」
「今度ナースって回復魔法・・・教えような」

二度目泣き出したボッコスのカブトにポンと手を乗せる。
きょとんとする三人の顔がみるみる歪んで、ぎりぎり踏みとどまったのはルブランだけ。
アデコールとボッコスはわあわあと声をあげて泣いた。
ルブランは気をつけのかっこうをして、少し上を向いて必死に我慢している。

ありがとう
ごめん
すまない
礼を言う
助かった
感謝している
謝罪させてくれ

言いたい言葉と言うべきと思う言葉が浮かんで消えて、とめどなく湧き上がって溢れそうになって、ぎゅっと奥歯をかみ締めた。
結局私は何も言えなかった。
でも絶対、今度、言うよ。
























おまけ 『レイヴンがユーリ達より早くヘラクレスに到着できた理由』

「ルブラン、肩を貸してほしい」
「た、隊長!まだ動かれないほうがっ」
「そうだな。あちこち痛い」
「ファ、ファーストエイド!」

言うなり、生真面目なルブランが回復魔法を唱えてくれた。
すまないありがとう。言えなくて苦笑する。

「だが私のせいで今、もっと痛い思いをしているちびっ子達がいるんだ。だから俺、行かなくちゃ」

肩をかりて立ち上がった、歩けるかはわからなかった。それでも踏み出すと
ガシ!と右肩をルブランに掴まれた。
ガシ!と左肩をアデコールに掴まれた。

「・・・今は行かせてもらえないか。頼む。」

「了解であります!」「了解であ〜る!」「了解なのだ!」

「ん?」

元気のいい返事と共に両側から肩と腕を支えながら二人が走り出した。
その後ろからボッコスが「ファーストエイドファーストエイド」と回復魔法をかけながらついてくる。
結構速い。
すごい速い。
めっちゃ速い。

「え、ちょ、思ったより速っ、これ怖っ!怖っ!待て待て待て待て待て待て待て待」

「シュヴァーン隊ルブラン小隊!シュヴァーン隊長を回復しつつ全速ぜんしぃいいいいいいいいいん!!」