八高山から大日山へ(2)

薮尾根に迷い、スズタケの密叢を抜け

1998年3月1日


大日山金剛院の山門
 
八垂ノ滝(745〜805)→茶畑(835〜840)→明ヶ島林道(905〜910)→明ヶ島峠(925〜930)→693m峰(950)→東海道自然歩道(1055〜1100)→尾根取付点(1120〜1125)→大日山(1155〜1210)→金剛院(1240〜1245)→平松峠(1305〜1310)→一徳寺(1335)→塩本集落(1405)→八垂ノ滝(1430)

 
 大井川中流域両岸の山々は修験道の色彩が濃い。大井川右岸分水稜線上の山・大日山もその一つである。真言密教の古刹・大日山金剛院がその北東の肩に伽藍を並べている。山号は金剛院の本尊・大日如来に由来するが、この金剛院の拠る標高881メートルの山も大日山と呼ばれている。しかし、この山は登山とは無縁の存在である。大日山のピークは金剛院から1キロほど南西に位置している。一般的に、「大日山に登る」とは金剛院に参拝することであり、881メートル峰に登ることを意味しない。大日山は「静岡の百山」に選ばれているが、著者も金剛院に達することで当然のごとく大日山に登ったものとし、乱暴にも「大日山は金剛院の南西部にある山頂だが、登頂する人は全くない」と片づけている。この「登るものの全くない」大日山に登ってやろうではないか。案内も記録もないので登頂ルートは不明だが、金剛院から30〜40分も樹林の中を這いずり回れば山頂に達するだろう。

 どうせ大日山に登るならこの山域の主峰である八高山から分水稜を北へ縦走して大日山まで行ってみようと考えた。本年1月、計画を実行したが、スズタケの密叢に阻まれ、ルートを発見できず途中で断念した。藪山の天才を認じる私にとっては屈辱である。是が非でも復讐戦を行なわなければならない。今回の縦走計画での第一の問題はアプローチと下山の足の確保である。公共交通機関を利用した場合、縦走スタート地点の明ヶ島林道の稜線乗っ越し地点(明ヶ島峠と命名することにした)まで大井川鉄道家山駅から約10キロ強の林道歩き、縦走終点の平松峠からも県道を家山駅まで10キロ歩かなければならない。これでは足がもたない。地図を眺めると、明ヶ島峠北の703メートル標高点峰から家山川の八垂ノ滝に向かって張り出している大きな尾根がある。八垂ノ滝まで車で行き、この尾根を登って明ヶ島峠まで行けば、帰路は平松峠から県道藤枝天竜線を下って車に戻れる。

 6時40分、車で出発する。約1時間で目指す八垂ノ滝に着く。南沢川が家山川に合流する地点である。ここで東海自然歩道が県道から分かれて南沢川沿いに市井平集落経由で金剛院に通じている。この歩道を辿れば容易なのだが、今日は南沢川右岸の尾根を登るつもりである。二万五千図にはこの地点から尾根に登り上げる破線が記されているが、破線に相当する踏み跡はなかった。尾根への取付点を探し15分ほどうろうろする。尾根は南沢川沿いの東海自然歩道に絶壁となって落ち込んでいる。覚悟を決めて、尾根の最末端に取り付く。半絶壁状の斜面を灌木を頼りに強引によじ登る。少々危険な登りである。登り上げた尾根は杉檜の樹林の中で下藪はあるが歩くのにはそれほど困難ではない。辿るにしたがい踏み跡らしき気配も現われる。約30分尾根を上り詰めると茶畑が現われた。第一関門突破である。この尾根の上部は平坦で広々としており、地図にも茶畑が記されている。ここから先は農道がある。

 茶畑に沿って地道の農道を進む。空は雲に覆われているが、天気予報は午後から晴れである。いったん樹林の中に入り再び茶畑に出る。南沢川を挟んだ向かい側の尾根の上部には市井集落が見える。農作業の準備をしている人が突然現われた私にびっくりしている。「いったいどこからきたんだい」。「どこまでいくんだい」。緩やかな農道を辿ると何と雨が降ってきた。天気の回復が遅れているようである。出発してからちょうど1時間で明ヶ島林道に達した。1ヶ月前下った道である。勝手知った林道を15分も進むと目指す明ヶ島峠に達した。いよいよ縦走開始である。

 明確な踏み跡を辿って、痩せ尾根のピークを越えて伐採基地のある鞍部に下る。今日は作業をしていない。明確な踏み跡はここまで、微かな気配を追って次のピークに向かう。このピークで前回行き詰まった。地図上の693メートル峰と認識したが自信はない。あるいは一つ手前か、後ろのピークかも知れない。改めて注意深く周囲の地形を観察し、地図と照合するがよくわからない。さすがの二万五千図もこの細かな地形を表現し切れていない。中央突破も左から巻くルートも前回失敗している。右から巻く以外にルートはないはずである。打ち枝と下藪で歩きにくい樹林の中を右から巻き気味に進むと、何と、あっさりとルートに乗った。なんで前回このルートが発見できなかったのだ。鞍部に下ると再び微かな踏み跡が現われた。改めて地形を観察するが、やはりこのピークを特定できない。

