西上州 赤久縄山 

神流川流域の1等三角点の山

2013年5月7日

 山頂より西御荷鉾山と東御荷鉾山を望む
 山頂より富士山と奧秩父主稜線を望む
                            
 栗木平登山口(740〜747)→早滝分岐(804)→123号鉄塔(856)→支尾根(911〜918)→第二鉄塔(932)→東登山口(939)→赤久縄山山頂(1005〜10335)→北登山口(1045)→東登山口(1056)→123号鉄塔(1121)→早滝分岐(1150)→早滝(1159〜1205)→早滝分岐(1212)→栗木平登山口(1223)

 
 ゴールデンウィークの終了を待って、気になる山・赤久縄山へ向った。赤久縄山は西上州の名峰である。神流川左岸に連なる山々の最高峰であり、また1等三角点の山である。当然ながら、「群馬百名山」や「関東百山」にも列せられている。更に言うなら、この山は、かつては「日本三百名山」に列せられてもおかしくないほどの名山であった。

 しかし、「かつては名山であった」と過去形で語らなければならない悲劇がこの山を襲った。昭和58年に、赤久縄山や御荷鉾山などが連なる神流川左岸稜の稜線を貫く御荷鉾スーパー林道が開削された。この稜線林道こそが悲劇の元凶である。尾崎喜八や佐藤節など多くの岳人に愛され続けてきた山々は自動車の餌食となり、多くの歴史ある登山道はズタズタにされてしまった。また、よき登山基地であった栗木平の鉱泉宿・赤山荘も昭和55年には廃業してしまった。こんな事態の推移により、計画していた私の赤久縄山登山もいつの間にか消え去ってしまい、いまだこの山は未踏のままである。

 何十年ぶりかで西上州の登山地図を開いた。スーパー林道開削前の昭和52年に登った御荷鉾山を見つけ、昔の思い出に浸った。そして、その隣りに赤久縄山を見つけ、やはりこの山は一度は登っておかなければならないだろうと改めて思った。早速最近の山の状況を調べてみる。現在では、登頂は山頂直下を通るスーパー林道からが主流のようである。このルートだとわずか15分で登れる。しかし、いくら何でもこれでは登山とは言い難い。嬉しいことに、麓の栗木平からの昔の登山道も、メインルートとは言い難いものの、健在のようである。山頂まで登り2時間半、途中、万場三滝の一つ・早滝を見学することもできる。

 朝5時37分、車で家を出る。カーナビは登山口となる栗木平までの距離を97.2キロと標示している。今日は風は強いが1日晴天が約束されている。未明まで大渋滞していた関越自動車道も順調で、本庄インターで降りる。鬼石より神流川沿いの国道462号を奥に進む。この道は日航ジャンボ機墜落事故以来、大分改修されたと聞くが、相変わらずカーブの連続する難路である。ただし通る車は少ない。旧万場町(いつの間にか「神流町」と町名が変わっていた)で塩沢峠に登り上げる県道46号線に入る。家から約2時間、7時40分に目指す栗木平に着いた。

 何本かの林道が絡んでいて少々戸惑ったが、「登山者用駐車場」と標示された道端の空き地を見つけ車を停める。他に車の影も人影もない。支度を整え、7時47分、赤久縄山山頂を目指していざ出発。登山口には立派な道標もあり、確りした踏跡が山中に続いている。谷に沿って15分も登ると、道標が左に分かれる踏跡を「早滝」と示している。滝に寄るのは帰路とし、「赤久縄山」を示す踏跡を辿る。

 急斜面となって落ち込む谷の上部を慎重に高巻き、踏跡の定かでない谷の源頭部を徒渉し、フラットに足を置けないほどの急斜面をジグザグを切って登る。その繰り返しが何度も続く。どこまでも杉檜の薄暗い植林の中で、所々雑木林が混じる。人の気配はまったくなく、時折、鴬の鳴き声を聞く。踏跡ははっきりしているが、かなりきつい登りの連続である。

 早滝分岐から15分も登ると立派な道標があった。「赤久縄山 1.8キロ 80分、早滝 1.4キロ 50分」と示している。更に、急な登りが続く。しかし、今日の私は快調である。ゆっくりながら休むことなく急斜面を登っていく。ひときわ急なジグザグを登りきると、支尾根に出た。そして樹相が落葉松の林へと変わった。空は真青に晴れ渡っているが、上空を強風が音をたてて吹きすさんでいる。

 支尾根を右から巻くようにして更なる急登が続く。目標とした最初の送電線鉄塔の横を抜ける。視界が開け、左手上空に赤久縄山が初めて姿を現した。歩き始めてから既に1時間以上経ち、さすがに疲れた。朝から何も食べていない。再び小さな支尾根に登り上げた地点でついに座り込んだ。道端には白い可憐な花をつけたニリンソウと黄色い花をつけたミツバツチグリが群生している。芽吹き始めた落葉松の枝の間から赤久縄山の丸い頭が見えている。

 主稜線直下に達し、地図上の1409メートル峰を南から巻くと、北側から巻いてきたスーパー林道と出会った。しかし、合流することはなく、次のピークを南と北に分かれて巻きに掛かる。細いトラバース道の足下はニリンソウとミツバツチグリが隙間なく咲き誇っている。

