赤城山 荒山と鍋割山 

列島中猛暑続く中、赤城山の側火山二つ

2013年8月9日

 荒山の登りより鍋割山を望む
 火起山より荒山とその背後に地蔵岳を望む
                            
姫百合駐車場(653〜703)→荒山風穴(740)→荒山高原(748〜753)→展望の広場(811)→荒山山頂(854〜910)→ひさし岩(923)→避難小屋(933)→棚上十字路(1002)→荒山高原(1011〜1015)→火起山(1036〜1038)→竃山(1042)→鍋割山山頂(1100〜1117)→竃山(1135)→火起山(1139)→荒山高原(1153)→荒山風穴(1200)→姫百合駐車場(1231)
 「列島各地を暴れ回った集中豪雨もようやく収まり、ここ数日は安定した天気が続く」と天気予報が告げている。再び赤城山へ行ってみることにした。帰宅してから知ったことだが、天気予報とは裏腹に、今日、秋田県、岩手県が「今まで経験したことのない豪雨」に見舞われ、多くの被害が生じていた。まったく今年の天気は狂っている。

 そんなこととは知らず、朝5時15分、車で家を出る。既に夜はとっくに明けているが、見上げる空は、晴れているのか曇っているのか分からないようなどんよりした天気である。天気予報は一日晴天を告げているのだがーーー。カーナビは目的地の姫百合駐車場まで一般道経由で76キロ、関越高速道路経由で94キロと標示している。

 今日は赤城山に残された二つの未踏峰・荒山と鍋割山に登るつもりである。駒ヶ岳ーー黒檜山コースとともに赤城山における最もポビュラーなハイキングコースである。特にツツジの群生地として知られ、この山のベストシーズンは5月末から6月初旬である。いまは明らかにオフシーズンであるが野の花の幾つかは咲いているだろう。荒山、鍋割山は、ともに今から7万5千年前の噴火で生じた赤城山の側火山である。

 前橋I.Cで高速を降り、前橋市内を横切り赤城山に向って緩やかに登っていく。空は次第に晴れ渡って来たが、夏特有の霞が非常に濃く、正面に聳えているはずの赤城山も見えない。今日は展望に関しては絶望である。もとより覚悟の上だがーーー。

 赤城山山頂に向けての本格的な登りが始まる地点に目指す姫百合駐車場はある。50台ほどの駐車スペースがあり、トイレまである立派な無料駐車場である。ここが荒山、鍋割山の登山口となる。6時53分、家から約1時間40分走って、駐車場に着いた。私が最初の一台である。支度を整え、いざ出発。駐車場脇の登山口より山中に入る。

 いきなり、延々と続く丸太の階段である。急登でもないが、いたって歩きにくい。辺りは気持ちのよいミズナラの森である。小さな尾根を乗越し、少し下って山腹をトラバース気味に進む。「展望の広場」分岐、「四季の道」分岐を過ぎる。いずれも立派な道標が設置されている。人の気配はまったくなく、美しいミズナラの林に朝のすがすがしい冷気が宿っている。

 やがて石のゴロゴロした火山特有の登山道に変わると、「荒山風穴」との標示があった。岩の隙間に開いた穴が奥に通じているようである。溶岩が冷え固まった際に出来た風穴なのだろう。穴の入り口に置かれた温度計は20℃を示していた。下界は今日も猛暑が予想されている。

 ここから登山道の状況は一変した。大小の岩石が登山道を覆い、しかもジグザグをまじえた急登となる。道型は確りしているものの火山特有のかなりの悪路である。ただし私の体調はよい。若干の空腹を覚えながらも、立ち止まることもなく着実に登っていく。

 7時48分、第一目標地点である荒山高原に達した。姫百合駐車場から45分の頑張りであった。ここは荒山と鍋割山の間の大きく開けた鞍部である。ツツジなどの低い潅木帶の間に草原が広がる実に気持ちのよい空間である。晩春には各種のツツジが咲き乱れ、多くのハイカーで賑わう。ただし、今は盛夏の真っただ中、人影はまたく見られない。草原に腰を下ろし、握り飯を頬張る。北方にはこれから登る荒山が頭を覗かせている。

 小休止の後、道標に従い、樹林の中の尾根道を北東へ向う。登山道の状況は一変し、道幅は狭まり、両側からせりだす隈笹の中の切り開きとなる。朝露に濡れた隈笹のために、スボンの裾は見るまにびしょ濡れとなる。おまけに、狭まった道には蜘蛛の巣が張られ、時折顔にかかって鬱陶しい。私が今日最初の登山者である何よりの証拠である。

 周囲の状況も変わった。ミズナラを中心とした高木の森から、ツツジなどを中心とした潅木の林となった。上空は大きく開けたが、展望は相変わらず一切利かない。林の中からは蝉の声、鴬の鳴き声が聞こえる。緩く、急に、登り坂が続く。

