伊豆山稜線歩道縦走 

落花を踏んで人影なき原生林の中を縦走

1996年6月15日


魂の山山頂
 
 
天城峠バス停(905)→天城峠(925〜930)→古峠(1000〜1005)→二本杉峠(1035〜1045)→滑沢峠(1105〜1110)→ツゲ峠(1200〜1210)→猫越峠(1250〜1255)→猫越岳(1315〜1330)→仁科峠(1410〜1415)→風早峠→宇久須峠(1450〜1455)→魂の山(1520〜1525)→土肥峠(1550〜1555)→南無妙峠→吉奈峠(1625〜1630)→棚場山(1640〜1645)→船原峠(1705〜1710)→大曲茶屋バス停(1745〜1758)
        
 
 陰欝な梅雨空が続く。こんな季節には深い原生林の中を雨に濡れながらわびしく歩くのがよい。ただし、深南部の山は山蛭の最盛期でとても行く気にならない。1年ぶりに伊豆の山に行ってみようと思った。この山域も原生林である。昨年の4月、初めて天城縦走路をたどったが、煙るような山毛欅の新緑は言い表わせぬ美しさであった。 

 粗っぽく言うと、伊豆の山並は天城峠西方の滑沢峠付近を頂点とする三つの背梁山脈から構成されている。一本は東から北へ延びる。天城峠、八丁池、万三郎岳と続き、さらに箱根の山へと伸びている。二本目は南に延び、猿山から長九郎山、婆裟羅山と続く。三本は西から北へ延び、猫越岳、仁科峠、船原峠、達磨山と続いている。この稜線上の天城峠から船原峠までは「伊豆山稜線歩道」と呼ばれるよく整備された縦走路が通っている。ただし、この縦走路は実に長い。天城峠から船原峠まで24.5キロ、前後を入れると約30キロもある。どの案内書を見ても2日掛かりのル−トとなっている。このル−トを1日で踏破するつもりである。日の長いこの季節ならなんとかなる。いざとなればマラソンで鍛えた足で走ればよい。 

 9時過ぎ、5〜6人のおばちゃんハイカ−とともに天城峠のバス停で下りる。もっと早くにスタ−トしたいのだが、これが一番バスである。勝手知った道を天城峠目指してグイグイ登る。今日の天気予報は「曇り、午後から一時晴れ」と久しぶりに梅雨の晴間が期待できる。10分ほどの急登で旧天城トンネル。明治38年に開削されたこのトンネルは、昭和45年に現在の天城トンネルが開通するまで、天城越のメインル−トであった。あの踊り子が越えたトンネルである。さらにジグザグの急登を一気に登って天城峠に着いた。誰もいない。ガスが流れ、山毛欅の大木の茂る原生林は幻想的である。この小さな鞍部は現在天城峠と呼ばれているが歴史的に「峠」であったことはない。 

 ここから東に向かうのが天城縦走路。昨年の4月に辿った。今日は西に向かう。確りした小道が、稜線の北側を巻くように水平に続いている。今日この道をたどるのは私が最初と見えて、時々蜘蛛の巣が顔にかかる。おそらく一日人と会うこともなかろう。天城縦走路に比べこの伊豆山稜線歩道はたどる人は少ない。山毛欅の原生林の中に、ニシキウツギの紅白の花やヤブデマリの白い花が咲き、道端にはコアジサイやガクウツギの花が見られる。雲の合間より薄日が差してきて、足もと深くに天城越の車道が見える。ほどなく古峠に着く。朽ちた道標がようやくその地点であることを示している。この古峠は天城越の最も古いル−トであり、戦国時代まで利用されたようである。今では峠道の痕跡すらない。さらに水平な道を足早にたどる。小道ともいえるほど実によく整備された道である。このあたりには「天城」の語源となった甘茶の木がたくさん自生しているはずである。それと思う灌木の葉を噛み砕いてみたが、どれも苦いだけで甘茶を見つけることはできなかった。再びガスが渦巻きだし、晴れる気配はない。山毛欅の原生林にヒメシャラやアセビや杉が混ざり、林床は一面の笹である。時々満開の花をつけたヤブデマリの大木に出会う。 

 二本杉峠(旧天城峠)に着いた。樹林の中のゆったりとした鞍部で、名前の通り二本の大杉が渦巻くガスの中にそそり立っている。ベンチや休憩舎もあるが人影はない。歴史的にはここが本来の天城峠であり、明治38年に旧天城トンネルが開削されるまでは天城越のメインル−トであった。幕末、黒船襲来の急を江戸へ告げる下田奉行の使者が越えたのもこの峠であり、初代アメリカ総領事ハリスが江戸へ向かったのもこの峠を越えてである。吉田松陰もこの峠を越えた。北側には大川キャンプ場よりの確りした道が登ってきており、南側には宗太郎集落と沼ノ川集落への二本の確りした道が下っている。 

 一休み後、稜線の南側に移った縦走路をさらにたどる。突然足もとで何かが動く。見れば蟹である。滑沢峠に着いた。標示はないが確りした踏み跡が北側・滑沢渓谷に下っている。相変わらずガスが渦巻いている。ほんの100メ−トルほど進むと三叉路に出た。左に分かれる道は、何の標示もないが、猿山方面に向かう縦走路と思える。案内書にはこの縦走路は崩壊のため通行不能とある。いつか辿ってみたいものである。ル−トは再び稜線の右側に移る。しばらく進むと稜線めがけての急登となった。縦走開始いらい初めての登りらしい登りである。1012.8メ−トル三角点峰を左から巻いて緩く下るとリョウブの木が目立つ鞍部をへてアセビの薄暗い林に入る。渦巻くガスの中から鶯の声のみが聞こえる。緩く下って水平な巻道を行くと小さな草原となったツゲ峠に達した。北側に「芭蕉の滝」への道が下っている。南側に下る細い踏み跡には標示がない。さらに前進を続ける。 

