「おれ神様って信じてないけど、神様いるといいって思うときあるよ」
「神様なんていませんよ。そんなのいたらむかつくじゃないですか」

夜は騎士達の集まる帝都の酒場。
横に並んで飲んでいるのはシュヴァーンとイエガーだ。

これは人魔戦争より前の出来事。
まだお互い隊長でない頃の出来事。
シュヴァーンは酔っ払っていたから忘れてしまった出来事。
イエガーはずっと覚えていたけれど、死んでしまったからもう誰も覚えていない出来事。

シュヴァーン小隊を含んだ部隊はおとといカプワ・トリム周辺の魔物討伐から帰還したばかりだ。

「そうむかつくんだ。俺もだよ。けどさ」

シュヴァーンは琥珀色の酒が入った小さなグラスを左手で掴んだまま話している。
頬杖をついて頭はくらくら揺れている。
待ち合わせて飲んでいたわけではない。
イエガーが先に一人で飲んでいて、シュヴァーンが後から来て人懐っこく隣に座り、イエガーより先に酔っ払った。
イエガーは一人で静かに飲みたいと思っていたが、気位の高い貴族騎士達ほどはシュヴァーンのことを嫌ってはいなかったし、イエガー自身は「勝手に横に座るな」と怒るほど気の短いほうでもなかった。

「けどさぁ。友達が若くして、ほんとうに若くてピチピチしてるのに死んじゃったりするとさ、するとっていうか、死んじゃったんだけど、そいつ家族ともあんま仲良くなくて彼女もいないまま死んじゃったからさ、あっちでさびしくないかなあって思うんだ」

シュヴァーンがガタンとくずれた。
頬杖の上から顔が滑ったらしい。カウンターに顎がぶつかったみたいだったが痛くないのだろうか。
イエガーの心配をよそにシュヴァーンはくずれた格好のまま左手のグラスをあおった。そのまましゃべりだす。

「早く死ぬのは神様に愛されているからって俺のおばあちゃんが言ってた。だからいい奴から死んじゃうんだって言ってた、そうだよ。本当にそうなんだよ。そこだけはおばあちゃんあってると思うんだよ俺。おばあちゃんが書き残したチーズケーキのレシピどおりに作ると牛乳こぼした雑巾のにおいがする物体ができあがったけど俺それだけあってるなあって思うんだよ」

緩慢にしゃべり続ける。どこで息継ぎしてるんだか。
シュヴァーンは左手のグラスを再びあおり、氷しか落ちてこない。もう飲み干している。

「まあまあ、落ち着いてください。さあ水を飲んで」
「マスター、ウォッカくらさい。ストレートで」
「水飲め」
「そう、そいでね、あいつ優しかったから、絶対神様に愛されちゃったんだよな。超ウェルカムな感じでさ」

カウンターにつっぷしたまま唇を噛んで泣き声なしで泣くのは友達の騎士の死を悼んで?泣き上戸の悪酔いをして?



「神様いいやつだといいなあ」

「いいやつだと思いますよ」



「おまえはなんていい奴なんらああ〜」と叫びながら抱きつかれてキスされそうになったので、肘鉄で頬を突き返した。

そうこれは人魔戦争より前の出来事。
シュヴァーンは酔っ払っていたから忘れてしまった出来事。
イエガーはずっと、ずっと、最後まで覚えていた、

もう誰も覚えていない出来事。