天城連峰縦走

新緑の咽ぶ天城山縦走路

1995年5月3日

アセビの原生林

 
天城峠バス停(905)→旧天城トンネル(910)→天城峠(925)→向峠(945)→見晴台(1050〜1100)→八丁池(1105〜1120)→白田峠(1150)→戸塚峠(1210〜1215)→小岳(1240〜1245)→片瀬峠(1250)→万三郎岳(1305〜1315)→石楠立(1335)→万二郎岳(1400〜1405)→沢(1430〜1435)→天城高原ゴルフ場バス停(1455)

 
 無性に伊豆に行ってみたくなった。天城峠から八丁池を経て万三郎岳、万二郎岳と続く天城縦走路がいい。アマギツツジにはまだ早いが、きっと新緑がすばらしいであろう。

 修善寺から乗ったバスは数えるほどの乗客を乗せて天城峠に向かう。湯ヶ島を過ぎ、天城峠が近づくにつれ今まで添うてきた狩野川が次第に眼下に移る。「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さでふもとから私を追ってきた。」 名作「伊豆の踊り子」の書き出しである。今バスが進んでいる道が下田街道、「私」が踊り子に会えるかも知れないとの期待を胸に急いだ道である。つづら折りというほどでもないが、曲がりくねった道を登っていくと旧街道が分かれる。「私」が踊り子と出会った茶屋はこの辺りにあったのであろうか。ほんの2〜300メ−トルで天城峠バス停であった。5〜6人降り立ったが、登山者は私と同年輩の単独行者だけ。あとは峠周辺の探索が目的のようである。

 この連休の天気は最悪である。29日の緑の日から昨日まで雨の降らなかった日は1日とてもなかった。今日の予報も「曇り、午後から一時雨」、今朝静岡を出発するときは霧雨さえ降っていた。しかし、見上げる空は曇に覆われてはいるが、当分雨の心配はなさそうである。道標にしたがっていきなり沢沿いの急登に入る。堰提を越え、最後は急な階段を登り切ると旧天城トンネルの入り口であった。「私」が茶屋のばぁさんを振り切って、踊り子の一行を急ぎ追い掛けたトンネルである。小さいながらもがっちりとした石積みのトンネルは当時の雰囲気を充分に残している。さらに15分ほどジグザグの急登を経ると天城峠にでた。ここからいよいよ縦走開始である。

 道標に従い、縦走路を東に辿る。今日のコ−スは一般登山道であり、地図もコンパスも必要なさそうである。ただし距離は20キロあり、短くはない。このため足回りはジョギングシュ−ズで来た。案内書には「17時16分の最終バスに乗るには8時には天城峠バス停を出発したい」とあった。しかし私は9時出発で、その前の15時35分に乗るつもりである。かなりのスピ−ドでグイグイ進む。道は縦走路とは名ばかりで、稜線の左側山腹を巻きながらどこまでも水平に続く。マウンテンバイクなら充分走れそうなよい道である。ぬかるみに残る足跡からすると、何人かの先行パ−ティがいるようである。周りは山毛欅、ヒメシャラ、アセビ等の混淆林で、微かに萌だした木々の新芽が美しい。林床はびっしり笹が覆っている。向峠を過ぎると、山葵田が営まれている沢の上流を横切る。追いついた中年の男女6人パ−ティは「急行列車が来たぞぅ」といって道を空けてくれた。アセビの白い花が時々頭上より降り注ぐ。

 よい道が終わり、石のごろごろした道となる。谷を隔てた左側の山腹の緑がすばらしい。煙るような薄緑色の中に混ざる淡いピンクは山桜であろう。男女2人パ−ティを追い抜く。私が先頭に出たようだ。緩く登ると、すばらしい山毛欅の原生林の中に入った。これ程の見事な山毛欅の単純林を見るのは初めてである。ようやく萌えいでた若芽が、微かな緑色となって森全体を彩っている。どれ程の画家でもこの色彩は描けないであろう。山毛欅の原生林を抜けると、今度はアセビの単純林が現われた。アセビは安部奥にも多いが、普通は他の雑木と混淆林を成している。アセビ一色の林もまた見事なものである。アセビには雄と雌があるのであろうか。たわわな白い花房をつけた木と一切花のない木がある。さらに緩やかに登ると立派な道にでた。八丁池遊歩道である。道標に従い八丁池に向かう。「展望台まで1分」との標示があり小道が左に分かれる。アセビの林の中を行くとすぐに展望台であった。マウンテンバイクに乗った2人の若者がいた。寒天林道から登ってきたのであろう。若者は元気だ。展望台に登ると今日初めて視界が大きく開けた。あいにくの曇天のため、視界が良ければ見えるという富士山や伊豆の海は見えないが、それでも行く手には万三郎岳、万二郎岳のゆったりした山容がはっきり望まれ、眼下には八丁池が見える。周囲の山肌は薄緑色に覆われ、その中を山桜のピンクが染めている。まさに春うららである。

