「ねえイザークさま」


小娘がじぃと見上げてくる。
エルスマン邸の庭園は色とりどりの花が咲き誇っている。
ここに、俺を招いた張本人のディアッカはいない。
俺が着いた早々、女から通信がはいったディアッカは、そばにいたエルスマン家の末っ子を俺に
おしつけて、庭にでも行っててくれと追い出した。


「ねえねえイザークさま」


服のはしをひっぱられる。
しかたなくかがんでやると、小娘は小さな指で地面を指差した。




  ね こ




「ここに」


小娘の小さな指の先の土には、こぶしほどの大きさの石と、
しおれた花が三つそろえておいてあった。土の色がほかとちがう。


「ニャアをうめたの」

「ニャアって猫か」


うなずく。


「ニャアがこの前うごかなくなったの。そうしたらお兄さまがここにうめようって」


小さな指がまた服のはしをひっぱった。


、ニャアとあそびたいの。お兄さまはだめって」


小娘は服をひく。


とニャアはいつもいっしょなのに、ここじゃあだめだよね」


雨が降ったらたいへん、と小娘はぎゅうと手のひらを握った。服をつかんだまま。


「お兄さまはだめとおっしゃったけれど、、ニャアをだっこするの」

「だめだ」

「どうして」


小さな手が小さく震えている。


「どうしてだめなの。お兄さまはニャアがしんでしまったからとおっしゃるの」

「死んだんだ」

「しんだらどうしてだめなの」

「もう動かない」

「どうして」

「死んだからだ」


どうしてどうしてと繰り返しながら、俺の服を放した。

ぱっと立ち上がったかとおもうと庭に駆け出す。
あっというまに見えなくなった。












見事な花壇はそこらじゅうにある。

色とりどりだ。

それなのに


「どうしてそれだけなんだ」


小さな両手に握って持って帰ってきたのはたんぽぽだった。
わざわざ庭のはじまでいって、野草をつかんで戻って、石のまわりに散りばめた。


「ニャアは黄色いの」


白い手がすっかり土で汚れる。着ているドレスも台無しだ。


「たんぽぽは綿毛になるの、あれは種で、種が土についてたんぽぽが咲くの」


茎で手折られたこの花はただしおれるだけだ。
綿毛にはならない。
種にもならない。
花はもう咲かない。
これは言わない。


「ニャアは動けないから、たんぽぽのそばにいたらあったかいから、だからね」


ぎゅっと顔をゆがめて、唇をひきむすんだ。
さっきから、今にも泣きそうなのに泣かない。
『動けない』と表現したけれど、どうやらこれは死を理解しかけている。





「・・・ニャア」





ぽつりとつぶやいた。
それきり言葉につまったのは、こちらもいっしょだった。

物言わぬ猫の墓と
物言えぬ自分と
物言わぬ小娘

一番ちからのないのは自分のような気がした。




「・・・手、洗うか」


はこくりとうなずいた。










水道で小さな手をこすり合わせる。


!・・・とイザーク」


をみつけてディアッカが庭に飛び出したきた。探していたらしい。


「手ぇ泥だらけじゃんか」


ディアッカはの横にかがんで、その手を洗ってやった。


「たんぽぽをさがしたの」

「たんぽぽ?」

「ニャアにあげたの」

「・・・そっか。よし、きれいになったな」


ディアッカはハンカチで手をふかせると、ひょいとを抱き上げる。
歳がはなれているからとはいえ、たいしたシスコンだ。


「待たせた。なんか淹れるから、入れよ」

「・・・ああ」

「どうかしたか?」

「べつに」

「惚れるなよ?」


ディアッカのスネを靴のまま蹴り上げてやった。
シスコンの首の横から顔をだしたは、不思議そうにこっちを見てくる。


「なんだ」


俺をじーーーっと見て、


「おにいさまぁ、イザークさまがニャアに似てるー」


ディアッカが噴きだして笑い、はこっちに手を伸ばして耳をひっぱろうとする。


「おまえ、猫顔っていわれてんぞー」

「うるさいシスコン!痛っ、耳をひっぱるな!」


耳を上にひっぱりあげられた。小さいだけに容赦が無い。


「ニャアのおミミはもっとうえ」

「いてっ、この小娘がっ!」

「って言いながら俺を蹴るのな・・・」


洗ったばかりの小さい手が冷たかったものだから、ひっぺがせないまま、
ひたすらディアッカを蹴っていた。
黄色かったらしい猫の、黄色い墓はもう見えない。


















 *   *   *




「おい、アスラン」

軍の宿舎にもどってきたアスランを、部屋の前で待ち構えていたイザークが呼び止めた。
アスランは小さくため息をつきながら、きっとまた、なにか因縁をつけらるのだろうと思った。
イザークは腕を組み、アスランの前に立ちはだかるように仁王立ちしているのだ。
そしてしばらく黙る。


「・・・なにか用か?」


まだ黙っている。


「イザーク、なんだよ」

「・・・おまえの母君は植物学者だったんだろう」

「え?ああ、そうだけど」

「それなら、その、おまえも植物に詳しいのか」

「俺はそんなには詳しくないよ」

「そ、そうか」


イザークは偉そうではあったが、いつものケンカ腰ではなかったのでアスランも受け答えに動揺する。

「用ってそれだけか」

「いや。・・・植物の種をさがしている」

「それなら、家にたくさんあるけど」


母、レノア・ザラは植物の研究者だった。家になら、研究用に保存していた植物の種はたくさんある。


「なんの種がいるんだ?」


イザークは言おうとして、口をつぐんだ。

さっきから妙だと、アスランは思う。それにイザークと植物の種など、接点がなさすぎて奇妙だ。
そういえば心なしか顔が赤い。
熱でもあるのか。


「た・・・、たんぽぽ、だ」


イザークとたんぽぽなど、接点がなさすぎて珍妙といえる。
アスランがぽかんとしていると、イザークはアスランの襟をつかんだ。


「あるのか、ないのか!」

「あ、あるよ。次の休暇で持ってくる」


「・・・わかった」


イザークは襟をつかんだ勢いもどこえやら、急にしんなりとしてきびすをかえした。


「なんだったんだ・・・一体」


遠ざかるイザークの背をみながら、アスランはどこから悩むべきかしばらく迷っていた。














 *  *  *




数週間後、エルスマン邸の庭の小さな石のそばの土から、小さな芽が出る。

小さな芽はやがて黄色の花をさかせた

小さな石のまわりを黄色の花がかこんだ

小さな花園の前にかがんで

少し背の伸びた小娘が微笑った。