上州の岩峰 岩櫃山 

歴史を秘めた岩の殿堂、低山なれど恐怖の岩登り

2014年11月12日


 
岩櫃山北峰より本峰を望む
岩櫃山本峰より北峰を望む
                            
一本松駐車場(740〜747)→岩櫃城本丸跡(800〜807)→天狗岩(819)→赤岩通り分岐(836)→天狗蹴上げ岩(839〜845)→8合目(857)→北峰(904〜915)→岩櫃山山頂(925〜936)→北峰(944)→8合目(948)→4合目(1011)→一本松駐車場(1022)

 
 「日本百名山」ならぬ「日本百低山」という山岳百選がある。長らく雑誌「山と渓谷」に「低山徘徊」という低山紀行を連載していた小林泰彦氏の選定である。その内容を覗いてみると、関東の山から42座が選ばれている。その42座を我が登山歴と照らし合わせてみると未踏の山が5座ある。
  岩櫃山(群馬県東吾妻町)
  鋸山(千葉県富津市)
  箱根駒ヶ岳(神奈川県箱根町)
  天上山(東京都神津島村)
  乳房山(東京都小笠原村母島)

今日はこのうちの一つ、岩櫃山に登ってみることにする。

 岩櫃山は二つの事象で名の知れた山である。一つはまるで岩の殿堂のごとき独特の山容を持つ岩山としてである。標高は803メートルと決して高くはないが、全山岩また岩を露出し、到るところに大絶壁を掛ける姿は特異である。当然、群馬百名山にも名を連ねている。

 二つ目は、その山中に「岩櫃城」という上州最大の城郭の跡を抱えていることである。甲斐武田氏領内の三名城の一つと讚えられた城である。しかも、日本人の大好きなあの真田氏の城と知れば、だれしも興味津々となる。かの真田幸村も少年時代この城で過ごしたといわれる。

 行くと決めたのだが、調べれば調べるほど、この山は少々びびる。登山ルートは鎖場だらけでまるでロッククライミングである。若いときなら岩場などどうということはなかったが、この歳になるとどうも敬遠したくなる。バランスは悪くなるし、腕力は衰えている。写真を見ると、ぞっとするような岩場をこの山は抱えている。

 5時35分、車で出発する。生憎、空は厚い雲で覆われている。今日の天気予報は「午前中曇り、午後からは晴れ間もーーー」である。関越自動車道を渋川インターで降り、吾妻川沿いの国道353号線を西に進む。やがて東吾妻町の街並みに入るが、ここから岩櫃山登山口である一本松駐車場までの道が相当ややこしい。道案内をカーナビに任せたのだが、とんでもない悪路に導かれ、一瞬、山中で進退窮まるかと青ざめるほどであった。まともな道がチャンとあるのにーーー。
 それでも、7時40分、家から約2時間、110キロ走って目指す一本松駐車場に到着した。7〜8台分のスペースがあるが、私が今日最初の一台であった。脇にトイレと水道が設置されている。出発の支度をしていたら、中年の男二人の乗った車が到着した。

 7時47分、いよいよ岩櫃山山頂を目指して出発する。岩櫃山への登山ルートは3本ある。東側、すなわち現在地である一本松駐車場から「沢通り」と呼ばれる沢コースと「尾根通り」と呼ばれる尾根コースの2本。西側からは「密岩通り」と呼ばれる断崖絶壁をよじ登るコース。「密岩通り」が上級・中級者向けコースと言われ、危険であるがゆえにもっとも人気のあるコースである。逆に「沢通り」はもっとも安全な一般向けコースといわれているが、幾つかの鎖場はある。しかも、どのコースをとろうとも、山頂直下の大絶壁の鎖場は避けて通れない。

 計画段階でどのコースをとるべきか大分悩んだ。ひと昔前なら迷わず「密岩通り」を選ぶのだがーーー。しかし、岩場は一つ間違えれば命取りである。結局、「尾根通り」を登って、「沢通り」を下ることにした。「尾根通り」は岩櫃城跡を経由するコースで、「沢通り」よりは歯ごたえがあるものの危険なコースではない。

