安倍東山稜 細島峠から十枚山へ

桃源郷のごとき山上集落から展望の山へ

1993年10月31日

              
 
有東木集落→細島峠→仏谷ノ段→地蔵峠→天津山→十枚峠→十枚山→関ノ沢集落

 
 安倍川源頭の八紘嶺から静岡市街の浅間神社まで続く安倍東山稜の全縦走も、残すところ真富士山と天津山の間だけとなった。あと二回分である。前日大雨を降らせた低気圧も東方海上に去り、朝目を覚ますと快晴である。中町7時5分発の有東木行きバスに乗る。有東木集落から細島峠に登り、真富士山、または十枚山まで縦走する計画である。どちらに行くかはその時の気分で決めればいい。空々のバスはのろのろと安倍川上流に向かう。例によって最後は私の貸し切りとなってしまった。
 
 安倍川流域の典型的な山上集落である有東木集落はすばらしいところである。まさに今生の桃源郷の趣がある。バスが安倍川沿いの梅ヶ島街道から離れて急坂をうんうんと登っていくと、突然周囲が開けて緩やかな傾斜地に意外なほど大きな集落が出現する。一面お茶畑が広がり、谷筋はすべて山葵畑である。その背後には仏谷山が紅葉を朝日に輝かせている。
 
 8時17分、いよいよ細島峠に向け出発する。集落の人と朝の挨拶を交わしながら、林道を進む。空は真っ青に晴れ渡り、雲一つない。今日の最初の関門は、細島峠道がうまく見つかるかどうかである。この安倍川流域の山々は道標がまったく期待できない。立派な道標でなくても、なんらかの目印があればよいのだが。林道をまっすぐ登っていくと地蔵峠へ行ってしまう恐れがある。どこかで細島峠道が分かれるはずである。すぐに大きな沢を渡る。沢一面に大規模な山葵畑が営まれている。林道はかなり傾斜がきつい。時々農作業の軽トラックが追い越していく。大きくヘアピンカーブを切ると、平坦地に出た。一面に茶畑が広がり、すでに農作業が始まっている。林道が分岐した。地図にない新たな林道だ。さて、何か目印はないかと注意深く見渡すと、朽ち果て半分欠けた小さな道標を見つけた。よく読めないが、右にわかれる新たな林道が細島峠道らしい。
 
 急な林道をさらに登る。小さな沢を横切る。沢添いに踏み跡がある。地図によると峠道は沢添いに登ることになっているので、念のため探ってみるが、どうも山葵畑への作業道のようだ。さらに進むと、林道延長工事の先端に出てしまった。シャベルカーが動き回り、日曜日の早朝だと云うのにフル稼動である。しかしここで行きづまってしまった。先に進むルートはなさそうである。困ったなぁとシャベルカーに近づくと運転者が「どこに行くのか」と尋ねてきた。「細島峠」と答えると、「100メートルほど戻ったカーブの所に踏み跡がある」と教えてくれた。云われたところまで戻ってみると、小さな山葵畑に沿って微かな踏み跡がわかれている。山葵畑の作業道にも見え、果たしてこの踏み跡が細島峠道なのか自信はないが、ともかくたどってみることにする。分岐には道標はおろか赤テープすらない。これでは知っているもの以外絶対にルートはわかりっこない。
 
 山葵畑が終わってもその先の植林地帯の中へと踏み跡は続いていた。どうやら目指す細島峠道のようだ。しばらく登ると登山者のつけた小さな道標があり、ようやく細島峠道であるとの確信が持てた。薄暗い杉檜の植林地帯の急斜面を小さなジグザグを切って登る。いかにも山蛭がいそうな雰囲気ではあるが、どうやら大丈夫そうである。この道も登る人がいると見えて、細いながらも踏み跡はしっかりしている。急な平斜面の一本調子の急登が続く。嫌になる頃、周囲が明るくなって自然林に入った。しかし急登はなおも続く。
 
 10時25分、ようやく峠にたどり着いた。樹木に囲まれた小さな峠であり、展望はまったくない。富士川流域へ踏み跡の痕跡はあるが、笹に覆われ果たして歩けるのかどうか。腹が減ったので弁当を食べながら、さてどちらへ稜線をたどろうかと考えた。南に行けば真富士山へのルート、北へたどれば十枚山である。この時、同じ道から中年の単独行者が登ってきた。しかし、持っている無線機を付けっぱなしでうるさくて仕方がない。せっかくの静かな雰囲気が台無しである。早く去ってほしいと思っていると、真富士山のほうへ出発していった。これで自ずから私のルートは決まった。

