大雪山系 赤岳 (敗退)

 季節外れの吹雪のためにーーー

2009年9月11日

              
 
銀泉台←→奥ノ平←→第三雪渓←→第四雪渓下部

 
 今年もHさんから「大雪山に紅葉を見に行かないか」とお誘いが来た。「喜んでーーー」と返事をしておいたが、この1年、山にはとんと御無沙汰しており、いささか体力に自信がない。トレーニングとばかりにジョギングしてみたら、たちまち膝を痛める始末である。「まぁ、なるようになるさ」と開き直って、Hさん、Tさん、Gさんとともに飛行機で旭川に向った。

 今日は標高2,078.5メートルの赤岳に登る予定である。前日夜に聞いた天気予報は「明日は絶好の行楽日和でしょう」であったが、朝3時過ぎに起きると雨がざぁざぁ降っている。それでも4時に旭川を車で出発、一路登山口となる銀泉台を目指す。走るに従い、夜がしらじらと明けてくる。雨は小降りとなったものの相変わらず降り続いている。約2時間強走って、銀泉台へ通じる林道入り口まで来ると、「今日から銀泉台への車の入山は規制。運行するシャトルバスで行くべし」との通達があり、大雪湖畔の駐車場に導かれた。

 7時のバスで銀泉台に向う。バスは地道の林道を車体をがたつかせながら登って行く。登り着いた銀泉台には多くの車が駐車していた。昨日入山したのだろう。ここはもう、標高1,500メートルの高地である。管理小屋で身支度をするうちに雨が再び強まってきた。小屋の人は「上は昨日も雪だった。今日も大分降っているだろう」と言っている。雨具を付けて、8時前に出発、悪天に気が重い。しかし、この悪天にもかかわらず、山頂を目指す登山者の数は意外に多い。晴天の予報に誘いだされたのだろうか。

 雨に打たれながら黙々と登る。登山道はしっかりしているが、雲が低く立ちこめ、展望はまったく得られない。何の楽しみもない歩みである。1時間も登ると、薄く積もった雪が現れだした。昨日降ったという雪だろう。更に登ると雨が雪に変わり、周りは雪景色となってきた。風も次第に強まる。この分では稜線はかなりの荒天だろう。気分はいよいよ重くなる。その時、道端の叢から1匹のエゾシマリスが現れた。一瞬のことではあるが、そのかわいらしい姿に心が和んだ。

 ひとしきり急登を経ると緩やかな台地に登り上げた。「第二花園」との標示がある。この辺りが森林限界で、視界が大きく開けた。と同時に、今まで穏やかであった風が雪混じりの烈風となって吹きつける。行く手上空を見上げると、稜線は雲の中だが、そこへ続く斜面は真っ白に新雪で染まっている。その情景を見て、眠っていた野生本能が歓喜の雄叫びをあげるが、冷静な理性が「これはえらいことだ」と顔をしかめる。

 「奥ノ平」と呼ばれる大岩のごろごろした平坦地を進む。辺りは新雪で既に真っ白である。吹きつける寒風はますます強まる。雪山は想定していなかったので、足回りは軽登山靴である。雪に潜る靴に水が滲み込み、既に靴下はびしょびしょである。手袋も濡れ、指先が冷たい。「これは少々ヤバイか」。不安が徐々に芽生えてくる。ただし、先頭に立つHさんは、何事もないかのごとく、グイグイと登って行く。

 やがて「第三雪渓」の急登に掛かった。大きな雪渓の脇を登る急峻な岩道である。岩に付着した新雪は足を滑らせ、吹き寄せる烈風はバランスさえも崩す。前後する何組かのパーティも前進を諦め、撤退の構えを見せている。ただし、我がパーティーのリーダー・Hさんの脳裏には「撤退」などという文字はまったく存在しない気配である。

 岩道の急登が一段落した。私は先頭を切るHさんに「撤退しよう」と提案した。しかし、Hさんは「山頂まではもう少し。頑張ろう」という。確かに、この上の「第四雪渓」を登りきれば山頂である。もう30分程の距離であろう。Hさんは何度も登頂しており、この荒天の中でも自信がある様子である。TさんとGさんは雪山は初めてとのことで、命運をHさんに託している。

 私は1人パーティーから離脱することを決意した。おそらく、稜線は風速20メートルを越える猛烈な風雪だろう。山頂まで行ったところで、展望はおろか休むこともままならないはずである。その上、いったんルートを失ったらそれこそ、取り返しのつかないことになる。持参の装備も雪山には適応していない。無理することはなさそうである。ふと眼を横に向けると、雪の斜面に1匹の北ギツネが現れ、吹雪の中を去っていった。

 山頂を目指す3人と別れ、1人下山を開始する。次々と登ってくるパーティーとすれ違う。いずれも「上はどうですか」と心配げに聞いてくる。樹林地帯に下ると、風雪も嘘のように止み、上方の天気との落差に驚く。途中、握り飯など頬張りのんびりと下る。銀泉台が近づくと、大きなカメラを抱えた多くの行楽客に出会う。色づきだした紅葉を観賞にやって来た人々である。12時のシャトルバスで駐車場に戻る。

 1時間ほど待つと、3人が無事に戻ってきた。何と、山頂まで行って来たとのことである。ただし、稜線は顔も上げられないほどの猛吹雪でルートも定かでなかった由。TさんとGさんは「Hさんのリードで何とか帰り着けた」と少々青ざめていた。山頂を目指した多くのパーティのうち山頂まで行ったのはほんの1割程度であった様子である。
 
 

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