 一峰を巻き終わると、二番目の送電線鉄塔と出会う。左(南)側に視界が大きく開け、取り囲む山々の連なりが姿を現した。一体どこの山が見えているのだろう。立ち止まって山々を見つめる。んんんんーー、あれは三宝山、甲武信ヶ岳、そして破不山、雁坂嶺ではないか。奧秩父主稜線の山々だ。ならば、その山並みのずっと左の三角形の山は雲取山だろう。解けたぞ! 主稜線の前に横たわる鋸の刃のような真っ黒な山体は両神山だ。山々の名が次々と解けていく。さぁ、山頂に急ごう。そしてゆっくり山岳同定をしようではないか。

 すぐにスーパー林道と合流した。汗水垂らして登り上げた揚げ句に、車道に出会うのはいささか不愉快である。幸い、今日は通る車の姿は見られないがーーー。ただし、林道を歩いたのはほんの数10メートルのみ、山稜を北側から巻く林道と別れ、登山道は山稜を登っていく。ここが赤久縄山の東登山口である。山頂まではもう30分ほどである。

 何とも素晴らしい尾根道となった。明るい雑木林の中を登る。地表にはバイケイソウの若芽が到るところ顔を出している。スズランに似た緑の大柄の葉は未だ冬枯れの雑木林の中では何とも美しい。ただし、この草は猛毒である。ヤブレガサもたくさん群生している。独特の面白い風貌の草である。北口登山口からの道と合流した。山頂はもう一足長である。

 10時5分、ついに待望の山頂に到達した。山頂は大きく開けた緩斜地で、その真ん中に一等三角点「赤久縄」とベンチが置かれている。そして、取り囲む雑木を伐採し、東から南にかけて大きく視界が確保されている。伐採された木々が放置され、少々雑然とした観はあるが、好展望が確保されているのは嬉しいかぎりである。ザックを置くと、何はともあれ、山岳同定である。

 東に向って開かれた視界の先には形よい大きな饅頭型の山が二つ。紛うことなく東御荷鉾山と西御荷鉾山である。この山は我が家の近くからも眺めることができ、その形は目に焼き付いている。そして次は南だ、切り残しの立ち木が少々あるため、連続した視界を繋ぐには場所を少々移動する必要があるが、重なる山並みが途切れることなく続いている。一番奧に連なるのは奥秩父主稜線の山並みだ。一番左に雲取山が確認できる。鈍角三角形の形よい山容は一目で同定できる。そこから、山並みは和名倉山、雁坂嶺と続いているのだが、雁坂嶺に到る手前、山並みの背後に真っ白な富士山がすっくと姿を現しているではないか。日本人は、富士山が見ると、どういうわけか興奮する。

 雁坂嶺の右には屋根のような形の破風山も確認できる。そのさらに右に連なるのは木賊山、甲武信ヶ岳、三宝山である。山並みはなおも右に続き、山頂を残雪で白く染めた国師岳、朝日岳、金峰山の三山がはっきり確認できる。更にその右、樹木に半ば隠れるように見える三角形の山は小川山ではないか。要するに、奥秩父主稜線の山々が全て、眼前に広がっているのである。

 場所を大きく移動させて、小川山の更に右を無理やり覗き込むと、山並みの背後に純白の山が二つはっきりと確認できる。あの山の形は見覚えがある。そうだ! 白峰北岳と間ノ岳だ。南アルプスの巨峰が見えているのだ。言い様もなく嬉しくなった。奥秩父主稜線の前面には鋸歯のごときギザギザの岩稜を連ねた真っ黒な山。この山こそ埼玉県の誇る名峰・両神山である。山頂をあちこち移動しながらただただ山々を見つめる。

 山頂には意外なことに、先着者が一人いた。今日初めて会う登山者である。私と同年配と思ったが、何と、76歳だと聞いて驚いた。埼玉県の川越の人で、私と同じく栗木平から登ってきた由。元気なものである。彼は先に去り、山頂は私一人となった。上空は強風が吹き荒れている気配だが、山頂は風もなく陽が射して暖かい。山々を見つめながら一人握り飯をほお張る。至福の一時である。

 30分の滞在の後、山頂を辞す。帰路は北登山口を経由してみよう。分岐を過ぎると、単独行者が登ってきた。見るとかなりの年配である。今日は平日、山なぞに登る暇のある者は定年後の年寄りに限られるのだろう。すぐにスーパー林道に下り立った。車が1台停められている。先ほどの登山者のものだろう。彼はわずか15分で山頂に達することができる。林道を10分も歩くと、東登山口に達した。ここからは登りに辿った道を戻ることになる。ニチンソウとミツバツチグリの咲き乱れる登山道を下る。123号鉄塔付近で76歳の老人を追い越した。こんな急坂をよくぞ登ってきたものだと思いながら、急な登山道を慎重に下る。単独行者とすれ違った。彼も老人だ。

 山頂を出てから1時間15分で早滝分岐に達した。予定通り早滝に寄ってみることにする。道標に従い横道に入るが、鎖の張り巡らされたかなりの難路であった。それでも10分ほどで滝下に達した。なかなかの滝である。戻る途中、滝に向ってくる76歳の老人とすれ違った。この危険な道を平気で歩いてくる。たいしたもんだ。12時23分、無事愛車の待つ栗木平に到着した。
   
登りついた頂  
   赤久縄山  1522.3 メートル 
    

トップ頁に戻る

山域別リストに戻る