四阿屋山

舐めてかかると意外に手ごわい岩山

1999年2月28日


四阿屋山より両神山を望む
 
駐車場(735〜745)→寺沢福寿草園地(750〜755)→車道(805)→山の神(810)→展望休憩舎分岐(820)→山居福寿草園地(825〜835)→両神神社奥社(845)→山頂(855〜915)→大堤集落(1020)→薬師堂(1050)→駐車場(1100)

 
 6年半を過ごした静岡に別れを告げ、昨年10月、故郷・埼玉に戻った。登り続けた静岡の山に区切りを着けるべく、「静岡市周辺の山々」を自費出版することにし、その編集作業に休日は忙殺された。昨年9月、富士山に登って以来既に5ヶ月以上山から遠ざかっている。去る23日、ようやく脱稿して時間ができた。さてどこの山に行こうか。奥武蔵の登山地図を引っ張り出して眺めてみるのだが、道なき薮山を歩き続けた身にとってハイキングコース完備の山々はどうも気が乗らない。ふと、四阿屋山が頭に浮かんだ。福寿草で有名な山である。ちょうど今ごろ見ごろであろう。埼玉県で登り残している数少ない山の一つでもある。四阿屋山は両神山から小森川と薄川の分水稜となって東に長々と延びる尾根末端の小峰である。この山は昔から気にはなっていたのだが、登りわずか一時間半の低山で他にルートを拡大しようもないため、わざわざ登りに行く気も起きなかった。なまった身体にはちょうどよさそうである。調べてみると、三方からいくつものハイキングコースが開かれている。メインコースである薬師堂コースを登り、最も厳しいという大堤コースを下ってみよう。

 朝6時、車で出発する。昨日は強風が吹き荒れ春を思わす生暖かい日であったが、今日は朝から雲一つない快晴である。国道140号線を進むと懐かしい故郷の山々が次々と視界に飛び込んでくる。なにしろ7年ぶりである。中でも両神山の雄姿がひときわ目を引く。やはりこの山が埼玉一の名山である。薄く雪をかぶった武甲山はすっかり姿が変わってしまって痛々しい。この山は埼玉県の恥である。三峰口から小鹿野に向かう道に入り、7時半、目指す薬師堂に着いた。ここが登山口であるが、適当な駐車スペースがない。中腹まで上る車道をほんの数百メートル進むと立派な駐車場があった。早朝故か1台も止まっていない。支度を整え出発する。すぐにキャンプ場を経て薬師堂からの道と合流する。マウンテンバイクなら充分走れそうな立派な登山道を10分も登ると福寿草園地に出た。柵に囲まれた斜面が福寿草の群生地なのだが、1株も見当たらない。楽しみにしていたのだが残念である。休むとさすがに寒い。ヤッケを着込む。

 緩やかな道を10分も進むと登ってきた車道を横切る。すぐ先が終点で駐車場が整備されている。雑木林の中の緩やかな尾根道を進む。山の神の小さな祠を二つ続けてみる。前方で人声がして、幼児2人をつれた父親と老夫婦を追い越す。木々の合間から二つの鋭く尖った峰が見える。志賀坂峠の北に聳える二子山だろう。なんとも特異な山容である。そのずっと右の大きなゆったりした山は城峰山のはずである。展望台への分岐を過ぎ、少し登ると再び福寿草群生地に出た。ここは点々と黄色い花が咲いている。しかしよく見ると最近人工的に植え付けた気配である。自生の福寿草はないのだろうか。ベンチとテーブルがあるので一休みする。何組かのパーティが追い越していった。山は今日一日賑わいそうである。