 10時40分、十枚山に向け出発する。まずは、仏谷山を越えて地蔵峠までである。周りはこの地域特有の背の高いスズタケの藪で、その中に山毛欅の大木が点々とそそり立っている。切り開きはしっかりされているが、笹の囲いの中の道で周りの展望は得られない。どこが頂上かわからないような仏谷山山頂に至るが、ここも笹の囲いの中で休むことはおろか証拠写真を撮る気も起きない。下って、ちょうど十一時、地蔵峠に着いた。細島峠に比べれば幾分ゆったりした峠ではあるが、ここも樹木に囲まれ展望はない。案内書にあった地蔵堂は見当たらない。5分ほど休んだだけですぐに出発する。しばらく登りが続きその後小さな瘤をいくつも越える。相変わらずスズタケと山毛欅の道で、左側に南アルプスの山々が見え隠れはしているが大きく展望が開けない。
 
 天津山に向かって下りに入ったところで、笹が低くなってようやく展望が開けた。雲一つない真っ青なキャンパスに、南アルプスの大展望が描かれている。真正面に大きくそびえ立つのは、紛うことなき大無間山である。その右には、聖岳、赤石岳のジャイアンツがそそり立つ。これら南アルプス南部の山々の同定は簡単である。問題はその左手の深南部の山々である。登ったときの記憶を頼りに同定しようとするが、この方面から眺めるのは初めてのためなかなか山名が定まらない。ついに、地図を広げての同定作業となった。ようやく、朝日岳、前黒法師岳、黒法師岳、丸盆岳を同定する。思いがけず15分もの長休憩となってしまった。下ってひと登りすると、12時30分、見覚えのある天津山山頂に達した。周りは藪に囲まれているが、背伸びをすると富士山が見える。ここから先は1年前に足跡を残した道、もう前途に不安はない。
 
 12時45分、十枚峠に向け下り出す。目の前に、芝生を敷き占めたような十枚山が見える。山頂で動き回っている人も見える。すぐに十枚峠に達した。ここからは一般ハイキングコース、道も急に立派となった。峠をそのまま通過して十枚山の登りに掛かる。木の葉隠れに北岳がチラリと見えたのを見逃さなかった。八紘嶺で見て以来、あの尖がり帽子の独特の山容は忘れない。13時20分、山頂に達した。風は強いが、待望の360度の大展望である。この山頂は二度目であるが、前回はガスと強風の悪天の中、休む場所とてなかった。富士山が山頂をうっすらと雪に染めて、裾野を大きく広げている。南アルプスのジャイアンツは午後に入ったせいか、山頂に雲が掛かりあいにくであるが、深南部の山々は一望である。再び二〇万図を取り出して山岳同定を楽しむ。深南部の遙か左手に鈍角三角形の形よい大きな山が見える。前から気になっていたがつい度見慣れぬ山である。地図を一生懸命合わせた結果、どうやら蕎麦粒山のようだ。そう云われてみれば、三角形の山容は蕎麦粒形である。しかし蕎麦粒にしては大き過ぎる。奥武蔵の蕎麦粒山のほうがこの名前に相応しい。        
 
 13時40分、十分に展望を楽しんだ山頂を後にする。山頂から直接下るルートをたどる。この道ははじめてである。急坂をリズムカルにどんどん下ると、知らないうちに小走りとなる。先行パーティをどんどん追い越す。「のぞみ号が来たぞ」と怒鳴って道を空けたのには苦笑してしまった。14時半、中ノ段集落に達した。登山者のものと思える車が何台も駐車している。私はさらに六郎木のバス停まで歩かなければならない。集落から見上げる十枚山はすっかり紅葉し、実にきれいである。それにしてもこの中ノ段集落は、よくもこの急斜面に集落を作ったものだと感心してしまう。舗装道路をどんどん下って、15時15分、六郎木のバス停に達した。バスは15時53分、40分待ちなら文句はない。登山者があれほどいたのに、バスに乗ったのは私一人であった。