それはぬくい毛布の中での物語です。

強化合宿の宿舎の夜は寒く、寒く、寒くありました。
訓練ですっかりつかれきっていた少年らは、三人ごとに
ふりわけられた部屋にもどるとすぐに毛布をかぶったのでした。
銀の蜘蛛の糸のようなまっすぐな髪の少年は、自らを幼くはないと
思っていました。傍らの褐色金髪の少年に比べて、自分が異性に対して
それほど美しいや艶かしいと思うことがなかったからです。しかし、その過信こそが
彼を少年たらしめている理由でしょう。

部屋で毛布にくるまった三人の少年は
銀髪と金髪、そうしてもう一人、ある、健やかな面立ちの幼い少年です。
三人とも天井をみて毛布におさまっています。
窓の外の明かりだけが部屋の光源。
すこやかな面立ちの少年は言いました。

「ぼくは好きな人がいますが、あなたはどうです」

銀の少年は健やかな少年を鼻で笑いました。
それはさびしいこと、とすこやかな少年は言いました。
怒った銀の少年は傍らの毛布の金の少年になだめられて
毛布のぬくいのに戻りました。
すこやかな少年は指を天井にぴんとやって
「こういう名の、とてもうつくしい人です」と笑いました。


”  ”


その天井に描かれた指の軌跡は、銀の少年の心臓を
カタン
と止めました。
ほんの一瞬でしたので命を落とすことはありませんでしたが、銀の少年は
健やかな少年をもうまっすぐに見ることがむつかしくなりました。
銀の少年はその指の軌跡の名をもつ、美しく艶かしく清らかでよく眠るその少女を
ほんの少し、美しく艶かしく清らかでよく眠る人だと想っていたからです。
大勢の異性の中にあって、その人にだけはそう想っていたからです
金の少年は「おまえには早いさ」とすこやかな少年をたしなめましたが、それもひとえに
銀の少年の心臓を想ってのことです。金の少年は彼の友人らが思うよりもずっと、
まわりを察する能力をもっていたのでした。


軌跡の名の少女は銀の少年にかつてこう言っていました。
「私の”平和”をきいたら、あなたは広い視野をもっていらっしゃるからきっとお怒りになるわ」
銀の少年はそれがききたくてたまりませんでした。それはまったくの自覚無しにですが、
心臓は確かにその時
カタン
と揺れたのです。


「あのやさしいひとは、彼女の愛する人が彼女の愛する人々のすべてと幸せになるようにと
おっしゃっていました。ぼくもそれはとてもとても和やかで、あの人らしく清らかでうつくしいと思うんです」
健やかな少年の頬は毛布のぬくもりに頬紅を与えられたのでしょうか。
銀の少年は口をつぐんで、毛布に横顔をぽてりとうずめました。
あたたかです。
心臓はカタンとふるえますが、それでもあの少女の心を一目見ることができて
ふうっとあの少女をおもいうかべました。あたたかです。
そうして
みんなすっかり寝入って
銀の少年もまたとっぷりとぬくもりに寿がれると、
あの
優しく
清らかで
美しい人が
なんのみだらなものもなく微笑をしておいでになる夢をみました。
それから何度か銀の少年は夜に、指で美しい人の名をなぞってみたことは
同室の金の少年にも気付かれることはありませんでした。





ほんの数ヶ月して





すこやかな少年の心臓はヒタリと止まってしまいました。
その夜ばかりは、銀の少年はあのすこやかな少年の名を天井になぞって描きました。
何度も描きました。
何度も描きました。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

何度も描いたのに

目の前がまったく水の中のようで
一度だってまともにその軌跡を見れませんでした。
息さえ水の中のように苦しくって仕方ありません。
銀の少年はあの優しい人がすべてをこえて
あたたかな毛布ですこやかな少年を包むのを夢に見ました。