パパニコルの贈り物(中編)


 その日の午前中、マーニャは願いが叶う喜びで心ここにあらずで、ぼーっとしていた。
 ソーニャはといえば、自分の部屋でなにやら、薬を作っているようだった。
「きききゅき」
 なにやら、玄関の方で声がする。
 正気に戻ったマーニャが行ってみると、お使いイルカのきゅきゅが来ている。
「姉さん、きゅきゅが来てるよ」
「きゅうきゅきゅうきゅ」
「きゃっきゃっ」
 きゅきゅは、撫でられたり、水をかけたりマーニャとじゃれている。
「ああ、私が呼んだのよ。パパニコルにお使い頼むために」
 っと言って、きゅきゅの胸びれの間に伝言の入った包を掛けた。
「じゃあ、よろしくね」
 ソーニャがぽんと、きゅきゅの背をたたくと、軽くジャンプして外の海へと潜っていった。
「これで、パパニコルにマーニャの願いは届けたわ」
 ソーニャは、水の中に消えていくきゅきゅを見つめながら言った。
「それじゃあ、もう、すぐに叶うのかしら」
 っと言って、マーニャは目を輝かす。
「まあ、明日の昼すぎにはね」
 ソーニャは自分の部屋に戻りながら答え、また、恍惚モードに入りそうなマーニャに、
「それまで、ぼーっとしないで、これでも読んでおきなさい」
 ソーニャは、3冊の本をマーニャに渡した。
 渡された本をパラパラめくると、昨日の本より更に難しい本そうだった。
 中には、いろいろと、手書きでメモがされたいる。姉の字だ。
「ソーニャが本当に空を飛びたいのなら、絶対に必要になることが書いてある本よ」  
「言葉が違うけど、読めるわね。まず、最初はこの本から読みなさい」
 っといって、絵が多い本を示した。どうやら、少しはわかりやすい本らしい。
「次はこれ、こっちは言葉が分からないとき、調べるための本」
 ソーニャはてきぱきと指示し、自分の部屋に戻っていった。
「……しょうがないわ」
 ひとり残されたマーニャは、言われた通り、本を読み出すのだった。

 日が海の果てに沈み込み、夜の闇が海を泳ぐ者たちの姿を覆い隠す頃、そして、マーニャがお腹をすかしてきた頃、ソーニャは部屋から出てきた。
 ソーニャはのびをしながら、マーニャに声を掛けた。
「ちょっと、パパニコルのところに行って来るから。夕食はひとりで食べててね」
「でも、ちゃんと私の分は残しておくのよ」
 以前、部屋に閉じこもり、夕食を忘れていた時の事を思い出し、ソーニャはそう付け加えた。
 今日の夕食はソーニャの大好物だった。

 ソーニャが帰ってきたのは、マーニャが夕食を終え、1冊目の本を読み終わる頃だった。
「あら、姉さんおかえりなさい。夕食ちゃーんととってあるからね。はあう」
 マーニャはあくびをしながら答える。もう、眠そうである。
「っで、私の願いは明日、叶うのかな?」
「ええ、パパニコルもそういう願いを持つのは良いことだからと言って、快く引き受けてくれたわ」
 濡れた髪を梳かしながら、ソーニャは受け答えをする。
「今日は私もちょっと疲れたわ。夕食食べたら、寝ちゃうから、マーニャも、もう……」
 声を掛けると、マーニャはテーブルでもう夢の中。
 まあ、無理はないかもしれない。昨日から本をいろいろ読んだり、喜びに心躍らせたりと忙しかったから。
 眠ったマーニャをベッドに潜り込ませる。よく寝ているマーニャは、そのまま底まで潜っていってから再び浮かび上がってくる。
 ソーニャも遅い夕食を取った後、マーニャの横に潜り込み、眠りにつくのだった。

 次の日、マーニャが目を覚ますとすでにソーニャは部屋に籠もってなにかしていた。
 水時計を見ると、もう昼が近い。思ったより寝てしまったようだ。
「姉さん、姉さん、もうこんな時間だよ」
 その声にソーニャが部屋から顔を出す。
「そろそろかしら?」
 ソーニャがそう言い終わらないうちに、玄関できゅきゅの声がする。
「姉さん、きゅきゅが来たよ」
 マーニャが声を踊らせて姉を呼ぶ。
「パパニコルも一緒だよね。早く行こ!」
 マーニャは水に入ってきゅきゅと一緒に泳ぎだした。
「じゃあ、パパニコルの所に行くわよ」
 ソーニャは、そう言って家の奥の方に入っていく。
「姉さん、どこ行くの?」
「まあ、黙ってついてきなさい」
 そう言ってソーニャは奥の部屋へと入っていった。
 マーニャは、水から上がり、姉の後に付いていく。