 次のピークに登り上げる。辺りはアセビを中心とした灌木帯となる。左に折れて最高地点に達する。ここはまさにアセビのジャングルである。全く展望も得られず、現在位置も特定できないが、山頂から右に折れて下る微かな踏み跡を追う。アセビの密林の中の急な下りである。しばらく下るが、どうもおかしい。ルート上にこんな下りはないはずである。コンパスで確認するとやはり方向がおかしい。戻って、山頂部を右に進んでみると微かな踏み跡も現われ、樹林の中の下りとなった。コンパスで確認してみるとルートに乗ってるようである。下藪のきつい樹林の中の急斜面を鞍部に下る。踏み跡はあるような、ないような感じである。次のピークはスズタケの密叢地帯であった。背を没する笹をかきわけながら尾根筋を追って左に折れ気味に進むと、私の第六感が警告を発した。コンパスで方向を確認するとやはりおかしい。ここに至ってようやくわかった。先のアセビのピークが地図上の693メートル峰、前回行き詰まったピークはその一つ手前の約690メートル峰、そう考えれば、辿ってきたルートのつじつまがあう。ようやく謎が解けた。これで現在位置も明確に確認でき、もう迷うこともない。

 痩せた鞍部に下ると下藪も消え、確りした踏み跡が現われた。踏み跡は次のピークを右から巻きに掛かる。この踏み跡はルートではない。下藪の激しいすごい急斜面を立ち木を頼りに強引に登る。左にカーブ気味に尾根筋を追い、微かに現われた踏み跡を辿って鞍部に緩く下る。次のピークに達すれば東海自然歩道と出会うはずである。登りに入るとルートはすごい状態になった。踏み跡は完全に消え、スズタケと灌木のものすごい藪である。八高山から大日山に至るこの尾根は全くひどい尾根である。果たして縦走した人間がいるのかどうか。赤テープなど一つも見かけなかった。藪をかきわけかきわけピークに達するが、どこが頂ともつかぬ広々としたピークでただ一面の背を没するスズタケの密叢である。しかも、あるはずの東海自然歩道が見つからない。「ヤバイかな」と、少々不安になる。現在位置は確認できているつもりだが、もし違っていたらちょっとやそっとでは脱出できない。笹の中を泳ぐようにピークの反対側まで進むと、今朝ほど別れた東海自然歩道にであった。万歳である。これで今日の第二関門突破である。

 車も通れるほど広い地道の自然歩道を尾根の右側を巻き気味に進む。周りは名にし負う天竜美林の杉木立である。先ほどまでの藪尾根を思えば天国である。所々に「熊出没注意」の真新しい標示がある。次の問題は大日山へどこから取り付くかである。

計画としては、辿っている東海自然歩道が尾根筋を離れて金剛院に向かう地点でそのまま尾根を進むルートである。このルートが取れない場合は、大日山から金剛院付近に延びる尾根に金剛院付近から取り付くことを考えている。目標の地点に達した。自然歩道は尾根を右に巻きながら金剛院に向かい、尾根を左から巻く細い林道が分岐している。尾根への取り付き点を探す。林道を10メートルほど進んだところで、崖を強引に這い上る。尾根上には微かに踏み跡らしき気配もあり、なんとか歩けそうである。

 急な尾根を辿る。下藪と倒木がうるさい。いつもの通り左足首が痛み出す。踏み跡らしき気配は切れ切れであるが、尾根筋ははっきりしている。15分も登ると、大日山から金剛院付近に張り出している尾根に達した。何と、この尾根上に確りした踏み跡がある。やれやれである。これで第三関門突破。無事に大日山に登頂できそうである。辺りは欝蒼とした杉木立となる。 樹齢100年はあるかと思える大木も混じる。広々とした尾根を緩やかに辿る。杉木立が終わり、新しい植林帯に入ると少々藪がうるさくなる。しかし、踏み跡は明確である。熊のものと思える糞を見つける。「熊出没注意」の標示が頭に浮かぶ。こんなところでばったり出会ったら大変である。小峰を越えると尾根が痩せる。次の小峰に達すると山の神の小さな祠があった。前方に大日山の平坦な頂が見える。尾根が広がり、再び欝蒼とした杉木立の中に入った。どこでも歩けるが、続いてきた踏み跡も消える。この広々とした杉林の中、ルートをよく記憶しておかないと帰路迷いそうである。注意深く進む。どこが山頂かわからない広々とした台地に出る。山頂である。ついに「登る人は全くない」大日山に登った。

 山頂には1973年銘の山頂標示がぽつんと立ち木に掛けられていた。25年も前の標示がただ一つとはいかにも大日山らしい。山頂部は北側が杉林、、南側が落葉樹の森となっていて明るい。座り込んで握り飯を頬張る。この山頂は年にいったい何人を迎えるのであろう。まさか25年間、誰も登ってないことはなかろうが。思いを断ち切り下山に移る。迷いやすい山頂部を慎重に下る。山の神の祠に立ち寄り今日の無事を感謝する。この明確な踏み跡を辿れば金剛院に行けるだろうと見当をつける。登ってきた尾根との合流点を過ぎ、さらに下ると踏み跡は尾根筋を離れてジグザグを切りながら右に下る。そのまま辿ると東海自然歩道に降り立った。この地点には道標も赤テープもなく、知っているもの以外絶対に登り口はわからないだろう。歩道を200メートルも辿ると金剛院に達した。本堂も宿坊も静まり返って人の気配もない。この寺は養老2年、行基により開山されたと伝えられている。

 車道となった参道を平松峠に向かう。今は東海自然歩道となっているこの尾根道は昔の秋葉街道でもある。金剛院から春埜山大光寺を経て秋葉山に通じている。約20分で県道藤枝天竜線が乗っ越す平松峠に達した。後は、ひたすらこの県道を歩くだけである。痛む足を引き摺りながら懸命に歩く。山上集落の市尾を過ぎ、家山川に下りつき、平坦となった川沿いの車道を歩く。14時30分、平松峠から6.5キロ歩いて愛車の待つ八垂ノ滝に帰り着いた。よくぞあの藪尾根を計画通り縦走したものである。

   
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