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十勝岳温泉( 406)→三峰山分岐(休憩5分)→富良野岳山頂(805)→十勝岳温泉(1125) |
久しく山から遠ざかっている。付近に未踏の山もなくなったし、また歳のせいか、出掛けるのが少々億劫にもなっている。そんな折、Hさんから北海道の山へ行かないかとの誘いが掛かった。これ幸いと誘いに乗る。メンバーはHさん、Gさん、私の三人だと言う。いつものメンバーである。前日、札幌から車で登山拠点となる旭川に移動する。天気予報によると、明日の天気は何とかもちそうである。本州は七月に入ってからは異常な程の悪天続きであるがーーー。
相談の結果、今回登る山は十勝連峰南端の富良野岳(1911・9メートル)と決める。お花畑の美しい山である。ただし、事情があって、我々は当日、午後早々に札幌に戻らなければならない。そのため正午には下山する必要がある。案内書によると、富良野岳の山頂往復の所用タイムは登り三時間半、下り二時間二〇分、往復約六時間である。かなり忙しい登山となる。このため深夜二時起床、旭川を二時半出発との計画を立てた。早々に布団に入ったがそうそう寝られたものでもない。 計画通り 二時半に車で旭川を出発、外は漆黒の闇である。幸運なことに満月が西の空に輝き天気はよさそうである。すれ違う車とてない道を美瑛、上富良野と抜けるうちに白々と夜は明けてきた。四時前に登山口となる十勝岳温泉に到着した。温泉宿・凌雲閣とトイレの備わった大きな駐車場がある。驚いたことに、これほどの早朝にもかかわらず既に三パーティが先着しており、出発の準備をしている。 四時過ぎ、支度を整え出発する。まずはヌッカクシ川右岸に沿った林道を緩やかに登っていく。ネマガリダケの密生の中に切り開かれた確りした道である。ただし、火山より噴出された拳から頭程度の大きさの火山岩がびっしり覆っていて少々歩きにくい。行く手には噴火口跡と思える草木一本とて見られない赤茶けた急斜面が荒々しくそそり立っている。地図上の「安政火口」であろう。山頂付近の谷筋には未だ残雪が雪渓として残っている。 三〇分も歩くと、左側のネマガリダケの密生の中に幽かな踏み跡が切れ込んでいる。三段山へのルートと思えるが、入り口を「通行止め」と記された板が塞いでいる。道はいつしか林道から登山道に変わり、辿ってきた大きな沢の底に下って行く。水流のない沢を渡り、ルートは右岸から左岸に移る。ルートと離れ、沢に沿ってなおも上流に続く踏み跡は安政火口に向かうのであろう。 登山ルートは十勝岳から富良野岳へと続く主稜線の北面を西に向かって斜めに登り続ける。そして登山道の状況は一変した。道型は確りしているが、大岩がゴロゴロしており、乗り越えたり回り込んだり、けっこうややっこしい。火山特有の登山道である。赤城山の鍋割山への登山道を思い出した。ただし、急登の箇所には木材でしっかり階段整備がなされている。見上げる上空は青空なのだが、見通す稜線上部は雲が渦巻き、富良野岳も含めて山々の頂きはその中である。 上ホロカメットク山から張り出す D尾根を回り込み、三峰山から流れ落ちる顕著な沢を横切る。背後から足音がして、何と、単独行の若者が駆け足で登ってきたではないか。トレイルランナーではなく、れっきとした登山者である。少々びっくりした。おそらく十勝岳まで縦走するのであろう。続いて、二人連れ、五人連れにも抜かれた。いずれも十勝岳温泉駐車場で見かけたパーティである。我々の登頂速度が一番遅いようである。 小さな沢を幾つか横切る。雪渓となった沢もあった。登山道両側の山肌はネマガリタケとハイマツおよび背の低い潅木の薮である。ところどころ草原となった緩斜面が現れチングルマの群生が見られるようになる。ただし、次第に雲の中に入って来たようで視界はぼやけ、眼鏡が水滴で曇る。風も少々出て来たようだ。 安政火口分岐から二時間も歩き、ようやく富良野岳の東の肩にあたる稜線に飛び出した。ここで朝食にしようと話していた場所である。瞬間、物凄い烈風が吹き付けてきた。まともに立っていられない程の強さである。慌てて、バックして登って来た北面の登山道に逃げ込む。どうやら稜線の北面を登ってきたので気がつかなかったが、稜線付近は南から烈風が吹き荒れていたようである。ひとまず握り飯を頬張る。今朝から何も食べずにここまで登ってきてた。途中で抜かれた五人パーティが下って来た。山頂はガスの中で何も見えず、おまけに強風が吹き荒れてとても長くは留まっていられないとの話であった。 覚悟を決め、改めて防風対策のヤッケを纏い、烈風吹きづさむ稜線に飛び出す。こんなこともあろうかと、かさ張るのを覚悟でダブルヤッケを持参して来た。ここから山頂までは稜線を辿ること約三〇分の行程である。身をかがめるようにして一歩一歩進む。時には風に押されて足下がよろめく。一瞬、「これ以上進むのは危険ではないか。撤退すべきではないか」とさえ思った。左右の斜面は薮も消えお花畑が広がっているのだが、もはや立ち止まって花を愛でる余裕もない。 八時過ぎ、ついに富良野岳山頂に到着した。もちろん無人である。山頂は小さな石積みの高まりとなっていて、「富良野岳 標高一九一二米」と刻まれた木柱が立てられている。そしてその側に三角点名「神女徳岳(かむいめとくだけ)」の一等三角点が確認で切る。神女徳岳とは富良野岳の旧名である。はたして、どちらの名がこの山に相応しいだろう。山頂はガスの中、展望もなくただただ冷たい烈風が吹き荒れている。記念写真だけ撮って早々に下山に移る。 強風吹き荒れる稜線をようやく逃れ、北面の登山道に逃げ込む。下るに従い、登ってくるパーティと点々とすれ違う。「ずいぶん早い下りですねぇ、五時台に出発ですか」「いえ四時台です」「えぇぇーー」と言うような会話が何回か続く。ぽつぽつと小雨が降ってきたが、幸運なことにすぐに止んだ。安政火口分岐が近付くと、高校生の大集団が登って来た。数百人の集団である。すれ違うのが大変である。富良野緑峰高校二、三年生による定例の登山らしい。駐車場に大形バス七台が停まっていたから三百五十名はいたのだろう。ただし、いずれも軽装であり、あの稜線の烈風に耐えられるか心配である。
登りついた頂き
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