藁科川左岸稜 一本杉峠から三ツ峰へ 

激しい降雪の中、薮を漕ぎ、未知の林道を辿り

1995年3月26日

              
 
天狗岳登山口(700)→第一送電鉄塔(710)→第二送電鉄塔(745)→一本杉峠(800〜815)→電源開発中継所(825)→中保津山(840〜845)→林道(850)→県道南アルプス線(930)→大井川東山稜線(1045)→三ツ峰(1130〜1140)→富士見峠(1200〜1210)→天狗岳登山口(1430)

 
 安倍川水系と藁科川水系の分水稜線は、大井川東山稜の七ツ峰北東付近から南東に張りだし、両川の合流点である安倍城址のピークまで続いている。安倍城址から一本杉峠までは既に稜線上に足跡を印した。残すは一本杉峠から大井川東山稜までである。この間の稜線は、途中「中保津」の三角点ピ−クはあるものの、登山・ハイキングの対象とはなっておらず、もちろん縦走記録も見当たらない。地図を見ると、大井川東山稜の200メートルほど下の地点で、南アルプス公園線と呼ばれる工事中の県道がこの分水稜線を乗っ越している。一本杉峠からこの乗っ越し県道までは半分は稜線林道があるのでルートとしては問題ない。ただし、乗っ越し県道から大井川東山稜までの間は稜線上にまったくルートはなさそうである。
 
 朝5時半に起きるも、昨日のお昼頃から降り始めた雨が相変わらず降り続いている。しかし、2日間も家の中に閉じ込もっているわけにも行くまい。天気予報は「曇り、午後から一時晴れ」である。天気の回復を期待し、6時、雨の中を車で出発する。なんと、行く手の山々は新雪で真っ白である。雪となれば闘志も湧く。7時、一本杉峠の登り口に着く。この一本杉峠から天狗岳へのルートは、登山案内に記載はないが、1年前に下ったことがあるので微かな踏み跡があることを承知している。以前あった「天狗岳第二登山口」との小さな標示もすでになく、知らない者にはまったくわからないルートである。横沢集落までは雨であったが、この地点ではすでに雪となっている。うっすらと雪化粧した中を雨具とザックカバーを着けて出発する。すぐに送電線鉄塔に至る。展望のよいところなのだが、今日は全ての視界が雪の中に煙っている。山腹をトラバースしながら高度を上げる。踏み跡は所々崩壊しており、雪で滑る斜面を慎重に進む。いくつかの沢を横切る。二番目の送電線鉄塔を過ぎ、微かな踏み跡はいくつも分岐するが、赤テープや小さな道標が所々あり、なんとかルートは辿れる。蜘蛛の糸が雪に切られて何本も垂れ下がっている。もう活動を開始しているのであろう。杉桧の植林の中はうっすらとした雪化粧しているが、樹林の切れ目には5センチぐらい新雪が積もっている。痩せ尾根状の所を過ぎ、沢に沿って登り、8時、一本杉峠に到着した。
 
 この峠はすばらしい峠である。昨年の1月、釜石峠から長駆縦走してこの峠に達したが、是非とも再訪してみたいと思っていた。峠の真中には嘉永7年(西暦1855年)8月銘の石柱の道標が立てられていて、来し方を「よこさわ」、峠を越えた先を「もろこさわ」、これから辿る稜線沿いの踏み跡を「これより中ハおふま道」と記されている。峠名の由来と思われる樹齢数百年の大きな一本杉の根元にはすっかり摩耗した小さな石仏が安置されている。雪が激しく降り注ぎ、風はないものの休むと猛烈に寒い。
 
 稜線を西北に辿る。すぐに送電線鉄塔を過ぎる。踏み跡は確りしているが、まだ若い桧の枝が雪の重みで垂れ下がり、かき分けると落雪が襟元に入り込む。慌てて雨具のフードを下ろす。10分ほどで樹林の中の薄暗い小ピークに達すると、大きな建物が現われた。「電源開発株式会社一本杉中継所」との看板が掛かっている。急に細くなった踏み跡をなおも辿る。所々シノダケの藪を漕ぐ。雪の重みで頭を垂れた笹が踏み跡を閉ざし、かきわけるのが大変である。一本杉峠から25分で中保津のピ−クに達した。三角点名称「中保津」の1,013.3メートル三角点峰である。このピ−クには特に山名はないようであるが、「?中保津山」と書かれた小さな板切れが立ち木に打ち付けられている。周りはすでに15センチを越える積雪で、寒くて長くは休んでいられない。
 
