風邪を引いてしまった。
どれくらいぶりだろう。

「星喰みの件が片付いて気でもぬけたか?」
「かもね」

ゲホゲホ

「世界を救うなんて大それたこと、年寄りの冷や水だったかねえ」
「38度2分。まだ結構あんな」

ぶっ倒れたのはダングレスト。
『レイヴン』のときの住まいとして使っていた部屋に運ばれ、一眠りしても熱は下がらない。いい年こいて恥ずかしいったらない。
ユーリだけは一緒だったけど、若い子らとは別行動していたのがせめてよかった。あとわんこも一緒。
ゲホゲホ

「気分どうだ」
「うーん、徹夜明けと二日酔いと盆暮れ正月がいっぺんに来た感じ」
「あっそ。おっさんが寝てる間にお客来てたぜ」
「え?誰」
「派手なねーちゃんが六人くらい」

おお、身に覚えがありすぎて少ないくらいだ。情報集めるためには色々あったんです。
青年はベッドの横に置いた椅子からにやっと笑う。

「言うわりにモテるじゃねえか」
「そうよ、見直した?しかも修羅場らなかったっしょ」

目をパチと開いて、どうやら当たったらしい。青年もそゆことするときはおっさんを見習って相手を見極めるようにね、とアドバイスすると、水のしたたる濡れタオルを顔全面に落とされた。
てっきりグーくるかと思ってた。

「外出てくる。なんかいるか?」

あぁ、青年が優しい・・・。

「スカート短めのナースが欲しブヘエ!」
「キャラメルチョコレートフラペチーノだな。わかった、買ってきてやるよ」
「殴られた。殴られた!病人なのに!それからその飲み物見たことないけどおっさん絶対飲めない!」
「ぎゃーぎゃーわめくな。大人しくしとけよ」
「ユンケル的なもの買ってくる」と言い置いて、手をひらひら振りながら青年は部屋を出て行ってしまった。これをベッドから頬杖ついて見送って
「およ。わんこは留守番?」

わふ、とあくびするようにラピードがいう。青い身体はベッドの下にうずくまったまま。

「はは、付きっきりの看病ってやつか。あんがと」

からかうと不服そうに「わふぅ」といった。絶対おっさんの言葉わかってるよなあ、と笑いつつベッドに仰向けになる。
静かな部屋だ。外をとおる人の声まで聞こえる。扁桃腺が痛い。肩痛い。指の関節が痛い。体中が腫れたように痛くて重い。
明日は若い子らと合流してダングレストを発つ日だ。
明日には出発できるように眠って治さねば。
ひたすら眠ろう。
おやすみ
おやすみ
おやす・・・小さな振動があった。
振動は徐々に大きくなり近くなりドドドドという音まで聞こえてきた。
ボカン!
と扉は扉らしからぬ音を立てて開く。

「レイヴン!大丈夫!?」

血相かいたカロルを先頭に女性陣が続く。
闘っていたのを中断して駆けつけたのだろうか、カロルはバリバリドリルハンマーを手に持ったままだ。大急ぎでベッドに駆け寄ってきて挨拶しようと身体を起こした俺に向かってハンマーを振り下ろした。

「よお、みん、うぉおお!?」
「なんでよけるのレイヴン!活心エイドスタンプだよ!?」
「よけないとポックリ行っちゃうところだったよ!」
「大丈夫ですレイヴン。私がちゃんとレイズデッドをします」

エステル嬢ちゃんが「まかせて」とばかりに胸を叩く。・・・この子たちに根付いた、一旦逝かせてから蘇らせる発想は大人としていつかどうにかしないと。
聞けば、明日合流の予定だったが、未成年チームは若さとスタミナで一日早く用事が片付いたため一日早くダングレストに着いたのだそうだ。なぜ『若さとスタミナ』というフレーズを言い加えたのかはさておき、買い物中のユーリから俺の風邪のことを聞いて駆けつけたそうな。
ハンマーの衝撃で変な音をたてるベッドに入りなおし、寝床から面々を見渡す。子供のきれいな瞳に心配の色を映させるのはひどい罪悪感があって苦笑する。咳をしないように気をつけよう。

「レイヴン、熱あるの?」
「ないよ。もう鼻水出るだけ」
「そっか。あのさ、これよかったら食べて」

小さな手がしおしおになったレッドカモミールとサフランを握っている。貴重品だ。
ジュディスちゃんはしょうがを持ってるし、エステル嬢ちゃんは長ネギを抱えている。
パティちゃんはたいやき六個。あ、パティちゃんだけ俺向けじゃない。
リタっちは、

「およ?リタッちなんでコゲてるの?」
「別に」

ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
その横でジュディスちゃんがにこにこしながら曰く、

「おじさまが風邪をひいてるって聞いて、急いで薬品を調合したら爆発してしまったのよね。おじさま、キッチン借りるわ」
「ちょっ!アンタねえ!」

リタは顔を真っ赤にして、キッチンへ向かったジュディスを追いかけて行く。
まーったく、ちびっ子ってのはかわいいったらないねえ。一人ずつ頭を撫でてやりたいよ。
だけど、
ああ、
うまくないな。
大声出したらふらふらしてきた。熱ないとか嘘言った手前、ヘバってるとこ見せたくないのにさ・・・






