達磨山と金冠山すばらしき伊豆の山は観光道路でずたずた |
1998年5月23日 |
達磨山
大曲茶屋(917)→船原峠(955〜1000)→展望台駐車場(1100〜1105)→伽藍山→達磨山(1205〜1215)→戸田峠(1305〜1315)→金冠山(1320〜1325)→奥山(1355〜1400)→真城峠(1440〜1445)→東古宇(1600〜1609) |
怒りと悲しみに満ちた山旅であった。低い笹原と潅木の森が交互に現れる緩くうねった稜線。笹原にでれば無限の展望が開け、潅木の森の中はウツギとツツジの花が充ちていた。春特有の霞は非常に濃かったが、明るすぎるほどの晩春の光が稜線に溢れ、伊豆の自然は期待した通りの女性的な優雅さをもって私を迎えてくれた。しかし、人気のない稜線を一人辿りながら、私の心は暗かった。登り上げた船原峠は大型重機が何機もうなりを上げ、南に続く緑濃い稜線を無残にも深く削り取っていた。また、辿り始めた達磨山に向う稜線も、覚悟していたこととはいえ、稜線観光道路によって深く傷つけられていた。伊豆のすばらしい自然は、今もなお深く傷つけられ続けている。
一昨年の6月、私は一人伊豆山稜線歩道と名付けられた天城峠から猫越岳を越えて船原峠に続く稜線を長駆縦走した。仁科峠まではウツギとツツジの落下を踏んでの道。船原峠までは明るい笹原の道。何ともすばらしい縦走路であった。伊豆山稜線歩道は船原峠からなお南に向かい、達磨山を越えて戸田峠まで続いている。達磨山は展望絶佳と言われ、その山頂から仰ぐ富士の展望は日本一とも言われている伊豆屈指の名山である。普通なら、間髪を置かず、この船原峠から戸田峠までの縦走を実施したであろう。しかし、私の足はなかなかこの稜線に向わなかった。西伊豆スカイラインと呼ばれる観光道路が、この稜線にそって開削されていて、縦走路の少なからぬ部分がこの自動車道路と重なってしまっているからである。達磨山など、この道路からわずか15分で山頂に達せられるようになったため、すでに登山ハイキングの領域外の山となってしまった。 今年は冬から気温が高く、季節の移ろいが例年より2〜3週間早い。今月の16日に愛鷹連峰の大岳に登ったが、例年5月の20日過ぎに満開となるアシタカツツジもすでに散り始めていた。この分だと、例年6月に入ってから咲き誇るウツギの花もすでに咲き始めているだろう。ウツギとなると何と言っても伊豆の山である。ニシキウツギ、ヤブウツギ、ガクウツギ、、コゴメウツギ。思い切って踏ん切りのつかなかった船原峠から戸田峠までの縦走をやってみよう。車道歩きはいやだが、花の美しさは変わらないだろうし、達磨山は「静岡の百山」にも選ばれており一度は登っておかなければならない。ただし、船原峠から戸田峠まででは物足りない。さらに稜線を辿り、金冠山から真城峠まで縦走してみよう。金冠山は達磨山に負けない大展望の山と聞く。 修善寺発8時45分の船原峠経由松崎行きの2番バスに乗る。大曲茶屋着9時17分。いささか遅い出発である。バス道路をしばらく歩いた後、トンネルを抜ける新道と別れて船原峠に登り上げる旧道に入る。2年前に下った勝手知った道である。天気予報は今日一日降水確率ゼロの晴天。見上げる空は予報通り晴れてはいるが、もやが非常に濃く、楽しみの展望は絶望的である。しかも気温は相当高くなりそうである。道端には早速ニシキウツギ、コゴメウツギ、ガクウツギなどが現れる。しかし、すでに盛りを過ぎて散りだしている。稜線にでればちょうど盛りかも知れない。通る車も少ない旧道を急ぐ。鴬が盛んに鳴いている。そろそろ峠は近そうである。