 5分も進むと、林道に出た。諸子沢集落から登ってきた林道が、ここから稜線上を乗っ越し県道まで続いているのだ。水溜りと積雪でグジャグジャの林道を辿る。何本か地図にもない支線が分かれる。40分ほどの何の面白味もない林道歩きの末、ようやく稜線を乗っ越す県道に出た。この県道は現在工事中でまた通行止めであるが、この地点は既に完成している。稜線林道はここで終わりである。さらに稜線に沿って大井川東山稜に達すべくルートを探すが見つからない。微かな踏み跡でもないかぎり、藪の密生した稜線を辿ることは不可能である。況んや今日はこの積雪である。諦めて未完の県道を北に辿る。このまま進めば、富士見峠越えの県道三ツ峰落合線に合わさるはずである。舗装道路の上には15センチほどの積雪があり、実に歩きにくい。降雪を避け、作業小屋の中で小休止を取る。
 
 20分ほど未完県道を進むと、左手に山腹をよじ登って行く真新しい林道を見つけた。見通しが利かないのでよく分からないが、目指した分水稜線の山腹をよじ登って大井川東山稜近くに達しているようだ。未知の林道に踏み込む。林道はジグザグを切ってグイグイ高度を上げ、それにともない、積雪は30センチを越えた。スパッツをつける。降雪が一段と激しさを増し、周りは全てホワイトアウトである。降雪と寒さで、休憩を取るのもままならない。昨年の4月に大井川東山稜を縦走した際、三ツ峰から七ツ峰に掛けての山稜の東側で大掛かりな伐採作業をしていたので、勘としては、この林道はその伐採地に通じていると思える。ただし、この雪の中、どこへ通じるかわからない未知の林道を辿る不安はある。何本かの支線を分けるが、かまわず上に登る林道を選ぶ。雪がますます深まり、もはやいちいち足を持ち上げるのはわずらわしい。新雪なので雪を蹴立てて進む。高度計が1,200メートルを越えた。稜線はもう近いはずだ。
 
 稜線直下に達した所で崖をよじ登ってみると、目の前に広々とした雪原が広がっていた。一目でここは大井川東山稜上のパイロット農場南西の端と認識する。目標通りの地点に達したことになる。この瞬間、安倍川と藁科川の分水稜線の完全縦走が完成したのだ。目隠しされた状態で未知の道を歩いてきたが、方向感覚と位置感覚は正確である。ここまで来ればもう一年前に辿った道、迷うことはない。どこが農地でどこが農道かわからない雪原を進む。雪は膝近くまで達していて実に歩きにくい。相変わらず激しい降雪で、トレースは見る間に消えていく。この稜線上の広大な農場には所々作業小屋は点在するが人家はない。雪原の中をラッセルして進む。積雪は50センチはあり、わずかな登り坂でも体力がいる。いささか疲れを覚えた頃、ようやく雪原を抜けて三ツ峰の南西の肩に達した。立派な道標があり、ルートに誤りのなかったことを確認する。雪化粧して神秘的な雰囲気さえ漂う雑木林の中を5分も登ると山頂に達した。昨年の4月以来二度目の山頂である。ベンチの雪を退けて昼食とするが、寒くてじっとしていられない。おまけに、持参した海苔巻きは凍り付いていて食えたものではない。相変わらず雪は激しく降り注いでいる。
 
 早々に山頂を辞して富士見峠に向かう。雑木林の中に遊歩道があるのだが、雪に埋もれまったく不明である。勘を頼りに雑木林の切れ目を辿る。狐と思われる足跡がルートに沿って続いている。ちょうど12時、富士見峠に到着した。ついにこの雪の中、目標通りの縦走が完了したのである。バス停小屋の中に雪を避けてひと休みする。峠越えの県道は、通行可能の状況であったが、さすがに通る車は少ない。さて、ここから県道三ツ峰落合線を歩いて車まで帰らなければならない。長い長い車道歩きが待っている。笠張峠付近まで下ると、林道が左に分かれる。「権七林道」とある。さらに下ると、また林道が左に分かれる。地図にある大岳山頂直下に通じる林道と思われる。時間がまだ早いので、この林道を進んで、大岳に登ってみようかと思い踏み込む。大岳は安部奥に残された私の唯一の未踏峰である。林道をしばらく辿るが、まだ工事中で真新しい感じがし、大岳に通じる林道かどうか確信が持てない。おまけに、ここまで下ると雪が薄く、所々グジャグジャの泥んこ道である。諦めて県道に戻る。雪は小止みになった。車道歩きは思いのほか長かった。何と富士見峠から12キロ歩いてようやく車の置いてある天狗岳登山口に到着した。
 
 ただただ激しい降雪と思いのほか深い新雪の中の行動であったが、たまにはこういう山行きも思い出深いものとなる。このコースは林道歩きが多いので、逆に、晴天の中では、つまらないものになったかも知れない。家に帰り着くまで雨は降り続いていた。