七ツ小屋山から大源太山へ

ニッコウキスゲ咲く山稜から上越のマッターホルンへ

2001年7月8日


七ツ小屋山付近より望む大源太山
大源太山登山口(620〜630)→丸木橋(645〜650)→謙信ゆかり道入口(650)→水場(715 )→シシゴヤノ頭(815〜840)→国境稜線(910〜920)→七ッ小屋山(955〜1010)→大源太山(1115〜1145)→沢徒渉点(1300〜1310)→丸木橋(1325)→大源太山登山口(1330)

 
 上越国境の山々は粗方登り尽くしたが、一つ気になる山が未踏のまま残っている。国境稜線上の七ッ小屋山から北に派生した支稜上に位置する大源太山である。武能岳から七ッ小屋山、清水峠を経て朝日岳に続く国境稜線は草原の広がるゆったりした尾根であるが、この大源太山はガリガリの岩峰である。天を突くその鋭い山容から上越のマッターホルンとも呼ばれている。周囲の山々からも、あるいは麓の湯沢からも実によく目立つ山である。その山容にもかかわらず登頂はそれほど難しくはない。山頂から西に張り出す弥助尾根に登山道が開かれており、相当な急登ではあるが3時間程で山頂に立つことができる。
 
 一般コースからの山頂往復に抵抗を感じていたら、最近、大源太山登山口付近からシシゴヤノ頭を経て国境稜線に達する登山道が開かれたことを知った。この「謙信ゆかり道」と呼ばれる登山道を利用すれば、大源太山登山口に車をおいて、シシゴヤノ頭→七ッ小屋山→大源太山との回遊コースが可能となる。にわかに行ってみたくなった。しかし、七ッ小屋山から大源太山に達するルートは険悪である。山頂直下の岩壁が通行を阻み、上級者にのみ許されるルートとなっている。
 
 4時30分、車で出発する。すでに夜は明けているが、予報とは裏腹に空はどんよりと曇り今にも降り出しそうな空模様である。しかし、関越トンネルを抜けると、空は真っ青に晴れ渡っている。この国境稜線はまさに天気を二分する。湯沢インターで降り、旭原集落を抜け、大源太川沿いの狭まった道を進む。前方にこれから目指す大源太山がそのピラミダルな姿を現す。6時20分、家から1時間50分、159キロ走って目指す登山口に着いた。駐車スペースはすでに10数台ほどの車で埋まっている。
 
 支度を整え、出発する。登山道入り口には登山届けのポストもある。今日は少々危険なルートをとるので届け出をする。茅との原を突っ切り、北沢の右岸沿いの平坦な小道を進む。道端にはヤマアジサイが盛んに咲いている。10分ほど進むと、丸太を半切りにした橋で左岸に移る。一休みしていたら男女4人連れが追いついてきた。ここから山道となった。ほんの数分で「謙信ゆかり道」分岐に達した。立派な道標がある。北沢沿いに奥に進む大源太山登山道と別れ、右の山腹に取りつく登山道に踏み込む。
 
 登山道は幅2メートルほどのしっかりした切り開きであるが、どことなくまだ人の足に十分になじんでおらず、新しい道であることが感じられる。傾斜は思いの外緩やかで、大きくジグザグを切り、次第に高度を上げながらながらヒロクボ沢の上部を奥へと続く。この登山道に踏み込んでから人の気配が消えた。登山者は皆、大源太山登山道に向かったようである。自然林の中の登山道はどこまでも静である。分岐から約25分も登ると水場に達した。岩の割れ目に差し込まれたパイプから豊富な水が流れ出ている。一口口に含んでそのまま登り続ける。時々足下で何かがぴょんぴょん跳ねるので、よく見てみると、小さな蛙である。
 