緩やかにカーブを曲がると、突然異様な光景が目の前に現れた。大規模に削り取られた茶色の山肌。その前でうなりを上げる大型重機の群れ、いくつかのプレハブ建物と動き回るヘルメットの人々。一瞬事態が呑み込めなかった。よく見ればここは紛れもなく見覚えのある船原峠。 何と! 何と! 船原峠が破壊されているのだ。どうやら戸田峠からこの船原峠まで続いてきた西伊豆スカイラインをさらに南に延長するための工事を行っているらしい。すでに峠から南、仁科峠に向う稜線は長々と削り取られている。事態がわかるにつれ、やり場のない怒りが込み上げてきた。この船原峠のみならず、2年前に辿ったすばらしい稜線も破壊されつつあるのだ。何でこの時期に観光道路を造る必要があるのだ。国の財政は破綻しかかり、環境保護が叫ばれているこの時期に。 峠から登山道への取り付点も破壊されていて、しばらく西伊豆スカイラインを進んでから登山道に入るように指示されている。仕方なく標示に従う。大きくヘアピンカーブを一つ過ぎると、すぐに登山道入口となった。潅木の中の登山道はさすが伊豆山稜線歩道、よく整備されている。しかし、最近は歩く人も少ないのだろう。すでに夏薮が出かかっている。お目当てのニシキウツギ、レンゲツツジが、盛りを若干過ぎてしまっているが、至る所咲いている。ようやくほっとして一休みする。小ピークを一つ越えると、再び料金所の先でスカイラインにでた。道端にはニワゼキショウのかわいらしい花が一面に群れている。しばらく車道を歩いた後、再び登山道に入る。入り口付近は一瞬躊躇するほど夏薮に覆われていた。「マムシとスズメバチに注意」との立て札のあったことを思い出し、いやな気分になる。階段整備された短い急登を経ると、再びスカイラインの車道にでる。後はひたすら車道歩きとなった。しかし、通る車もほとんどなく、道端には野の花が溢れているのでそれほど苦痛ではない。予想通り気温はぐんぐん上がる。Tシャツ一枚で歩いているのだがそれでも暑い。船原峠から約1時間歩いて、展望台となっている駐車場に着いた。西側に展望が開け、ぼやけた視界の先に戸田から土肥にかけての海岸線が見る。 車道と別れて伽藍山への登りに入る。背丈を越える笹の切り開きの中の急登である。山頂部の一角に達すると笹は膝程度となり背後に大きく展望が開けた。眼下に駿河湾がもやっている。山から海を眺めると何故か心が踊る。小さな樹林を抜け、山頂に達したと思ったらそこは迂回してきたスカイラインであった。867.4メートル三角点も確認できず、伽藍山は登ったという意識からは遠い山であった。車道をしばらく歩いた後、再び登山道に入る。低い笹原と樹林が交互に現れる。足下を小さな釣り鐘状の落花が埋める。見上げるとピンクの筋模様の入った白い花が鈴生りに咲いている。サラサドウダンの群生である。盛りは過ぎているが、これほどの群生に出会ったのは初めてである。 小峰を越えると眼前に達磨山が現れた。山腹は全面低い笹に覆われ、ゆったりした山容のいかにも伊豆の山という感じの山だ。すでに昼近く空腹を覚えたので、笹原に腰を下ろし、達磨山を眺めながら握り飯を頬張る。時折スカイラインを走る車の音が聞こえるだけの静かな稜線である。ここまで、一人もハイカーには会っていない。鞍部でいったん車道にでた後、達磨山の登りに入る。驚いたことに、登山道は狭いながらも舗装されている。達磨山もここまで来てしまったかと悲しくなった。約10分の登りで山頂に達した。露出した大石の間に981.9メートルの一等三角点がある。低い笹に覆われ遮るもののない山頂は、文字通り360度の大展望台である。眼下に戸田湾が見え、行く手には金冠山から真城山に続く山並が霞んでいる。