 道標に導かれて山中に入る。登山道入り口に小屋があり、無人であったが各種パンフレットが置かれていたので頂戴する。登山道を数十メートル進むと、分岐があり、道標が直進する道を「岩櫃山」、左に分かれて山中に入って行く小道を「城址」と示している。「沢通り」と「尾根通り」の分岐と思うが、道標は少々不親切である。「城址を経て岩櫃山」とでも記載してくれればはっきりするのだがーーー。予定通り、「城址」を示す小道をたどる。

 「中城跡」と標示された傾斜地の淵を回り込むように進む。辺りは鬱蒼とした杉檜の植林である。あちこちに掘り切りの跡と思われる窪地や尾根を断ち切った跡が見られ、如何にも城跡という地形が見られる。丸太で整備された階段道を急登する。登り上げると二の丸跡と標示された小平地に達し、更にその上の杉檜林の中の薄暗い平坦地が本丸址であった。それを示す標示と四阿とベンチが設置されている。名の知れた城にしては規模が意外に小さいことに驚く。中世の山城はこんなものなのかも知れない。発掘調査がなされている最中と見え、あちこちにブルーシートが地表を覆っている。

 しばしの間、強者どもの夢の跡に思いを巡らせた後、道標に従い山頂を目指す。ここからは落葉広葉樹の森となった。紅葉真っ最中のこの季節、辺りはただ一面、赤と黄色に染まっている。足下の細い登山道も、色とりどりの落ち葉に覆われ、時には見失うほどである。森の中は風もなく、落ち葉を踏みしめる私の足音だけが響く。細かな尾根状地形の急登が続く。

 10分ほど登ると尾根上に起立する3メートルほどの岩塔が現れた。どうということのない岩だが「天狗岩」との標示がある。この辺りよりルート上に岩が目立つようになる。大岩を回り込み、乗り越え、細かな岩尾根を辿る。道標があり、尾根をそのまま進む踏跡を「岩場あり」、尾根を右に外れる踏跡を「岩場迂回路」と標示している。迷わず迂回路を選ぶ。今日は闘争心がない。ただし、岩場を巻く道も狭い岩尾根の急な上り下りを強いられ、それなりに厳しい。

 「赤岩通り」分岐に達した。「赤岩通り」はこの地点から岩櫃山の南面を下り、「密岩通り」登山口に通じている。「密岩通り」から岩櫃山に登頂する場合はこの「赤岩通り」を利用して「密岩通り」に回り込むことになる。ただし、今日の私はそのつもりはない。山頂を示す道標に従い尾根を右に下ると、すぐに「沢通り」と合流した。その先で、大きな岩が行く手を塞いでいる。「天狗の蹴上げ岩」との標示がある。ひと休みし、握り飯を頬張る。

 ここからルートの状況は一変した。岩の隙間を縫い、絶壁の淵を渡り、岩を乗り越え、ーーー。鎖場と鉄梯子が頻繁に現れる。岩櫃山の核心部に入ったのだ。やや緊張する鎖場を経ると「8合目」の標示があった。更に鎖場が続く。相変わらず人の気配はまったくない。このような鎖場の連続する道を一人で登るのは何となく怖い。事故を起したら終わりである。

 少々手強い鎖場が現れた。登りきると、聳え立つ岩峰の上に出た。周囲360度の展望が開けている。岩櫃山北峰の頂きである。ただし、周囲の景色に見とれるよりも、眼前に現れた壮絶な風景に思わず息をのむ。四方を凄まじい絶壁に囲まれた鋭い岩峰が灰色の空をめがけてすっくとそそり立っている。岩櫃山本峰だ !  垂直に近い数十メートルの大絶壁。その絶壁に垂れ下がる2本の鎖。それは、「ここを登るんだぞ」と明らかに登頂ルートを示している。「あんな絶壁登れるわけがない」。戦慄を覚えながら目は岩峰に釘付けになる。

