篭ノ登山と池ノ平湿原

 秋の山野草を愛でる山旅

2000年9月2日


オヤマリンドウ
 
高峰温泉(720〜730)→高峯山(800〜820)→高峰温泉(845)→うぐいす展望台(900〜905)→水ノ塔山(940〜1000)→東篭ノ登山(1035〜1050)→西篭ノ登山(1105〜1125)→東篭ノ登山(1145〜1150)→兎平(1210)→池ノ平→三方ヶ峰(1235〜1245)→見晴岳(1255)→雲上の丘(1305)→雷の丘(1315)→兎平(1325)→高峰温泉(1350) 

 
 先週、湯ノ丸山、烏帽子岳に登った。地蔵峠を挟んで対峙する篭ノ登山(かごのとやま)が気になる。調べてみると、篭ノ登山の標高は2200メートルを超えているものの、典型的なハイキングの山で、登るのは至って容易である。何しろ登山基地となる高峰温泉あるいは兎平がすでに標高2000メートルである。コースをいろいろ検討してみたが、格段おもしろいコースもない。秋の山野草を愛でながらのんびりと歩いてみよう。幸い今日は乾いた大陸の高気圧が張り出し、気温は低いが視界は良さそうである。
  
 5時半に家を出る。小諸インターで高速を降り、車坂峠に向かう。ヘアピンカーブを繰り返しながらグイグイ高度を上げると、やがて上方に大きな建物が見えてきた。峠に建つ高峰高原ホテルである。車坂峠は緩斜面が大きく広がる雄大なところで、冬季にはスキー場としてにぎわう。地蔵峠に通じる地道の湯ノ丸高峰林道を数分進むと、7時20分、目指す高峰温泉についた。道端には野菊が満開となっている。
 
 ここが篭ノ登山の東端の一峰・水ノ塔山(みずのとやま)への登山口である。篭ノ登山は三つのピーからなっている。今日はこのピークを水ノ塔山→東篭ノ登山→西篭ノ登山と完全縦走する計画である。ただし、その前に、反対側に聳える高峯山(たかみねやま)に準備体操代わりに登っておくつもりである。高峯山は田中澄江の「花の百名山」に選ばれている。
 
 道標に導かれて潅木と隈笹の中のしっかりした踏み跡を登る。朝露のため、ズボンと靴がすぐにびしょびしょとなり鬱陶しい。アキノキリンソウ、マツムシソウ、ヤマハハコ、野菊などの花が点々と見られる。林の中にはムシカリの木が目立つ。一瞬展望が開け、篭ノ登山が目の前に現れる。15分も進むと、高原ホテルからの道と合流して尾根道となった。点々と小規模なお花畑が続く。マツムシソウが多いが、すでに花の時期は終わりに近い。尾根の最も高いと思われる場所に達するが山頂標示はおろか目につくものは何もない。二万五千図を見ると、この地点は2109メートル標高点と神社記号が記されている。ただし、この先に2091.6メートルの三角点がある。登山道はさらにこの三角点に続いているようである。しばらく進むと、巨岩の積み重なった岩場に突き当たり、ここに山頂標示があった。最高地点ではなく三角点を山頂とする傾向がここでも見られる。西に展望が大きく開け、正面に三方ヶ峰(さんぽうがみね)のゆったりした山容が広がっている。山頂直下には高層湿原として有名な池ノ平も確認できる。岩場に座り、山々を眺めながら朝食のサンドイッチを頬張る。山頂のちょっと先の岩場に大きな剣と小さな祠が祀られている。摩利支天であろう。
 
 下山に掛かる。すぐに単独行の男性、続いて女性の4人連れとすれ違う。下りは早い。あっという間に元の地点に下り着いた。そのまま道標に導かれて水ノ塔山登山道にはいる。ちょうど70歳近い老女とその娘と思われる2人連れが登り始めるところであった。老女はダブルストックだが足下がおぼつかない。ほんとに登るのだろうか。登山道の両側にロープが張られた笹の中の切り開きを行く。点々とお花畑が続く。コケモモの赤い小さな実が目立つ。樹林の中をひとしきり登るとガレ場の縁にでた。「うぐいす展望台」との標示があるのでひと休みする。目の前に三方ヶ峰、東篭ノ登山が見える。期待通り、今日は視界がよく近くの山はくっきり見える。なんとあの老女が登ってきたではないか。意外に早いのに驚く。
 
 ちょっとした下りを経ると樹林は尽き、山頂まで一気のガレ場の登りとなった。展望が大きく開け東篭ノ登山から水ノ塔山へ続く篭ノ登山稜が眼前に立ちはだかる。幾筋もの大規模なガレが目につく。大石小石の積み重なった急斜面を登る。息が切れる。今日はあまり体調がよくない。山頂の人影が見える。もうひと息である。最後の急登を経ると、9時40分、ついに山頂に達した。山頂はすでに無人であった。北側は潅木の藪だが、南側のガレの縁に立つと大展望が得られる。正面に池ノ平を抱いた三方ヶ峰が緩やかなスカイラインを描き、右には足下から続く山稜の先に主峰・東篭ノ登山が高く聳えている。その右手奥には、今日初めて西篭ノ登山が姿を現した。目を大きく左に転じれば、特徴のない黒斑山(くろふやま)の山体が逆光の中に黒く浮かび、その背後に浅間山がわずかに顔を覗かせている。この水ノ塔山は二万五千図に山名の記載はないが、水ノ登山とも水の塔山とも記される。
 
