位牌岳から愛鷹山へ

ツツジ咲き誇る稜線に日本の春を満喫

1995年5月27日


アシタカツツジ
 
 
愛鷹山荘分岐(805〜810)→大沢橋(840)→第一ケルン(855)→稜線(950)→位牌岳(1030〜1050)→池ノ平分岐(1105)→水神社分岐(1125〜1140)→袴腰岳(1155〜1200)→馬場平(1220)→水神社分岐(1245)→愛鷹山(1255〜1310)→林道1(1355)→林道2(1410)→林道3(1420)→車道(1445)→クラブハウス(1455)→柳沢集落(1530)→柳沢入口バス停(1550)
 
 
 ちょうど1年前、黒岳、越前岳、鋸岳、呼子岳、位牌岳、前岳と、愛鷹連峰の核心部を縦走した。あいにくの天気で、富士山から駿河湾にかけての大展望は得られなかったが、山肌を赤紫に染めて咲き誇るツツジの花はすばらしかった。花を求めて再び愛鷹連峰に行ってみたくなった。愛鷹連峰のうち、位牌岳から、袴腰岳、愛鷹山と続く南部が未踏のまま残っている。コ−スの取り方に苦慮した。鋸岳のあのグジャグジャの岩稜は二度と歩きたくない。位牌岳からスタ−トしたいのだが、案内書にはこの山に直接登るル−トはない。しかし、昨年縦走したときに鋸岳と位牌岳の鞍部に大沢から登ってくる踏み跡があるのを確認している。このル−トを取れるならベストである。調べてみると、このル−トは北面沢を詰めて登ってくるル−トのようである。「地元の人しか知らないバリエ−ションル−ト」とある。それほど難しい沢ではなさそうなので、なんとか登れるであろう。

 静岡発6時4分の列車に乗り、御殿場着7時40分。タクシ−で須山集落先の愛鷹山登山口に向かう。バスでは一番でも10時近くなる。大沢沿いの林道に乗り入れ、越前岳の登山口である神社の下で下車。料金は3560円であった。既に4台ほどの車が駐車している。大沢左岸に沿った林道を奥に進む。天気は予報通り快晴であるが、春特有の霞みが深い。大きな石のごろごろし水の流れていない大沢を渡って右岸に移る。河原には登山者のものと思えるテントが張られていた。ここから先、林道はもはや原形をとどめず、すっかり登山道と化している。両側は藪っぽい灌木である。キノコ取りと思える人と擦れ違う。林道の名残りのコンクリ−トの大沢橋を渡って再び左岸に移る。そろそろどこかで北面沢が分かれるはずであるが、うまく沢へのル−トが見つけられるか心配になる。何か標示でもあればよいのだが。このまま進めば割石峠に出てしまう。「出合」との標示があり、顕著な沢が左から合流する。目指す北面沢と思えるが、それらしき標示も踏み跡もない。もう少し進んで様子を見てみようと、少し進むと、崩れかけた「第一ケルン」があり、登山道と分かれて河原に下る踏み跡を見つけた。目指すル−トと思える。沢に下ると「北面沢ル−ト」との標示があり、確りした踏み跡が、沢沿いに続いている。ひと安心である。今日はもうル−トに関しては心配ない。沢の中の大きな石に腰掛けてひと休みする。

 意外にも踏み跡は確りしており、しかも点々と白ペンキのコ−スサインがある。よく見ると、このペンキはまだ乾いていない。今日つけられたのであろうか。この沢は水は流れておらず、大石のごろごろした単純な沢である。ル−トは沢ぞいにつけられており、沢の中を歩くことはほとんどない。こんな確りした踏み跡があるとは予想外である。どこまでも樹林の中であるが、じめじめした感じはない。所々岩肌を染める赤紫のツツジのせいであろうか。途中いくつか枝沢を分けるが、コ−スサインによりル−トファインディングの必要はまったくない。これでは少々物足りない。あたりは静寂そのもので、しきりに小鳥のさえずりが聞こえる。次第に傾斜がきつくなった。稜線は近そうである。不意に上方で人声がする。私以外にこんなコ−スを歩いている者がいるのであろうか。近づくと、二人連れがペンキを塗り塗り登っている。コ−スサインは彼らがつけていたのだ。

 二人に追いつき、と同時に稜線に達した。二人連れは60年配、服装からしてかなり山慣れしている様子である。古びたザックの上にはザイルが括られている。敬意を表して「おかげで迷うことなく登れました」とお礼を言う。「わかりやすかったでしょう。実はこのル−トは私が開いたものでね。今日はその補修です。よくこのル−トを知っていましたね」と相手。「昨年登ったとき、その稜線上の標示を見て知りました」「その標示も私がつけたのですよ。このコ−スは鋸岳での遭難対策上で必要でね」。どうやら地元山岳関係のベテランらしい。相手も自分の愛着あるル−トを登ってきた私に好意を持ったようである。チャンスとばかりに質問した。「愛鷹ツツジとはどれをいうのですか。たくさん咲いているツツジは、どれも三つ葉ツツジに見えるのだが」。 昨年この愛鷹連峰に登った際、山肌を赤紫に染めるツツジの群生を見て、これが彼の有名な愛鷹ツツジであると思った。しかし、その後いくつかのツツジの種類を知るにつれ、どうも私の見たツツジは三つ葉ツツジではなかったのかと疑問を持っていたのである。「愛鷹ツツジと三つ葉ツツジは花の色がほとんど同じなので区別しにくいです。花がやや小粒で、葉が五枚あるのが愛鷹ツツジ、葉が出ずに花だけ付けているのが三つ葉ツツジ、三枚の大き目の葉と花をつけているのがトウゴク、この三種類を覚えておくとよいですよ。ほら、これが愛鷹ツツジです。この木は去年咲いたと見えて今年は花をつけていないが」と手元の枝をむしって説明してくれる。ようやく一つの疑問が解けた。今年は確りと愛鷹ツツジを見られそうである。

