川苔山から本仁田山へ

若葉薫る奥多摩の縦走路

2001年6月3日


赤杭山付近より本仁田山を望む
 
古里駅(815)→尾根(835〜840)→川井分岐(910)→赤杭山(945〜1005)→エビ小屋山の肩(1045〜1055)→狼住所(1115)→曲ヶ谷ノ頭北峰(1125)→川苔山(1135〜1155)→鳩ノ巣分岐(1200〜1205)→舟井戸(1215)→大ダワ(1250〜1255)→コブタカ山(1310)→本仁田山(1330〜1345)→尾根を離れる地点(1405)→車道(1425)→奥多摩駅(1505) 

 
 季節はすでに6月、天気予報が梅雨入り前最後の晴天を告げている。どこか行きたいのだが適当な山がない。藪山はすでにシーズンオフである。この季節、静岡の山なら各種のウツギが花盛りなのだが。ニシキウツギ、ヤブウツギ、コゴメウツギ、ガクウツギ。それに比べ、関東の山はどういう訳か花が少 ない。妥協して奥多摩のハイキングコースを歩いてみることにする。この山域にはまだ登り残した山が多々ある。赤杭(あかくな)尾根から川苔山(かわのりやま)へ登り、本仁田山(ほにだやま)へ縦走してみよう。このコースなら未踏の赤杭山(あかくなやま)と本仁田山に登れる。川苔山は二度目だが、それでもじつに22年ぶりとなる。
 
 いつもの通り北鴻巣発5時24分の上り一番列車に乗る。青梅線は多くのハイカーで混雑していた。8時15分、古里(こり)駅着。十数人のハイカーが降りたが、青梅街道を西に向かったのは私一人であった。すでに高く昇った初夏の日が照りつけ暑いぐらいである。数分歩くと右に入る小道を道標が「赤杭尾根」と示している。青梅線を渡り、集落の中の恐ろしく急な道を登っていく。こんな急坂を毎日上り下りする生活は大変であろう。集落の上部で山道にはいる。沢沿いに杉檜林の中を緩やかに登る。鶯が盛んに鳴いている。
 
 沢の源頭をわずかに急登すると、尾根筋に登り着いた。一休みしていたら、数日間のテント縦走と思われる大きな荷を背負った単独行の若者が登ってきた。まだ20歳前だろう。雲取山辺りまで縦走するのだろうか。どうやら今日この尾根を登るのはこの若者と2人だけのようである。あれほどいたハイカーの群はいったいどこへ行ってしまったのだろう。先行した若者を抜き、杉檜林の尾根道を辿る。わずかに急登すると、コースはズマド山を左から巻きに掛かる。このトラバース道は崩壊 地が多くかなり悪い。斜面には点々とガクウツギ、コゴメウツギ、コアジサイの花が咲いている。尾根に戻るとそこが川井駅分岐であった。
 
 コースはすぐに尾根を右から巻きに掛かる。支尾根を越えるとすばらしい雑木林の道となった。クヌギやナラの若葉が実に美しい。道はほぼ平坦に続く。今日初めて右側に視界が開け、棒ノ嶺(ぼうのみね)から岩茸石山(いわたけいしやま)に続く稜線が寝ぼけた視界の中に続いている。尾根に戻り、植林の中を登っていくと、登山道はピークを右から巻きに掛かった。ただし、ひと筋の踏み跡がそのままピークに向かって登り上げている。何の標示もないが、おそらくこのピークが赤杭山だろう。地図によると登山道は山頂直下を巻いてしまっている。登山道を離れ、ピークに向かって直登する。判断は正しく、程なく三角点と山頂標示が立つ赤杭山山頂に達した。山頂部は樹林の中の広々とした平坦地で、展望は一切ない。登山道から外れているため、訪れる人は少なそうである。座り込んで握り飯を頬張る。ただし、すぐ近くで何やら工事が行われているようで重機の音が響き落ち着かない。
 