視界さえよければ、その背後には富士山と南アルプスのすばらしい展望が得られるはずなのだが。来し方を振り返れば、はるかかなたに天城連峰の山並みが微かに確認できる。誰もいない山頂に座り込み、想像もまじえながら天下の絶景にしたる。 突然下から人声がして、男女数人が登ってくる。手ぶらであるところを見ると、ハイカーではなく車でやってきた観光客のようだ。山頂を明け渡すことにして下山にかかる。この道も舗装されている。小達磨山との鞍部でいったん車道にでるが、すぐに登山道に入る。樹林の中の道である。所々に朱色の鮮やかなレンゲツツジが目を楽しませてくれる。小達磨山を越えると、うねうねと山腹を縫って登ってくる戸田峠越えの県道が見える。峠はもうすぐである。階段整備されたやや急な道を下る。これほど整備されたハイキングコースなのに、ハイカーの姿がないのはやはり観光道路のせいだろう。「達磨山はもはや登山ハイキングの対象外の山である」と、ある案内書には書かれていた。 13時5分、ついに戸田峠に下り立った。峠越えの県道と西伊豆スカイラインの三差路となっていて、駐車場もある。ちょうど車で来たアベックが金冠山に向って出発していった。数人の中年グループも登山準備している。この峠から金冠山までわずか10分の登りである。これではハイキングにもならないだろうに。私も休む間もなく金冠山に向う。登山ルートは一般車通行止めの舗装された車道である。山頂付近に立つ海上保安庁電波塔の補修道路なのだろう。すぐに達磨山キャンプ場への道を右に分け、車道とも別れて急な登山道となる。電波塔の脇を抜けるとそこはもう山頂であった。この山頂も達磨山に負けぬ大展望台である。西に戸田湾、北に内浦湾が見え、はるか彼方に沼津の街並みもうっすらと見える。景色に見とれていると、一人の中年ハイカーが足早に登ってきて、山頂に立ち止まることもなく通り過ぎていった。私も先はまだ長い。腰を上げて彼の後を追う。ひと下りすると気持ちのよい草原にでる。樹林の中を小ピークに登ると、そこが真城峠分岐で、ハイキングコースは沼津市民の森キャンプ場へと下っていく。先行者もそちらへ下っていった。私はここで90度左に曲がって真城峠へと向う。 草原と樹林が交互に現れる。道標の類いはないが道は確りしている。それでも夏薮は今までよりずっと濃い。草原ではマムシに気をつけ、樹林では蜘蛛の巣に気を配る。やがて辺りはアセビとツゲを主体とした伊豆特有のジャングルとなる。所々に咲くレンゲツツジが目を慰めてくれるが、薄暗い樹林の中は羽虫が飛び交い何となく陰気である。ひと登りすると、奥山と呼ばれる761.5メートル三角点峰に達した。一休み後、少し急となった道をどんどん下る。まわりは相変わらずアセビとツゲのジャングルである。14時40分、ついに縦走の終着点・真城峠に到着した。立派な車道が乗越している。目の前に聳える真城山に行きがけの駄賃で登ってやろうと思い、踏み跡を捜したが見つからなかった。冬ならいざ知らず、この時期密生したジャングルをかき分けて登るのはとても無理だ。諦めて下ることにする。 さて、車道を南に下れば約2キロで戸田峠越えのバス道路にでる。しかし戸田と修善寺を結ぶバス便は非常に少ない。北に下れば約6キロで西浦の古宇集落に下れる。こちらは沼津行きのバスが1時間に1本はある。少々遠いが古宇集落に下ることにする。舗装道路をひたすら歩く。いつもの通り左足首が痛む。やがて下界はるかに海が見えてきた。1時間5分歩いて、ついに伊豆西海岸の小さな漁村である古宇集落に下りついた。グッドタイミングで、乗客ゼロのバスがわずか5分待ちでやって来た。 |