 やがて道は本格的な登りに転じる。自然林の中の急斜面をぐいぐい登っていく。朝飯も採らずに登っているのだが、至って調子がよい。息を切らすこともなくリズミカルに登り続ける。足下にギンリュウソウ(銀竜草)が点々と現れる。葉緑素を持たない真っ白な植物である。珍しいものでもないが、これほどの群生に出会うのは初めてである。上方で人声がして、すぐに、おばちゃん2人連れのパーティに追いついた。先行者の気配を微かに感じていたが、彼女たちだった。蓬峠まで行くという。もう先行者はいないようである。今日この登山道を登るのは3人だけである。彼女らを引き離し、さらに急登を続ける。樹相が変わり、高木の自然林から笹と潅木の切り開きの道となる。ただし、笹の刈り跡はかなり乱暴で、切り株が靴裏を刺激する。すでに1時間以上も歩き続けているのでそろそろ休みたいが、シシゴヤノ頭は近そうである。やがて上空が開けてきた。
 
 8時15分、ついにシシゴヤノ頭に飛び出した。そこはまさに天上のパラダイスの一角であった。すべての樹木が消え、360度開けた視界の先に低い笹と草原に包まれた緑の尾根が無限に広がっている。太陽の光が燦々と降り注ぐ頂には無数のアキアカネが群れ、足下はニッコウキスゲの群生で黄色く染まっている。しばし、ザックをおろすのも忘れ立ちつくす。
 
 うっすらと霞んだ視界の先に、国境稜線が緩やかにうねりながら続いている。左にひときわ高く、大きく盛り上がるのが七ッ小屋山である。山と云うより大きな丘である。右に続く稜線はいくつもの緩やかな丘を連ねながらうねり、蓬峠から武能岳へと盛り上がっていく。七ッ小屋山の背後にうっすらと霞むは朝日岳、笠ヶ岳、白毛門と連なる山並みである。武能岳の背後には頂を雲に隠しながら茂倉岳が霞み、さらにその背後に控える主峰・谷川岳はその姿を見ることはできない。目をさらに右に振れば、万太郎山の三角形が微かに霞んでいる。
 
 ゆったりとうねる国境稜線とは対照的に、谷一つ隔てた目の前には七ッ小屋山から派生する尾根の先に大源太山がそのピラミラルな姿を黒々と晒している。山頂付近は垂直の壁となり、これからの登頂の困難さが忍ばれる。山頂の草原に腰を下ろし、朝食のサンドウィッチを頬張りながら心ゆくまで山々を眺め続ける。やがて途中で抜いたおばちゃんパーティもやってきて同じく感嘆の声を上げる。
 
 30分近くもの長居の後、ようやく腰を上げる。これから七ッ小屋山まではお花畑の中の高原散歩である。国境稜線に向かって草原の尾根を進む。尾根上の細い切り開きの両側は見事なまでのニッコウキスゲの群生である。その中にオオバギボウシの白い花が混じる。小さなピークをいくつか越えながら緩やかに高度を上げていく。まさにパラダイスのような尾根道である。
 
 30分ほどの高原散歩の後、国境稜線に達した。再び草原に座り込み、穏やかな自然の中に身を任す。周囲の草原は今まで以上に各種の高山植物が咲き誇っている。蓬峠方面から同年輩の単独行者がやってきて隣に座り込む。「いゃぁ、すばらしいですねぇ」。「どちらまで」。「土樽から蓬峠に登ってきたんですが、あんまりのすばらしいので稜線をのんびりここまで歩いてきました。さて、これからどこへ行きましょうか。座り込んでしばらく考えますよ」。「それじゃ、お先に」。 国境稜線を七ッ小屋山に向かう。今までと同様、低い笹と草原の続く緩やかな尾根道である。花の種類はいっそう増える。紫のウツボグサ、黄色いジシバリの仲間、葉のトゲが鋭いオニアザミ、可憐なピンクのハクサンフウロも群生している。「すみません。この花はなんという花ですか」。すれ違った女性が穂状の薄ビンクの花を指差す。「さぁ、私もわからないので写真を撮って帰ってから調べるつもりなんですが」。(帰ってから調べると、「イブキトラノオ」らしい)。いくつかの高みを越え次第に高度を上げる。緩やかではあるが行く手の七ッ小屋山は意外に高く立ちはだかっている。ぽつりぽつりとパーティにすれ違うがそれにしても人影が薄い。
 
 実は1991年のG・W、朝日岳から蓬峠に向け、豊富な残雪に覆われたこの稜線を一人辿ったことがある。それから実に10年、緑に覆われた同じ尾根をまた一人辿っている。小さな湿原が現れ、木道が敷かれている。ガスが湧き出し視界を隠し始める。
 