 道端に茶色い小型の蛇が寝そべっている。覗き込んでも逃げようともしない。ジムグリだろう。天城火山の火口湖である八丁池は周囲1キロほどの小さな湖である。何組ものハイカ−が湖畔のまだ若芽の萌えない枯れ草に腰を下ろし休んでいる。私も今日初めてのまとまった休憩を取り昼食とする。バス停からここ迄ちょうど2時間掛かっている。標準コ−スタイムも2時間とあり、納得できないが、先を急ぐに越したことはない。

 山毛欅、ヒメシャラ、アセビ、リョウブ等の明るい混淆林の中を緩やかに登っていく。反対方向から何組かの登山者がぽつりぽつりと現われるようになる。白田峠を過ぎると、道は稜線の右側に移る。戸塚峠で筏場への下山道を見送ると、今日初めての登りらしい登りとなる。尾根は広々とし、一面見事な山毛欅の林である。その中にすべすべした樹肌を持つヒメシャラが混じる。ガスが湧いてきた。雨にならなければよいが。1600メ−トル峰に達する。地図には戸塚山とあるが、標示は小岳となっている。山毛欅林の中をガスが流れる。片瀬峠を過ぎると、いよいよ万三郎岳への登りである。我ながら惚れ惚れするほどのピッチで登っていく。いい具合にガスが消えた。ついに山頂に飛び出した。ここは日本百名山の一つ、そして伊豆の最高峰・万三郎岳山頂である。山頂は小平地となっており真中に一等三角点が鎮座している。そういえば、つい4日前にも一等三角点の山・毛無山に登った。山頂の周囲は雑木に覆われ、残念ながら展望は得られない。それでも木々の枝越しに、万二郎岳と遠笠山がちらついている。山頂には数組のハイカ−が休んでいた。みな軽装であり、天城高原からの山頂往復であろう。

 ここからバス停まではゆっくり行っても2時間、目指すバスには充分間に合う。下りはかなり急であった。この時間になってもどんどん登ってくる。途中の岩場に上がってみると、前方に目指す万二郎岳とまんまるい頂の遠笠山の姿が大きく望めた。20分の下りで、鞍部の石楠立と呼ばれるところに達する。万二郎岳の登りは、一般ハイキングコ−スとも思えないほど、急なうえに岩場もあってかなり悪い。急登が終わり緩やかな登りとなる。アセビの大群生地が現われた。案内書にアセビのトンネルとある地点である。行けども行けどもアセビ一色である。灌木と思っていたアセビも意外に大木になるものである。岩場に出て振り返ってみると、万三郎岳が山腹を薄緑色に染めて高だかとそびえ立っていた。

 突然山頂に達した。正確にいうと、山頂標示はあるもののとても山頂とも思えない平坦な藪道の途中である。ここが万二郎岳の山頂なのか。なんともつまらない頂である。そのためか、どのハイカ−もチラリと山頂標示を見て、そのまま通り過ぎていく。私も証拠写真を一枚撮って下山に掛かる。まだバスの時間まで1時間半もある。万二郎の下りもアセビの林である。なんとアセビの多い山であろう。足元にスミレの花が現われた。今日初めて見る野の花である。緩やかな道を飽き飽きするほど下っていくと、沢の辺にでた。腰を下ろしてゆっくりと休む。もう終点は近い。

 この天城縦走路は予想通りすばらしい道であった。山毛欅の煙るような新緑は深く心に残る。今度はアマギツツジが咲くという5月の終わりに訪れて見たいものである。ちょうど3時、バス停のある天城高原ゴルフ場クラブハウス前に到着した。

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