 二人と別れ位牌岳に向かう。しばらくの間は、鋸岳の余韻の残る痩せた嫌な岩稜である。張り巡らされた鎖を頼りに慎重に登る。新田二郎の小説に「愛鷹山」という短編がある。「縦走を果たしたら結婚しよう」と男に愛鷹山縦走を誘われる。鋸岳の岩稜を目の前にして女は躊躇する。「この難所を越えれば私はこの人と結婚することになる」。ようやく決心がつき、その第一歩を踏み出したところで、二人はザイルで結ばれたまま墜落死する。そんな内容であった。ガリガリに痩せた稜線は到る所ツツジの花が満開である。調べてみると、どれも三つ葉ツツジかトウゴクで目指す愛鷹ツツジにはなかなか出会えない。ようやく愛鷹ツツジを見つけた。しかしまだ蕾である。愛鷹ツツジの方が開化時期は遅いのだろう。振り返ると、鋸岳の向こうに越前岳が山肌を赤紫に染めて高々とそびえている。

 10時半、見覚えのある位牌岳山頂に達した。展望はないが、灌木に囲まれた気持ちのよい山頂である。だぁれもいない。まだこの時間では、越前岳からの縦走者は到達していないのだろう。すさまじいばかりに咲き誇っている山頂のツツジはどれも三つ葉ツツジであった。山頂の南側に出てみると視界が開け、これからたどる袴腰岳から愛鷹山への稜線がうねっている。その先には濃い霞みの中に駿河湾の白い海岸線が微かに確認できる。握り飯を頬張り、去り難い山頂を後にする。すぐに右側に南白ガレが現われ、振り返ると、位牌岳の山頂部は赤紫色に一面に染まっている。

 下るに従い、愛鷹ツツジの花も開化しだした。池ノ平への道を左に分け、緩やかな稜線を行く。この稜線の道は何とすばらしいのだろう。左右は切れ目なく三種類のツツジが咲き誇り、その間を灌木の若葉が埋める。日本の山はこれほどまでに美しいのか。思わず感嘆の声が漏れる。この稜線を一度でも歩いてみたら、だれだって山の虜になるに違いない。この美しさを見ずして何の人生か。愛鷹ツツジ、三つ葉ツツジ、トウゴクのまさに共演である。愛鷹ツツジの花は同じ赤紫でも少し赤っぽい。中年の夫婦連れと擦れ違う。水神社から登ってきたとのことで、「ツツジがすばらしいですね」が挨拶代りである。水神社分岐に達した。こんなすばらしい尾根を急ぐことはない。明るい草原に腰を下ろし、心行くまでツツジの花を愛でる。開けた視界の先に鋸岳と越前岳が見える。山肌は赤紫に染まっている。

 小さな登りを経ると袴腰岳の頂であった。樹林に囲まれた小さな瘤のような山頂である。まっすぐ進む道は第一展望台から須津川に下る道、私は左に90度折れて愛鷹山を目指す。ここから周りの雰囲気は一変した。ツツジは時々現われるものの、笹が登山道の両側を埋め、藪漕ぎというほどでもないが、なんともうっとうしい。小さなピ−クを三つほど越える。笹が次第に背を没するほどになる。道は明確であるのでル−トの心配はまったくないが、顔を打つ笹をかきわけるのはなんとも不快である。山毛欅の大木が欝蒼としげる1203メ−トルの平頂に達した。馬場平との標示がある。ものすごい大木がある。縄文山毛欅とでも名付けようか。相変わらず笹が密生している。愛鷹山との鞍部へ下ると、水神社への道が再び左にわかれる。笹藪をかきわけかきわけ15分ほど急登すると、今日最後の目標・愛鷹山山頂に達した。

 笹と灌木に囲まれ、まったく展望のない平凡な山頂である。山頂部だけ切り開かれていて、一等三角点がぽつんと置かれている。陽が燦々と当たって汗ばむ陽気である。これで愛鷹連峰の山々は2年掛かりでひと通り登り終えたことになる。小休止の後、下山にかかる。今日はこれからの行程が長い。山頂の一段下に愛鷹明神の社があった。石造りで入口には鉄の扉か締まり、大きな鍵まで掛けられている。なんとも情緒のない社である。ここからは愛鷹明神の参道であり、道はよくなるものと思っていたが、登る人もほとんどいないと見えてかなり荒れている。相変わらず背よりも高い笹が両側から覆い被さり、道も到る所で水流で深くえぐられている。蜘蛛の巣が道を塞ぐのもうっとうしい。平沼集落への道を右に分け、アセビなどの灌木と笹の変化のない道をひたすら下る。伐採地に出て、ようやく視界が開けた。目の前に駿河湾が大きく霞んでいる。海岸近くを走る東名高速が見える。あそこまで下るのだと思うとうんざりする。林道を三本横切る。だいだい色のツツジが現われる。ヤマツツジというのだろうか。山頂から1時間半歩いてようやく車道に達した。ゴルフ場の脇を抜け、車道をひたすら下る。振り返ると、愛鷹山が緩やかの傾斜の先にゆったりとそびえている。東名高速道路の下を潜り、3時半、柳沢集落に達する。午後に一本きりないバスが、幸運なことに、20分待ちである。

 それにしても、位牌岳から袴腰岳に掛けての稜線は言葉で言い尽くせないほどのすばらしさであった。愛鷹ツツジも認識することができた。今日も又すばらしい山旅であった。

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