 ひと登りすると、今日の最高地点である七ッ小屋山山頂に達した。10年ぶりの頂である。山頂には2組・4人の中年の男女が缶ビールを飲みながらのんびりと休んでいた。この山頂も大展望が得られるはずなのだが、湧き上がるガスが視界を閉ざす。小休止の後、いよいよ大源太山に向け出発する。国境稜線をほんの2〜3分下ると、立派な道標がある大源太山分岐に達した。いよいよ大源太山への道である。期待と不安を抱き、道標の示す切り開きに踏み込む。登山道は思いのほか確りしている。真っ白なハクサンシャクナゲが見事な花をつけている。痩せ尾根を進むと、すぐに急な下りとなる。正面に目指す大源太山が鋭角三角形の尖峰となって姿を現す。惚れ惚れする姿だが、山頂直下の絶壁はいったいどうやって登るんだ。
 
 急な下りがなおも続く。下る度に正面の大源太山は鋭さと高度を増す。ナイフリッジとなった最低鞍部に下りついた。見上げれば急峻な岩尾根が山頂直下の壁へと突き上げている。カメラとストックをザックにしまい、覚悟を決めて岩場の急登に挑む。ここからは手足4本総動員しての登りである。ホールドを一つ一つ確認しながら慎重に体を引き上げる。ついに、岩壁の基部に達した。下から見上げた通り、垂直に近い岩壁が行く手を阻む。壁は二段にわかれているようである。まずは第一の壁に挑む。一本の鎖が垂れ下がってはいるが、明確なルートはなく、各々のルートファインディングで突破せざるを得ない。しばしルートを読み、右端の岩壁に取りつく。もはや躊躇は許されない。両サイドも切れ落ちており、足を滑らせたら数百メートル下まで一気に墜落するのは自明である。何とか無事に突破した。しかし、第二の壁がすぐ上に控えている。岩棚に立ち止まり一息つく。

 切れ落ちた絶壁を見下ろすと、最低鞍部に単独行者の姿があり、壁の途中に張り付いた私を見上げている。見守っていてくれる人がいるとなると何となく安心感が湧く。二つ目の壁に挑む。ここも鎖が取り付けられているが余り役立ちそうもない。取りついてみると一段目よりずっと容易である。登りきるとそこはすでに山頂の一角であった。ついに壁を突破し、大源太山の頂に達したのである。それにしても怖かった。
 
 狭い山頂は十数人の登山者で溢れていた。皆、大源太山登山道からの往復のようである。私も一角に陣取り昼食の握り飯をほお張る。もう下るだけ、急ぐことはない。しかもまだお昼前である。360度の大展望が開けているのだが、高まった夏の日に視界は霞み、周囲の山々がぼんやりと浮かんでいる。それでも辿ってきた岩尾根の突き上げる先に、七ッ小屋山の大きな山体がどっしりとそびえ立っている。山頂はすさまじい数のアキアカネが飛び交っている。頭といわず肩といわず、食べている握り飯にまで羽を休める。このトンボは夏の間は高山で過ごし、秋とともに里に降りてくる。
  
 下山にかかる。急峻な尾根の下りだが一般登山道であり心配はいらない。ロープの張り巡らされた岩尾根をどんどん下る。まだ登ってくるパーティもいる。下るに従い、左手に見える七ッ小屋山がその姿を変える。岩尾根はやがて樹林の尾根と変わるが、その急峻な傾斜は一向に衰えない。至る所ザイルが張られっぱなしである。蝉がしきりに鳴いている。ついに滑ってすってんころりん、脛をしたたか打つ。山頂から1時間15分、休むことなく下り続けると、ついにムラキ沢出会いに降り立った。沢水にのどを潤し、小休止する。
  
 この地点で北沢を渡るのだが、橋はない。徒渉地点を選び、飛び石伝いに対岸に渡ると、大きなシマヘビが慌てて逃げ出した。沢沿いの道を足早に15分も進むと、今朝別れた「謙信ゆかり道」分岐に達たた。もう駐車場までは数分の距離である。

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