 ヤブデマリの白い花が目立つ。この花はガクウツギの花にそっくりである。しかしガクウツギは1メ−トルほどの灌木だが、ヤブデマリは5〜6メ−トルもの樹木である。前方でガサガサと音がして、何か動物が藪の中に逃げ込んだ気配。緩く登ると猫越峠に達した。レンゲツツジの大木がオレンジ色の満開の花をつけている。北側に猫越集落への道が下っている。小休止後、20メ−トルほど進むと三叉路となり、まっすぐ進む道は宮ヶ崎集落へ下る道。縦走路は右に折れる。この山稜は狩野川流域と西伊豆を分け隔てているため、実に峠が多い。蜘蛛の巣が多い灌木の中を緩やかに登ると今日の目標の一つ猫越岳に登り着いた。アセビの林に囲まれて展望はないが、三角点の周りが切り開かれている。説明板があり、この猫越岳は今から250万年前に伊豆半島で最初に噴火した古い火山であると説明している。 

 100メ−トルほど下ると道標が「火口湖」示し、踏み跡が左に分かれる。20メ−トルほど行ってみると、水苔の群生した小さな水溜りがあった。火口湖とは名ばかりである。戻ってさらに100メ−トルほど進むと展望台に出た。しかしガスが渦巻き何も見えない。緩く登って後藤山を越えると雰囲気が一変する。樹林が切れ笹原となった。今日初めて視界が開け、笹に覆われた緩やかなうねりが前方に広がっている。笹原の中の切り開きを緩く下り、地道を横切って巨岩のある一峰に登ると、そこが展望台であった。三六〇度の視界が広がっている。西方には西伊豆の海が見え、北方にはこれから辿る山波が緩やかに続いている。東方には越えてきた山波が雲の中にその頂を隠し、すぐ目の下には仁科峠の車道が見える。ひと下りで仁科峠に達した。 

 この峠は湯ヶ島温泉から西伊豆の松崎町に通じる立派な車道が乗っ越しているが、通る車は少ない。天城峠からここまですでに約15キロ、さすがに疲れを覚える。しかし、船原峠まではまだ10キロ近く残っている。案内書ではここまでが一日分である。時刻はすでに2時過ぎ、急がなければならない。ここで何と腕時計が壊れた。もう10年以上愛用している高度計付きの時計なのだが、寿命であろう。ここからしばらくは車道歩きである。道端にはニシキウツギが一面に咲いており、何ともきれいである。キンポウゲの黄色い花も咲き乱れている。車道が大きくカ−ブするところで荒れた林道に入る。この地点を風早峠というらしい。わずかに舗装の痕跡の残る林道の両側は相変わらずニシキウツギが満開である。 

 宇久須峠に達した。休憩舎がある。すでに峠道の痕跡はないが、すっかり摩耗した二体の石仏がかつて「峠」であったことを示している。林道と分かれて笹原の中の急登に移る。一峰を越えると再び樹林の中の道となる。鞍部で左に下る踏み跡を分け、長い急登となる。息せき切って登り着くと「魂の山」である。持参の昭文社地図には山名が確り記載されているのだが、山頂には何の標示もない。アセビの林に囲まれた平凡な頂である。アセビ林の中を下っていくと土肥峠に達する。別名、鉄塔峠と言われるように低い送電線鉄塔が立っている。右に持越鉱山への確りした道が下っている。左にも微かな踏み跡が下っているが標示はない。すでに4時近く少々焦る。最後の稲荷寿司を口に放り込んで先を急ぐ。 

 ここから船原峠までの道は実にすばらしかった。アセビ林の中を緩やかに上下するのであるが、いたるところにニシキウツギとレンゲツツジの落花が登山道を彩どり、錦のジュウタンの道である。ガクウツギ、ヤブデマリの白い花も多い。持越鉱山への下山道を一本分け、このすばらしい道をさらに進むと南無妙峠に出た。峠名の由来となった「南無妙法連崋経」と書かれた大きな石碑が建つ。この石碑は道標も兼ねていたとみえ、「右  もちこし   左  よしな」と刻まれている。ただし峠を乗っ越す踏み跡は今はない。落花の道をさらに進むと吉奈峠に達する。道標はないが乗っ越す踏み跡がある。大正15年銘の石柱の道標があり、「吉奈温泉二至凡二里 土肥はま二至凡一里廿五丁」と刻まれている。今日最後の登りに掛かる。アセビ林の中は心なしか薄暗くなってきた。棚場山に達した。ここもアセビの林の中で展望はない。今日の終着駅・船原峠を目指して緩やかに下っていく。相変わらずニシキウツギとレンゲツツジの落花のジュウタンが続く。 

 5時過ぎ、ついに船原峠に到着した。長い長い縦走の終わりである。草原に座り込んでほっとする。一段下を峠越の車道が走っている。ドライバ−が一人峠に登ってきてニシキウツギを珍しそうに眺め、「なんという花ですか」と尋ねる。天城峠のバス停以来初めて会う人影である。縦走は無事終わったが、ここからまだ長い車道歩きが残っている。ひたすら歩き大曲茶屋のバス停に着いたのは5時45分であった。 

 案内書には、この伊豆山稜線歩道は最も伊豆の山のよさがわかる縦走路とある。まさにその通りであった。山毛欅やアセビの原生林がどこまでも続き、ニシキウツギ、ヤブデマリ、レンゲツツジ、ガクウツギ、コアジサイなどの花が彩りを添える。そしていくつもの峠に出会う。縦走路はよく整備されているが、人影はない。忘れられたような縦走路であった。

 
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