北秩父 吹通山山稜縦走 

登山道はおろか踏跡も定かでない山稜に挑む

2017年4月20日


 
石神神社
 南方より吹通山を望む
                            
八高線児玉駅(729)→飯玉神社(753〜756)→百体観音入り口(822)→普明寺(826)→石神神社(832)→北からの尾根と合流(914)→344.1メートル三角点峰(927〜935)→吹通山(1009〜1021)→360.2メートル三角点峰(1039)→鉄塔ピーク(1050〜1055)→陣見山林道(1106〜1110)→荒川左岸稜縦走路(1121〜1126)→榎峠(1138〜1143)→秩父鉄道樋口駅(1235)

 
 荒川左岸に沿って、大槻峠、陣見山、榎峠、雨乞山、間瀬峠、不動山、出牛峠と続く一筋の山並がある。秩父地方と児玉地方を分かつ群界尾根でもある。ひとまず「荒川左岸稜」と呼ぶことにしよう。標高400〜500メートルの穏やかな山並である。そのためだろうか、今では縦横に林道が開鑿されてしまい、ハイキングの山としての価値は著しく損なわれてしまった。それでも幾つかのハイキングコースが健在である。
 
 この荒川左岸稜の主稜線に向って、北側、即ち児玉地方より何本かの顕著な薮尾根が突き上げている。これらの薮尾根上には、まともな登山道などないローカルな薮山が幾つか盛り上がっている。先月、これらの薮尾根の一つ、間瀬山や児玉男体山を盛り上げながら不動山に突き上げる薮尾根を辿った。登山道はないものの尾根上には明確な踏跡があり、迷うことはなかった。

 今日はその尾根の1本東側、途中吹通山(ふっとうしやま)と呼ばれる406メートル峰を盛り上げながら雨乞山の東で主稜線に突き上げている尾根を辿ってみる計画である。この尾根にはもちろん登山道はない。それ所か、はっきりした踏跡さえもないとのことである。地図読みと山勘が頼りの山歩きとなる。少々の冒険である。

 今年の春は天候がおかしい。最高気温が10度に届かない真冬のような日があったかと思うと、一昨日は真夏並みの30度越えである。昨日は晴天なれど強風が吹き荒れた。「今日は穏やかな晴天」との天気予報を信じ、北鴻巣発6時5分の下り一番列車に乗る。予報通り空は真青に晴れ渡っているが、昨日の名残か、風が少々強い。熊谷、寄居で乗り換え、八高線の児玉駅着7時29分。小学生の集団登校の列が続く街中の道を足早に進む。

 飯玉神社を過ぎ、小山川を渡ると、家並みは疎となる。県道287号線と分かれ、児玉町小平地区へ向う道に入ると、畑の向こうに、これから向う山々の連なりが姿を現す。薄緑色の新緑を纏った山腹が朝日に輝いている。児玉駅から畑中の道を歩き続けること約一時間、ようやく山裾に開けた小平地区に到着した。ここからいよいよ登山開始である。

 今日最初の試練は、辿るべき尾根にどうやって取り付くかである。先ずは山裾に立つ普明寺の裏手に取り付き点を探ってみたが、絶壁に近い急斜面となっていて取り付きようがない。諦めて、その少し奧に鎮座する石神神社に行ってみる。神楽殿まで備えた山里の神社とは思えぬほど立派な社であった。先ずは神前に今日の無事を祈る。その神社の少し手前に、道路に沿うている小流に橋が掛けられ、向こう側の山裾に建つ民家へルートが開けている。行ってみると、民家から更に奧へ、小さな谷筋に添って微かな踏跡の痕跡が山中に続いている。しばし、谷筋を奥へ進んでみたが、尾根筋に這い上がる気配がないので、諦めて民家まで戻る。

 改めて民家の付近を観察する。民家の裏手の崖に近い急斜面を登る微かな痕跡をみつけた。しめたとばかり、この痕跡に取り付く。何とか崖を登りきり上部の隈笹の密生した緩斜面に達した。普明寺の裏手の崖の上部である。
 隈笹を踏みしめながら上部に向う。人の歩いた痕跡があるようなないようなーーー。すぐに隈笹の原は終わり、雑木林の緩やかな尾根となった。地図を改めて眺め、予定通りの尾根筋に乗ったことを確認する。やれやれ、第一関門突破である。あとは忠実に尾根を辿ればよい。西に続く尾根を進む。踏跡もないにひとしいが、下草もなく歩くのに支障はない。

 しばらく進むと、ルートの状況が一変した。尾根が狭まり、大急斜面が行く手を阻んだ。「ううん」と斜面を睨んでみたものの、登る以外にない。立ち木にしがみつきながら、一歩一歩身体を引き上げる。傾斜がきつく、足の置き場が確保できない。足を滑らせたらもんどり打って下まで転げ落ちる。もちろん、踏跡の痕跡もない。必死にもがいて、何とかこの急斜面を登りきる。

 小峰に達すると北方からの顕著な尾根が合流した。向きを西から南にと変え、尾根にそって進むと、尾根筋は消え、大きく開けた地形となった。ただ一面雑木林の中、どこでも歩けるが、尾根筋はどっちに向っているのか、判断が難しい。迷いやすいところだ。石神神社裏からの尾根が合流し、尾根筋は南から南西へと向きを変える。

