丹沢 水無川源次郎沢 

 13年ぶりの沢登り

1995年7月16日

              
 
戸沢出合(740〜805)→源次郎沢出合(820)→大倉尾根(1110)→戸沢出合(1215)

 
 押入の中から地下足袋とわらじが出てきた。私は10年以上昔の一時期、沢登りに凝ったことがあった。水無川本谷や四十八瀬川勘七ノ沢など丹沢の沢を一人でいくつか登った。この地下足袋とわらじは当時の名残りである。その後、単独での沢登りに危険を感じ、長いことご無沙汰していた。久しぶりにわらじの感触を思い出し、沢に入ってみたくなった。丹沢の源次郎沢がいい。この沢ならば案内も多く、一人でもそれほど危険はないだろう。
 
 朝5時10分、静岡を車で出発する。いまだ梅雨が明けず、今日の天気予報も曇り時々雨である。どうせ水しぶきで濡れるのだから、少々の雨は気にしない。大井松田のインターで降り、昔の記憶を思い出しながら戸沢出合を目指すが、さっぱり道がわからない。散々迷ったあれげく、ようやく水無川沿いの荒れた戸沢林道に入り、見覚えのある戸沢出合の駐車場に着く。すでに20台ほどの車が止まっている。
 
 地下足袋とわらじを履き駐車場の前から水無川に入る。最近の沢登りは、フェルト付渓流シューズの使用が主流で、わらじはオールドファッションになりつつあるようだ。今回も会社の近くの山道具屋に予備のわらじを求めて行ってみたが、売っていなかった。しかし、やはりわらじの岩に吸い付くような感触は最高である。空はどんより曇っているが、当分雨の心配はなさそうである。
 
 橋の下を潜り、水流に戯れながら進とすぐに堰堤に行く手を阻まれる。右岸の登山道に這い上がって越す。次の堰堤を右から越え、踏み跡を辿って源次郎沢に入る。いよいよ遡行開始である。沢は静まり返って人の気配はない。二つの堰堤を右から巻き、4メートルの滝を左から越えると左岸から8メ−トルの滝を掛けた支沢が流入する。いくつかの小滝を越えながらのんびりと進む。今日は時間がたっぷりある。せっかく遠くからやってきたのだから沢登りの楽しさを十分に味わおう。ゆっくりゆっくり進む。巨大なみみずを見つけた。50センチはある。蛇も顔負けである。右岸にガレを見て進と10メートルのF4に行く手を阻まれた。しばし見上げるが直登は無理、巻くよりなさそうである。右岸に巻き道と思える踏み跡を見つけて踏み込むが、灌木の絶壁に追い上げられて進めない。沢に戻って、再度滝を観察する。滝の左側に何とかル−トが取れそうである。下から人声がして二人連れが登ってきた。思い切って岩に取り付く。思ったほど難しくなく滝上に抜け出した。やれやれである。ひと休みしていると二人連れが追いついた。彼らの足回りは渓流シューズであった。
 
 この辺りが核心部と思える。次から次へと変化に富んだ滝が現われる。適当にスリルがあり、沢登りの楽しさが十二分に味わえる。10メートルのF5が行く手を阻んだ。この沢最大の難関である。先行した二人連れが壁に取り付いて悪戦苦闘している。下から冷や冷やしながら眺める。二人が何とか上に抜け、私の番が来た。1/3ほど登るが、次の一歩が踏み出せない。残置ハーケンを足掛かりとするのだが、上方に延ばした手掛かりがない。この箇所を抜ければ後は何とかなるのだが、余りにも危険だ。無理することもあるまい。諦めて右岸の明確な巻き道を選ぶ。
 
 二俣を右俣に入る。二段の滝をシャワークライミングで越す。全身びしょ濡れである。細まった水流がついに消え、わかりにくい二俣を左に入るとF6の涸滝が現われる。ツメに近づいたと見え、傾斜が一段と増す。F7を越えると、沢は次第に曖昧になる。しばらく進むとツメの大急斜面が現われ、左側の支尾根らしきところに追い上げられた。案内によると最後は右の源次郎尾根に逃げることになっているので、ルートを外れてしまったようだ。はっきりした尾根ではなく、灌木の生えた柔らかな土と浮き石だらけの急傾斜面である。だましだましステップを切るが、一歩ごとに落石が生じなんとも嫌なところである。ただひたすら上を目指す。ようやくこの灌木の急斜面を抜けると笹の密生地となった。微かに踏み跡がある。おそらく左俣をツメ上げた踏み跡だろう。笹藪を抜けると草付が現われた。上方で人声がする。稜線は近い。
 
 滑りやすい草付をだましだまし登ると、ついに登山道に飛び出した。多くの登山者が列を作って登ってくる。現在位置は大倉尾根の花立山荘の下部と思える。道端に座り込んでわらじを外す。これで無事源次郎沢遡行完了である。塔ヶ岳まで行ってみようかとも思ったが、展望の聞かないガスの中で登っても仕方がなかろうと思い戸沢出合に向かって下る。さすが丹沢である。この梅雨の季節だというのに溢れるほどの登山者の群れである。階段状に整備された立派な登山道を10分も下ると、大倉と戸沢出合の分岐に達する。樹林の中をひたすら下り、12時15分、車に帰り着いた。駐車場は満杯となっており、河原では何組もの家族連れがバーベキュウを楽しんでいた。