***



買い物を終えて戻ってきたユーリは、サイドデスクに置かれたしょうが湯と一個のたいやきを見つけた。
しょうが湯にはハーブらしきものが浮いている。
レイヴンはぐっすり眠っていて、長ネギが添い寝している。
しょうが湯の横にはメモが置いてあり、ユーリはたいやきをもぐもぐしながらこれを読む。

『おじさまが眠ったので宿に帰ります。わたしたちは大通りに面した宿屋に泊まっているから、なにかあったら呼んでね。 ジュディス』

(やっぱり、言うわりにモテるじゃねえか)
ユーリはニッと笑った。



レイヴンは夜に起きて温めなおしたしょうが湯を飲み、ユーリのおかゆを食べた。
夜中にもう一度起きて嘔吐した。
洗面所から出てきたレイヴンはやつれて、胃の中のものと一緒に魂まで出してきてしまったような虚ろな顔であった。
床に布団を敷いて横になっていたユーリの前を通り過ぎ、イモ虫のようにベッドにもぐりこむ。

「・・・うう」

と毛布ごしにくぐもった声がした。ユーリは枕元に置いていた小さな灯りをつける。
風邪と心臓魔導器が関係しているのかはユーリにはわからない。ただ、レイヴンの命と心臓魔導器が関係していることは間違いない。風邪で死ぬなんて一昔前じゃあるまいしあるわけないと思いつつも、ユーリは我知らず布団から身を乗り出してふくらんだ毛布を見つめていた。

「リタ呼ぶか?」

レイヴンは毛布からうつぶせに頭を出して、枕の中で首を横に振った。

「いいよ、子供にうつしたら大変だ」
「俺はいいのかよ」
「弱った青年見てみたいからね」

笑う声であった。吐いてすっきりしたのかもしれない。ユーリはほっとして、生意気をいうことにした。

「そりゃ無理だな。俺、風邪ひいたことないし」
「マジで?!」
「マジで」
「バッカでえ」

グーをザンバラ髪の後頭部に落とした。しばらく痛がってレイヴンは足をバタつかせた。
レイヴンはベッドに仰向けで、ユーリも床で仰向け。枕元のあかりは夜の暗闇にそこだけぽうっとほの暖かくともる。修学旅行のような姿だった。ラピードが見えない。床が冷たい方、玄関の方へ行ったらしい。
不意にレイヴンはこんなことを言った。

「あんがとね青年、人がいると落ち着くわ。変なの」

ユーリは目を丸くした。レイヴンはふざけて「さみしいさみしい」ということはあっても、これほど静かな調子で「さみしい」を表現することは滅多にない。いや、一度もなかった気がする。仰向けで枕に顔をうずめているからレイヴンがどんな顔をしてこれを言ったのかは読み取れない。バタついていた足も今は大人しい。

「これでお歌か本でも読んで寝かしつけてくれる美人がいたら最高の待遇なんだけど」

いつものレイヴンに戻っていて拍子抜けする。

「嫁さんでも欲しくなったか?」
「嫁さんかあ、どうかな。青年お嫁さんになってよ。おかゆメチャうま」
「俺が嫁ってことはおっさんにヤられなきゃいけねぇんだろ、ヤだよ」
「んなこと言ってえ、青年かわいいから騎士団時代に黒歴史つくっちゃったんじゃないの」
「ハアハアしてたヤツはいたけど俺強いし、ソッコー田舎にとばされたし。おっさんこそ掘られたんじゃねえの。平民のクセに生意気だ、とか」
「なになに?気になんの?おっさんの性経kブエッフ!」

わき腹に鞘を突き込むとレイヴンは激しく身悶えた。
かたつむりが殻にこもって身を守るように毛布の中に隠れ、うずくまる。毛布越しに咳が連続して聞こえはじめると、さすがのユーリもばつが悪い。

「ゲホゲホゲホッ」
「・・・もう寝ろよ」
「ゲホゲホ」
「・・・」
「ケホン・・・」
「・・・歌と本」
「ほえ?」

今度はレイヴンが目を丸くする番だった。ユーリは独り言のように呟く。

「歌と本、どっちがいい」
「え、本当にっ?歌!歌、歌、うた!」
「断る」
「聞いたのに!?」

ブーイングを無視して、ユーリは本を取り出し、灯りのそばで開く。

「むかしむかし、」






***



「むかしむかし、」

ユーリは本当に読み始めた。
レイヴンは声に出さず笑って耳を傾けることにした。
撫でてやりたかったけど、撫でたらさすがにグーどころじゃすまないだろうから、今はただ目を閉じる。
(ああ、そういえばもう熱下がった気がする。子供たちの優しさのおかげだわな。こりゃ)
そんなことを思いながら、引き続き、デカめの子供の優しさを享受する。

「あるところに、美しいお姫様が住んでいました。月の美しい夜、お姫様の若くみずみずしい肉体は情欲をもてあまし、寝台の上で熱い花芯に」






「ひとの蔵書イヤアア!」