 奥の部屋のさらに奥には扉があった。
 扉は壁との隙間に苔が生え、隙間をぴったり埋めている。
 その扉を開け、入っていくソーニャ。
「姉さん、そっちは畑だよ」
 そう、その扉は薬草や食べ物を育てている地上の畑への道だった。
 その畑は島の内陸の沈み込んだ平地に作られ、島の外側から中を窺い知ることは出来なかった。
「地上で何かするには一番安全な場所でしょ」
 姉はそう言うと、さらに続く次の扉の前でマーニャを待っている。
「姉さん待って」
 マーニャは姉の後を追いかけ、最初の扉を閉める。
 扉はぴたりと閉まり、苔は細かい隙間を塞ぐ。
 扉と扉が作り出した小部屋は、ほのかな光で満たされている。
「わあっ、今日はいつもにも増して星がいっぱい!」
 マーニャは壁の光点に指を近づけ、光色を楽しんでいる。
「昨日、メルリ撒いたからね。そんなことしてると先に行っちゃうわよ」
 ソーニャは最初の扉がしっかり閉まったことを確認すると、次の扉を開ける。
 この二重の扉によって、気圧差で部屋内の水位が変動するのを抑えているのだ。
「姉さんたら、動き出すと早いんだから」
 次の扉の向こうも同じように星が満ち満ちている。
 マーニャは姉の後を追いかける。
 その後もいくつかの同じような扉を抜け、最後の扉を開けた。

「うっくあー」
 外の明るい日差しに思わず声が出る。
 2人は目を細め、外の様子を眺める。
 扉の外は南国特有の日差しに照らされ、楽園さながら極彩色に満ちあふれている。
 生い茂る木々は風に揺られているが、遠くに見える内海は静かに凪いでいるのが見える。
「とってもいい天気ね、これなら問題は何もないわね」
 ソーニャはそういいながら、周りを見回す。
 いつも通りの風景。数々の花々や果実が実っている畑。
 その畑の奥にある草に覆われている緑色した金属の固まり。
 ソーニャの小さい頃から変わっていない風景。
 その金属の固まりを見つめ、ふと、遠い昔に思いをはせるソーニャにマーニャが声を掛ける。
「姉さん、先行っちゃうよー」
 マーニャはそういって姉をすり抜け、扉の脇を流れる水路に滑り込む。
「はいはい」
 ソーニャも苦笑しながら、その後に続く。
 魔法の薬の材料を栽培している畑は水路に沿って作られており、いろいろな実を付けた植物が植わっている。
 ソーニャは薄緑の葉をつけた橙色の棒状の作物に目に留めた。
「そろそろ、テルテラルも収穫できるわね」
 作物の出来を確認しながらソーニャは先を進んでいく。

 しばらく進むと水路沿いにいろいろな物が見えてくる。
 海中から引き上げてきた人間の作り出した物で地下の部屋に置けないような大きい物はここに置かれている。
 これだけの物、ソーニャひとりで運べるはずもなく、友の鯨たちに手伝ってもらい、ここまで引き上げたのだった。
 それらの物は雨ざらしにならないように、草木の陰に置かれていたり、ソーニャの作った薬で表面に膜が張っていた。
 このソーニャのコレクションも以前はそう多くはなかったのだが、最近は、イルカたちや鯨たちが不思議な物を見つけ、知らせてくれることも多くなったので、それに伴い数も増え、今では博物館のようである。

 マーニャはその「博物館」を眺めながら、昨日見た本に載っている物があることに気がついた。
「姉さん、あれって本で見た人間が空飛ぶ時に使う機械だよね。あれを使うの?」
「あれは壊れてるから使えないのよ」
 マーニャに追いついたソーニャは素っ気なく言った。
「まあ、壊れてなくても使わないけど」
 そんな人間の物で空を飛んだら、すぐに人間に見つかってしまうだろう。
 そんな危険はソーニャは避けたかった。
「先の内浜でパパニコルが待ってるからそこまで行くわよ」
 今度は、ソーニャが先を行き、その後をマーニャが追った。
 「博物館」を過ぎればすぐに内浜である。

 内浜で水路は外海へと続く湾に、少々の段差を持って流れ込んでいる。
 この段差のため、水路に海水が流れ込むことは防がれている。
 内浜も内陸の畑と同様に「く」の字に折れ曲がった湾の壁に阻まれて、外海からでは中の様子を覗き見ることは出来なかった。
 さらに完全を期すため、ソーニャは不可視界を張った。このため、人間は侵入するどころか、そこに湾があることさえ知らなかった。単なる崖があるようにしか見えないのである。
 ただ、パパニコルには界の効果がきかない様にマーキングがされているので、自由に出入りできるのだった。

 内浜に先に到着したのはマーニャだった。
 周りを見回すと、少し離れたところに橇が置いてあり、老人がひとり、そこで佇んでいた。
 人間の歳はよく分からないが、かなり歳をとっていることは確かの様である。
 あごから白い髭を垂らし、その白い髭と対照的に肌の色は褐色で良く日に焼けていた。
 その老人こそがパパニコルその人である。
 少し遅れてソーニャが到着する。
「パパニコル!お待たせしましたか?」
 ソーニャはパパニコルの姿を認め、声を掛ける。

 マーニャは「この老人こそが願いを叶えてくれるパパニコルなんだ」っと思うと、胸の高鳴りは増すばかりであった。

後編に続く。


パパニコルの贈り物中編の後書き

もう何も言えません。(^_^;
前編書いて1年以上経ってやっと中編が書き終わるなんてねぇ。
しかも大して話が進んでるわけじゃないし。
関係ない描写ばかりしているし。
後編はいつかけるかなぁ
遠日公開としておきます。いちおう。

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