 「ここより先、初心者は危険」との立て札があり、杉桧林の中の急登となった。今日初めての本格的な登りである。私はリズミカルにぐいぐい登っていくが、中年の夫婦がひぃひぃいっている。登りきると大きな社にでる。両神神社の奥の院である。3人づれが休んでいた。社の裏で尾根を直登する道は「危険のため通行禁止」。左のトラバース道に入る。すぐに目の前に天を突くような急登が現れた。岩壁を削って無理やりつけた岩道である。鎖が切れ目なくつけられており、道もしっかりしているが、右は絶壁であり怖い。これでは初心者は恐怖心でびびるであろう。さすが両神山系の山、単純なハイキングの山ではない。息せききって登りあげると狭い岩稜に出る。ここが大堤コース分岐である。右にわずかに急登すると、待望の山頂に達した。

 山頂は狭く771.6メートル三角点と展望盤が設置されている。北西側に大きく展望が開け、足下から続くうねる稜線の先に両神山が惚れ惚れするような姿で、濃紺の空をバックに悠然とそびえ立っている。その姿は神々しいほどの威厳に満ちている。深田久弥の日本百名山にも選ばれているが、おそらく、日本10名山でも選ばれるであろう。埼玉県の誇る名山中の名山である。その左には奥秩父主稜線上の二千メートル峰・雁坂嶺と破不山も見えているのだが、その存在感は1723.5メートルの両神山と比ぶべくもない。両神山には過去3度登った。赤ヤシオの咲くころもう1度登ってみよう。木々の枝が邪魔をするが、360度山が見える。登りながらちらちら見えていた二子山と城峰山。奥武蔵の笠山と二子山。哀れな姿の武甲山。久しぶりに眺める故郷の山並みである。

 山頂には幼児連れの父親と中年の2人連れ、それに単独行者がいた。幼稚園児と思える幼児が登ってきたのは驚きであるが、こんな危険な山に連れてくるものではなかろう。20分ほど山頂で過ごした後下山にかかる。先程の大提分岐まで戻る。入り口に看板があり「このコースは鎖場の連続で危険のため初心者は立ち入り禁止」とある。一瞬躊躇したが、「私は初心者でもあるまい」と思い返して予定通りコースに踏み込む。しばらくナイフリッジの岩稜が続く。踏み跡は明確であるが、登ってきた薬師堂コースとは比ぶべくもない。人声が消え山は急に静かになった。アセビの木が目立つ。もう1ヶ月もしたら白い花をつけるだろう。突然目の前がスパッと切れ、鎖場が現れた。予想よりはるかに厳しい。がりがりの岩稜の急斜面である。足場が確保できず、しかも左右とも絶壁で怖い。1昨年の7月に丹沢で滝から落ちて以来、どうも岩場は恐怖心が湧くようになった。それにしても、この岩場は初心者どころか経験者でも手を焼く。どうにか下り降りて、小峰で一休みする。

 下の方で人声がする。こんなコースを登ってくるものがいるのだろうか。緩やかに下ると再び鎖場に出た。女性をまじえた数人のパーティがちょうど鎖場を登りきったところであった。「すごかった。命が縮む思いがした」と喧々諤々である。この先にもっとすごい鎖場があるのに大丈夫だろうか。私も覚悟を決めて鎖場の下降に移る。下部はほぼ垂直の壁であり、足場もなく全体重を鎖に預ける形となる。かなり腕力を要するが、逆に先程よりは安定感があり楽である。下りきると竹薮となった。下界は近そうである。看板があり、「このコースはこの先鎖場が連続するので初心者は薬師堂コースに回るように」と記載され、左に薬師堂コースへの小道が分かれる。緩やかな道を小走りに下ると人家の脇を抜けてバス道路に下り立った。無事の下山である。

 車道をのんびり歩いて車の置いてある薬師堂に向かう。農家の庭先に自生の福寿草がたくさん咲いている。梅も満開である。もう春がそこまで来ている。里道を歩いているとどうも静岡と感じが違う。道で会う人は皆目をそらす。静岡ならすれ違えば子供でも丁寧な挨拶があるのだが。ちょうど11時に車に帰り着いた。駐車場は満車で、この時間でも登山者が続々とやって来る。薬師堂脇の両神村村営の販売店で、記念に福寿草を買う。1時には家に帰り着いてしまった。

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