 地表を覆う隈笹の中に、時折、獣の通った跡らしき気配が見られる。熊公が現れなけれいいのだがーーー。登山口には「熊出没注意」の標示が掲げられていたがーーー。遠くから犬の鳴き声が聞こえてきた。これは少々ヤバイ。山中では熊より野犬の方がよほど危険だ。襲われたら戦う以外ないが、相手は常に群れている。

 箕輪分岐を過ぎる。「展望の広場」との標示だが、相変わらず展望はない。更に登ると、一瞬潅木の林が切れ、後方に視界が開けた。寝ぼけた青空をバックに、鍋割山が大きく聳え立っている。ゆったりとした大きな山である。

 前方上空に目指す荒山の山頂部が見えてきた。それにともない、登山道の傾斜も次第に強まる。周囲の樹相も変わり、ダケカンバの林となった。ついに、ザイルの張られた露石の急登が何ヶ所か現れる。それほど危険な岩場でもないが、ハイキングコースにとってはちょっとした難所である。

 8時54分、ついに荒山山頂に達した。荒山高原からちょうど1時間のアルバイトであった。山頂は割合に平坦な樹林の中で、展望は一切ない。もちろん無人である。小さな石の祠が鎮座し、その奥に、三等三角点「荒山」1571.9メートルが確認できる。腰を下ろし、再び握り飯を頬張る。木漏れ日が地上をまばらに照らし、風の音さえしない。山頂標示に括り付けられた温度計は24℃を示している。

 今日の計画はここから荒山高原に戻ることになる。登って来た道を引き返してもよいのだが、計画としては、山頂から南東に張りだす支尾根を「上の避難小屋」に下り、山腹を大きく巻いて「棚上十字路」と呼ばれる地点を経由し、荒山高原に戻るつもりである。「さて、たどる登山道はどれかいな」と山頂部を見渡すと、立派な道標が、登ってきた登山道を「荒山高原、西尾根、展望の広場」、南に下っていく顕著な踏跡を「南尾根、ひさし岩」と標示している。さらに、これら踏跡とは別に、東に下る顕著な踏跡があり、その降り口に「○○小屋」と記載され消えかけた文字の標示板がうち捨てられたように地面に置かれている。○○の文字は判読できない。さて、進むべき登山道は南に下る踏跡なのか、東に下る踏跡なのか。一瞬迷う。常識的には、確りした道標の示す南に下る踏跡だろうが、「南尾根」「ひさし岩」なる地名は案内書にも載っていない地名である。しかも、持参の案内書には『祠の前にある「避難小屋」と書かれた道標に従い避難小屋に下る』とある。これは参った。地図を睨み、踏跡の状況を睨み、南に下る踏跡をルートと認定した。間違っていたら戻ればよい。
 
出発しようと、ザックを肩に立ち上がったとき、一人の中年の登山者が私と同じルートから登ってきた。今日初めて見かけた人影である。挨拶だけ交わして登山道に踏み込む。岩・石がゴロゴロしているものの確りした登山道で、判断に誤りはなさそうである。樹林の中の急坂を下っていくと、先ほどの登山者が後ろから追いついてきた。どうやら山頂で休むこともなく、私のあとを追ったようである。先に行かせ、私はのんびりと下っていく。これで蜘蛛の巣を心配することはなくなった。

 山頂から15分も下ると、突然樹林が切れ、岩場の絶壁の上に出た。今日初めての大展望が、目の前に開けている。素晴らしいビューポイントである。「ひさし岩」との標示がある。ここが荒山山頂の道標に標示されていた「ひさし岩」なのか。それにしてもこれほどのポイントが案内書にも登山地図にもまったく記載されていないのが不思議である。ザックを降ろして小休止とする。地蔵岳、黒檜山、駒ヶ岳、小地蔵岳、長七郎山の連なりをうっとりと眺める。いずれの頂きにも我が足跡が残されている。岩場の前面は大絶壁となって落ち込んでおり、少々怖い。

 更に樹林の中の道を10分も下ると、十字路となった分岐に達した。傍らに避難小屋が建つ。目指した地点である。そのまま真っ直ぐ下れば赤城温泉郷、左へルートを採れば軽井沢峠から小沼に行ける。私は休むこともなく、「棚上十字路、荒山高原」を示す道標に従い右に曲がるルートを採る。