 山頂から緩く踏み跡を下ると、すぐに先程別れた登山道に合流した。今度は左側に展望が開けた。目の前にこれから訪れる本仁田山がどっしりと聳えている。なかなかの山容で、ついでに登る山ではなさそうである。その左手奥には大岳山(おおたけさん)から御前山(ごぜんやま)へ続く奥多摩の主稜線がうっすらと霞んでいる。さらに尾根を登る。やがて何ともすばらしいところに出た。尾根はゆったりとした高原状となり、カラマツの林が広がっている。若葉が目にしみる。案内書に桃ノ木平(もものきだいら)とあるところだろう。
 
 登山道は尾根を左から巻きながら緩く下りだした。「せっかく登ったのに」とぶつぶつ言いながら進むと、鞍部で尾根に戻り今度は右側から巻きだした。水平な巻き道をしばらく進むと、一転して尾根に向かっての急登となる。ふと上方を見あげと、なんと今朝ほどの大きなザックを背負った若者があえぎあえぎ登っているではないか。遙か後方にいるとばかり思っていたのでびっくりする。ゆっくりだが着実な歩みだ。赤杭山に寄っている間に抜かれたのだろう。追いつくと黙って道を譲る。初々しい顔だが、単独行者独特の孤高感を漂わせている。コースはすさまじい急登だが、周りはむせ返るような青葉の雑木林である。息を切らせて、エビ小屋ノ頭の北の肩に登り着いた。もう川苔山は近い。一休みする。
 
 ここから尾根は防火帯となったとみえ大きく切り開かれている。何段にもわたって急登が続く。振り向くと先ほどの若者が着実に後を追ってくる。華奢な身体であったが大したもんだ。道端にはマムシ草が多い。もう花は終わっているが、マムシが鎌首を持ち上げたような姿は不気味である。小さな鞍部に達すると道標があり、本仁田山へのルートが左に分かれる。ここが「狼住所(おおかみすんど)」と呼ばれるところだろう。尾根の切り開きは終わり、潅木の痩せ尾根となる。突然視界が開け、日向沢ノ峰(ひなたさわのうら)から川苔山に続く主稜線に飛び出した。曲ヶ谷(まがりがや)北峰である。稜線を左に緩やかに下っていく。前方に目指す川苔山のピークがこんもりと盛り上がっている。懐かしい道だ。22年前、当時6歳であった長女を連れて、日向沢ノ峰からこの道を辿った。鞍部に茶屋があるが、もう営業していない様子である。ここで鳩ノ巣への道が左に、百尋(ひゃくひろ)の滝・川苔林道への道が右に下っている。にわかに人が湧き出した。さすが奥多摩でも人気一、二を争う川苔山である。しかし、赤杭尾根コースは一般ハイカーに敬遠されたようである。
 
 すぐに山頂に達した。すでに20人ほどの登山者が思い思いに休んでいる。山頂は三角点を中心に小広く開けた裸地となっており、明らかにオーバーユースである。今日だけでも100人は登ってくるだろう。22年前にはあった櫓はすでになかった。私も山頂の一角に陣取るが、にぎやかな山頂は単独行者にはどうもいづらい。西側に大きく展望が開けており、正面に雲取山が見えている。ただし、空に溶け入るほどに霞み、カメラを向けても焦点さえ合わない。その左には鷹ノ巣山、右には長沢背稜(ながさわはいりょう)の山々が同じく霞んでいる。休んでいる間にも続々と登山者がやってくるが、いずれも中老年者で若者の姿はない。しばらくすると、あの若者がやってきた。しばし居場所を探した後、私の近くに陣取った。親しみも感じ、気にもなる存在なので見つめていたら、なんとなんと、女性ではないか。帽子を目深にかぶっていたので今まで気が付かなかった。
 