 先の老女が山頂直下まで達したのを見届けて、東篭ノ登山に向け出発する。ここからは山稜の縦走である。とは云っても40〜50分、ワンピッチの距離である。ルートは南側に発達したガレを避け、いったん山稜の北側を下る。シャクナゲと露石の混じったいやな下りである。稜線に戻り痩せた山稜を辿る。左側はガレ場の絶壁、右側はシャクナゲを主体とした潅木の藪である。行く手に東篭ノ登山が高々とそびえ、頂には多くの人影が見える。三つほど小峰を越える。振り返ると越えてきた水ノ塔山が思いの外高く聳えている。岩陰にはイワインチンやマツムシソウが盛んに咲いている。2〜3のパーティとすれ違う。この稜線を辿るものは多くはなさそうである。最低鞍部に達し、樹林の中の登りとなる。濃紺のオヤマリンドウが目につく。林を抜けると岩屑の急斜面が山頂に向かって突き上げている。もうひと息である。
 
 10時35分、ついに篭ノ登山山稜の主峰・東篭ノ登山山頂に達した。累々と岩屑の積み重なった広々とした頂はまさに360度の大展望台である。西を眺めると、すぐ目の前に西篭ノ登山が足下から続く山稜の先に聳え、その背後には先週登った湯ノ丸山と烏帽子岳が今日初めて姿を現した。ガスが盛んに沸き、烏帽子岳をすぐに覆い隠す。南に目を向けると、眼下に兎平の大駐車場が見え、その背後にはどこが山頂ともつかない三方ヶ峰の緩やかな山稜が連なっている。目を大きく左に転じれば越えてきた水ノ塔山の右奥にどっしりした黒斑山が立ちふさがり、その背後にうっすらと煙を吐く浅間山の山頂部が顔を出している。北方眼下には北軽井沢の高原が広がっている。緑に染まっているのはキャベツ畑であろう。そのはるか奥に連なっているはずの上信越国境の山々は雲の中に消えて見えない。日が射し明るい山頂はにぎやかである。数十人の登山者が思い思いにお弁当を広げている。この山は下の兎平駐車場からわずか50分で登ってこられる。
 
 ここから西篭ノ登山を往復することになる。この頂より約15メートル低いのだが、見た目にはずっと高く見える。一峰を越え、潅木の急坂を鞍部に下る。所々に小規模なお花畑が広がる。石のごろごろした急斜面を一気に登り切ると西篭ノ登山山頂であった。東篭ノ登山からわずか15分である。わざわざここまでやってくるものは少なく、山頂は静である。南方に視界が開けている。岩に座り一人山々をぼんやりと見つめ続ける。昼近くなり、あちこちでガスが湧き出している。烏帽子岳はもう見えない。
 
 夫婦連れが登ってきたのを潮に山頂を辞す。帰り着いた東篭ノ登山は相変わらずにぎやかである。山頂から兎平を目指して一気に下る。石のガラガラ積み重なった急坂である。まだ続々と登ってくる。やがてコースは樹林の中の緩やかな道となる。小峰を越すと、すぐに兎平に下りついた。大きな駐車場、自然保護監視員事務所、ベンチやテーブルが設置されていて、多くのハイカーでにぎわっている。ここから車道を歩いて高峰温泉の愛車まで戻ることになる。しかし、せっかくなので池ノ平を見学し、ついでに背後の三方ヶ峰に登ってみよう。
 
 案内図と道標を確認して池ノ平への遊歩道を進む。ここからは登山者の世界ではない。ザックを背負っているものなどほとんどいない。人通りの多い遊歩道をゆるやかに10分ほど下っていくと、突然目の前に広大な草原が現れた。池ノ平湿原である。木道が設けられ、人々が三々五々と散策している。直径約1キロのほぼ円形のこの湿原は大昔に噴火した三方ヶ峰の古い火口である。長い間に埋まり泥炭層の高層湿原となった。貴重な植物が多いと聞くが、最近は乾燥化が激しいらしい。見た目には湿原というより草原の感じである。マツムシソウやアキノキリンソウがたくさん咲いている。ガスが掛かりだして草原は幻想的である。
 
 足早に湿原を横切り、道標に従い三方ヶ峰への道に入る。辺りはすっかりガスに覆われてしまった。道端には点々とお花畑が展開する。稜線上の何の変哲もない高まりが三方ヶ峰山頂であった。東篭ノ登山以来久しぶりにザックをおろす。一瞬ガスが切れ、目の前に池ノ平の湿原が広がりその背後に篭ノ登山が連なっている。絵になる風景である。山頂の西側は高さ2メートルほどの頑丈な金網の柵で仕切られている。柵の中の砂礫地がコマクサの群生地であるという。覗いてみると、すでに花はないがコマクサが点々と生えている。それにしてもこうまでしないと自生地を守れないとは悲しいことだ。監視員の腕章を巻いた人がやってきて「このコマクサは完全な自生ではなく、昔営林署の人が移植したものである」と説明している。
 
 稜線伝いに兎平に戻ることにする。いったん下って登ると「見晴岳」との標示のある裸地のピークに達する。地図上の2095メートル標高点ピークであり、三方ヶ峰より高い。右に90度曲がってさらに稜線を辿ると雲上の丘との標示のある顕著なピークに達した。二万五千図を読むとこの地点は2110メートルを超えており、三方ヶ峰山稜の最高地点である。立派な展望盤があり、視界がよければ遠く北アルプス北部の山々まで見えることがわかる。今日はガスが渦巻き隣の山も見えない。雷の丘との標示のある小峰を越え、さらに下山を続ける。続々と観光客とすれ違う。相変わらず道端はお花畑である。
 
 13時25分、兎平に戻った。あとは林道高峰湯ノ丸線をひたすら歩いて、高峰温泉の車に戻るだけだ。1時間も歩けば着くであろう。時折土煙を上げて車の通る林道を歩く。15分も歩くと、幸運なことにおばちゃんの運転する車に拾われた。

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