 再び尾根筋がはっきりしてきた。少しの急登を経ると、三角点の設置されたピークに達した。地図上の344.1メートル三角点峰である。三等三角点「小平」が確認できる。ここまでルートに間違いがないことが確認できた。ひと安心である。座り込んで握り飯を頬張る。ここまで朝から何も食べずに登ってきた。

 数分の休憩の後、腰を上げる。地図を読むかぎり、この地点から吹通山までの尾根は向きを南、東にと何度も変えながら続くが、上下の変動は少なく、ゆったりした尾根筋と思われる。所が、次の350メートルの小ピークを越えると驚いた。意外にも尾根は急斜面となって大きく下っている。「地図と違うではないか」とブツブツ言いながら、立ち木を頼りに慎重に下る。

 向きを西から東に変え、幾つかの小ピークを越えながら進む。尾根筋ははっきりしており、ルートに不安はない。ただし、ここまで道標はおろか赤布一つ目にしていない。ルートの選択は全て自力である。三角点ピークから約30分、「そろそろ吹通山に着くころだ」と思う頃、ゆったりした頂きのピークに登り上げた。吹通山だろうか。立ち木の茂る山頂を見渡すが、山頂標示はおろか、赤布一枚ない。ようするに人の立ち入った痕跡はまったくないのである。いくら何でも山名を持つ山である。ここが山頂であるなら、立ち木に赤テープ一巻き、地べたに空き缶一つぐらい転がっていてもおかしくないのだがーーー。

 山頂なのか否か、改めて地図を睨んで確認作業をする。数十メートル先の中腹に送電線鉄塔の建つこと等、周りの地形から判断してここが吹通山山頂であることは間違いなさそうである。それにしても、人の痕跡がない。ひょっとしたら、否、恐らく、この山頂を訪れたのは私が今年最初なのかも知れない。座り込んで握り飯を頬張る。春の陽が燦々と射して暖かい。

 10分ほどの休憩で腰を上げる。いよいよ縦走後半である。進もうとして一瞬立ち尽くす。進むべき方向がわからないのである。山頂から先に続く尾根筋が消えている。改めて地図を確認し、送電線の方向とも睨みあわせ、下るべき方向を定める。薮っぽい急斜面を下るとすぐに尾根筋が現れ、判断が正しかったことが確認できた。やれやれと思うまもなく、今度は急な下り斜面が現れた。「地図にはこんな地形はないぞ」とブツブツ言いながら慎重に下る。いつの間にか、辿っている尾根上にはっきりした踏跡が現れている。はてと訝っていると送電線巡視路を示す黄色い杭が現れた。そういうことか、納得である。どうやら人の気配の濃い地域に到達したようである。

 尾根道を更に進むと、四等三角点「間瀬」の設置された360.2メートル三角点峰に登り上げた。ここの三角点は通常の標石ではなく、埋められたコンクリートの箱であった。この山頂には高々とした送電線鉄塔が立っている。一休みしたかったのだが、スズメバチと思える大きな蜂が数匹まとわりつき警告を発している。このような場合、抵抗したり無視したりすると襲われること必至である。早々に立ち退くことがベストである。

 確りした登山道となった尾根道を更に進むと送電線鉄塔の立つ大きく開けたピークに達した。今日はじめての道標があり、「北武蔵ハイキングコース」と標示されている。どうやら間瀬湖畔からこの地点を通過して、荒川左岸稜主稜線に登り上げるコースらしい。と言うことは、ここから先、私はハイキングコースを歩くことになる。開けたピークであるため、今日はじめて大きく展望が開けた。来し方を振り返ると、越えてきた吹通山が全貌を現している。こうして眺めると、なかなかの山容の山である。頂にたたずんだときの感触とは大違いである。西方を眺めると主稜線の主峰・不動山がその独特の姿を青空に浮かべている。先月登った山である。

 確りした登山道を更に10分も進むと、立派な鋪装林道に飛びだした。陣見山から出牛峠まで、主稜線を半ば稜線林道として貫く陣見山林道である。林道を横切り、樹林の中を急登する。傾斜はきついが、確りした登山道である。今日最後の登りと見定めて頑張る。林道から10分ほどの頑張りで、ついに主稜線の縦走路に飛びだした。道標が西に向う縦走路を雨乞山、東に向う縦走路を榎峠と標示している。一休みする。

 予定通り、榎峠から秩父鉄道樋口駅に向って下山することにする。榎峠まではほんの10分少々であった。峠は石の祠は残されているものの、三本もの鋪装林道が交わり、かつ数個のドラム缶が置かれて、昔日の峠の雰囲気はない。児玉側への峠道ももはや消え果ててしまったようである。幸い、秩父側の峠道は残っていた。峠道を下る。道型は確りしているが、今日この道を通るのは私がはじめてと見えて、蜘蛛の巣が道を塞ぐのには閉口した。峠から歩き続けること約50分、12時半過ぎに、樋口駅に到着した。いささか早い下山である。今日一日、山中誰とも会わなかった。
 
登りついた頂き
   吹通山   406   メートル
   

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