 山頂を辞し、本仁田山に向かう。茶屋まで下り地図を再確認する。「本仁田山」の記載はないが、道標が「鳩ノ巣」と示す道でよいはずである。川苔山周辺は実に道が複雑に入り組んでいる。滑りやすい急坂を下る。登山者と多くすれ違う。小沢を横切り、緩やかに下ると、「舟井戸(ふないど)」と呼ばれるゆったりした地形の場所に出る。新緑の雑木林の中にオレンジ色のヤマツツジが満開の花を咲かせている。
 
 明確な尾根筋が現れコースは二分する。道標が左に下る道を「鳩ノ巣」、尾根に登り上げていく弱い踏み跡を「本仁田山」と示している。いよいよ本仁田山へ向かっての縦走開始である。この尾根は鋸尾根(のこぎりおね)と呼ばれ、なかなか厳しいと聞く。岩場に達すると展望が開け、行く手に本仁田山が望まれる。左手には大岳山から御前山への稜線がそれこそ消え入るように続いている。岩場の急な下りはなかなか厳しい。やはり中老年の登山者はこのコースを敬遠するのだろう。鋸尾根に入ってから誰とも会わない。今日は登りも下りも静かなコースで幸運である。三つ目の岩峰に達する。痩せた急峻な岩稜が遙か下の鞍部に向かって一気に切れ落ちている。相当な下りである。前方には目指す本仁田山が独立峰のごとくそびえ立っている。鞍部からの登り返しにかなりのアルバイトが予想される。下りきるとそこが大ダワであった。小さな鞍部でまだ真新しい小さな石の祠が鎮座している。よく踏まれた道が乗越しており、道標が左を鳩ノ巣、右をウスバ乗越と示している。一休みする。
 
 いよいよ本仁田山への登りである。覚悟を決めて樹林の中を進む。ひと登りで瘤高山(こぶたかやま)と呼ばれる小峰に達する。再び左に展望が開け、目の前に今朝登ってきた赤杭尾根が全貌をさらしている。赤杭山は尾根上の平坦な高まりで、山と呼ぶほどのピークではない。山頂直下まで山肌が削り取られている。今朝ほど気配を感じた工事はこれだろう。左に鳩ノ巣への道を再び分け、コースは右に90度曲がる。しばらく平坦な尾根を辿り、最後の急登に入る。瘤高山以降点々と登山者にすれ違う。時間からして本仁田山のみを目指した登山者であろう。上方から微かに人声が聞こえる。山頂は近そうである。左に大きく曲がってひと登りすると待望の山頂に飛び出した。
 
 山頂は意外と狭い。ベンチと壊れかけた小屋があり、7〜8人の登山者が休んでいた。東に展望が開け、午後の深まりの中すっかり寝ぼけた山並みが、うっすらと浮かんでいる。視界がよければ都心の高層ビルが見えるとのことだが。本仁田山の山名は、鹿や猪が体をこすり付ける湿地帯を意味する「ニタ」に由来する。「ヌタ」とも云われる。同種の地名として近くには大仁田山もある。
 
 いよいよ下山に掛かる。大休場(おおやすんば)尾根を南に下る。深い樹林の中の岩の多い急な尾根である。足に任せて走るように下る。先行者をどんどん追い越す。私の足もまだ衰えていない。やがてコースは尾根を離れ、右側の急斜面を一気に下り出す。登りにこのコースをとることを考えると戦慄を覚えるほどの急な下りがどこまでも続く。いい加減足に疲れを覚えた頃、ようやく一軒家の脇を抜けて車道に降り立った。無事の下山である。登山道入り口には「熊出没注意、鈴等音の出るものを持参するように」との看板が立てられていた。まだ熊が生息しているとは喜ばしいことである。通る車とてない車道をのんびりと奥多摩駅を目指す。ヤマカガシの子供があわてて逃げ出す。たどり着いた奥多摩駅は多くのハイカーで混雑していた。

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