 先ずは落ち着こう。岩に腰を下ろし、ひと息つく。本峰ほどではないが、この北峰とて大空に大きく突きだした岩峰、足下から大絶壁が切れ落ちている。生憎の天気で灰色の濁った空気が視界の先をぼんやりと霞ませているが、眼下には吾妻川と東吾妻町の街並みが広がっている。実に雄大な景色である。

 他の登山者の現れるのを期待したが、その気配はない。覚悟を決めて本峰に向う。先ずは北峰と本峰の鞍部に下る。鎖場の連続したハードな岩壁の下りである。本峰絶壁の下に立つ。垂直に近い数十メートルの絶壁が山頂に突き上げている。その斜面に垂らされた2本の鎖。この鎖に命を預けて登れということなのか。しばし目の前に立ちはだかる絶壁を見上げる。手掛かり足がかりとなるような明確な突起も見当たらない。このまま引き返そうか。一瞬弱気の虫が頭をかすめる。気を取り直し、改めて鎖を握りしめる。1歩、2歩、岩壁に取りつくが3歩目が踏み出せない。いったん壁から離れ、改めて上方を見上げて辿るべきルートを懸命に目で追う。

 エィ! とばかり心の内に気合いを入れ、再度壁に張り付く。もう躊躇はしない。3歩、4歩、5歩、鎖に振られることもなく、バランスよく高度を上げる。ついに山頂に登り上げた。ヤッタァーーー。思わず万歳である。

 山頂部は数人が立てるほどの狭い平坦地で、その一角に人一人がやっと立てるほどの岩場がある。先ずは座り込んで、ひと息つく。無事に山頂まで辿り着いたが、考えてみれば、再度この岩場を下らなければならないのだ。高さ1メートルほどの山頂の岩場に登ってみる。そこが真の山頂だ。足下から数百メートルの垂直の大絶壁が切れ落ちている。足下が不安定なこともあり、恐怖に足がすくむ。早々に下りる。

 山頂からの展望は360度、遮るものは何もない。北方を見れば、目の前に先ほどまで居を定めていた北峰の岩峰が実に格好よい姿で空に向って頭を突き上げている。その左奥遠くには薬師岳と吾嬬山が霞んでいる。ただし、その他の遠景の山々は全てが靄の中である。視界の良い日なら富士山も見えるとのことだがーーー。残念である。ただし、見下ろす眼下の景色は迫力満点である。蛇行する吾妻川、その川岸に広がる街並み、赤と黄色に染まる林、点在する家々ーーー。ただ一人、山頂に座し、握り飯を頬張る。

 下山に移る。山頂での滞在中、他の登山者は誰も現れなかった。危険な岩壁に一人取りつくのはやはり不安である。無事に本峰を下り北峰に上り上げた。どうやらもっとも危険な箇所を無事通過できたようである。北峰山頂にて最後の展望を楽しみ、岩と落葉樹の間を縫う登山道を下る。

 「天狗の蹴上げ岩」まで下り着いた。ここから先はもう危険個所はない。やれやれである。「尾根通り」と「沢通り」の分岐に出た。下りは「沢通り」を選ぶ。岩の割れ目のような、水流のない沢状の地形を下る。踏跡は落ち葉に隠され、時折見失う場合さえある。初めて、他の登山者にであった。男一人、女二人の三人パーティとすれ違う。続いて男女二人のパーティとすれ違う。いずれも50〜60歳代のパーティーだ。無事にあの岩場を登れるのであろうか。ゆるやかとなった谷間の道を足早に下ると、10時22分、我が愛車の待つ一本松駐車場に下り着いた。無事の下山を何よりも喜ぼう。

 帰路、東吾妻町の町営温泉施設「岩櫃城温泉くつろぎの館」でひと風呂浴びる。満足な一日であった。

 登りついた頂  
     岩櫃山  802.8 メートル
                                 

トップ頁に戻る

山域別リストに戻る