 長い長い下りが続く。樹林の中、展望は一切ない。相変わらず人の気配もない。沢を飛び石で横切り、更に下る。避難小屋から約30分で「棚上十字路」に到着した。そのまま真っ直ぐ進むと赤城森林公園に下る。左に曲がると赤城温泉郷に通じる。私は「荒山高原」を示す道標に従い右へ曲がる。案内書にも登山地図にもこの地点に避難小屋があると記されている。しかし、建っていたのは小屋ではなく休憩舎である。壁も戸もなく完全なオープンスペースの建物は、とうてい小屋と呼べる代物ではない。

 ほぼ平坦な巻き道を進むと、わずか10分ほどで荒山高原に達した。今朝、7時48分にこの地を発って以来、2時間20分ぶりにこの地に戻ってきた。先着し、小休止していたらしい荒山山頂で出会った単独行者が、ちょうど姫百合駐車場方面に向って出発するとところであった。彼が去ると、明るく開けた草原は私一人の空間となった。すっかり晴れ渡った空からは真夏の太陽の強い熱線が降り注いでいる。

 小休止の後、朝方とは反対に南西に向う。ここ荒山高原から鍋割山を往復する計画である。鍋割山は麓から一気に盛り上がり、山頂部はほぼ平坦な尾根筋となっている。このため、登り始めは、しばし急登に耐えることになる。とはいっても、荒山高原の標高は1258メートル、鍋割山は1332.3メートルだから、標高差はわずか74.3メートルである。

 やや急な登りに15分も耐えると、平坦な山頂部に登り上げた。樹林が切れ、低い笹の原が広がっている。ようやく展望が開け、背後に荒山がその大きな三角形の山体を現した。その背後には何本もの巨大な電波塔を頭に乗せた地蔵岳の丸い山頂が見える。その左手には鈴が岳が正三角形の端正な山容を見せている。

 緩く登って草原となった小さな頂に達すると、「火起山(Mt.HIOKOSI)」との標示がある。地図上の1340メートル等高線ピークと思われるが、こんなピークに山名があったとは驚きである。案内書にも登山地図にもなんの記載もないがーーー。ここから眺める荒山は、高度が上がった分、先程よりもずっと大きく見える。立ち止まって景色に見とれていたら、トレイルランニング姿の男性が登ってきて、追い越していった。今日、山中で出会った二人目の人影である。

 草原の中の緩やかな尾根道を5分ほど進み、次ぎの小ピークに達すると、今度は「竃山(Mt.KAMADO)」との標示がある。地図上の1350メートル等高線ピークである。アキアカネが群れをなして飛び交っている。ここで初めて目指す鍋割山が行く手に姿を現した。振り返れば緩やかな草原の尾根道が続き、その背後に荒山と地蔵岳が寝ぼけた空に浮かんでいる。ここから一度50メートルほど下り、30メートルほど登り返せば鍋割山である。

 火起山で追い越していったトレイルランナーが戻ってきた。「山頂は誰もいず静かですよ」と一言残して駆け降りていった。丸太で階段整備された長い下りが続く。草原は終わり林の中の尾根道となった。道端に巨大な火山岩の露石が目立つようになる。数万年前の噴火の証拠なのだろう。緩やかな登りに転じ、再び草原の尾根道となる。緩やかな高まりを山頂と思い登り上げてみると、山頂はまだ先であった。草原にでると相変わらずアキアカネが多い。

 ちょうど11時、ついに鍋割山の頂に達した。無人である。飛び交うアキアカネが出迎えてくれた。大小の岩石が散乱する小広い裸地で、一段高いところに石仏が鎮座している。その横には二等三角点「鍋割山」が確認できる。南面が大きく開け、関東平野に向って展望が大きく開けている。しかし、眺める視界の先は深い深い夏霞の中、何も見えない。もとより覚悟の上ではあるが少々残念である。座り込んで握り飯を頬張る。照りつける熱線はさすがに熱い。設置された温度計の目盛りは29度を示していた。この日の前橋市の最高気温は37.8℃であっから7〜8℃は低かったことになるが。しばらくすると、意外にも、反対側から男性が一人登ってきた。「赤城青年の家」から鍋割山往復とのこと。私の登山ルートよりハードである。

 11時17分、下山にかかる。すぐに登ってくる中年の夫婦連れ、続いて50年配の男性とすれ違う。この盛夏の平日でも登山者はいるものである。竃山、火起山を過ぎると、70年配としか見えない老人とすれ違った。今日、山中で出会った最後の人影であった。11時53分、三度目の荒山高原着。休むこともなく、姫百合駐車場への登山道に踏み込む。岩のゴロゴロした歩きにくい急坂を下り、荒山風穴着はちょうど12時、風穴前の温度計は21℃を示していた。ゆるやかとなったと山道を順調に下り、12時半、無事に愛車の待つ姫百合駐車場に下り着いた。駐車場には数台の車が駐車していた。
 
、登りついた頂  
   荒山  1571.9  メートル
   鍋割山 1332.3  メートル      

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