金時山から明星ヶ岳へ

ニシキウツギ、ヤマボウシが咲き乱れる縦走路

1995年6月25日


ヤマボウシの花
 
乙女峠入口(800〜805)→乙女峠(825〜830)→長尾山(850)→金時山(920〜935)→矢倉峠(1015)→火打石岳(1120〜1135)→明神ヶ岳(1225〜1230)→宮城野分岐(1310)→明星ヶ岳(1340〜1350)→車道(1435)→塔の峰(1455〜1510)→阿弥陀寺(1530)→湯本駅(1545)

 
 箱根と聞くと温泉と行楽地のイメ−ジで登山の対象としては興味がなかった。しかし、昨年秋、社内旅行の際に仙石から仰ぎ見た金時山はなかなかのもので、一度は登ってみてもいいと思った。河西哲郎氏の「静岡 花の百山」を見ていたら、6月から7月に掛けてには金時山の斜面にヤマボウシの白い花がたくさん咲くという。にわかに金時山に行ってみる気になった。しかし、金時山だけでは如何にも物足りない。地図を見ると、金時山から明神ヶ岳、明星ヶ岳、塔ノ峰と外輪山の稜線が長々と続いている。この稜線を時間と体力が許すかぎり辿ってみるのがおもしろい。

 静岡6時4分発の列車に乗る。今日の天気予報は「晴れ時々曇り、夕方前から雨」であり、言わば梅雨の晴間である。御殿場着7時40分。すぐにタクシ−で乙女峠に向かう。晴れているような曇っているような空模様で、梅雨時特有の重く濁った空気が立ち込め、目の前にそそり立っているはずの富士山も愛鷹山もまったくその姿は見えない。タクシ−代は2610円であった。

 ちょうど8時、乙女峠登山口であるトンネルの入口に着く。登山者のものと思える車が4台ほど止まっていたが、付近に人影はなかった。Tシャツ一枚になって登山を開始する。手入れの悪い杉檜の植林の中を登っていく。石のゴロゴロした歩きにくい道であるが、さすが箱根のハイキングコ−スだけに、登山道は確りしている。所々にコアジサイの花が見られる。空沢を横切り、20分ほどで乙女峠に達した。茶店があり、すでに2〜3パ−ティが休んでいる。この峠は日本三大富士見峠といわれるが、今日は一切の展望が濁った空気の中に隠されてしまっている。眼下に仙石の家並が微かに見えるだけである。

 小休止の後、金時山を目指す。いきなり、裸地のものすごい急登である。足元に赤と白のラッパ状の落花がまるでじゅうたんを敷き占めたようにどこまでも続いている。ニシキウツギの花である。すさまじいほどの群生である。所々に煉瓦色のレンゲツツジも咲いている。しかし目指すヤマボウシの花が現われない。ニシキウツギの落花を踏んで急登に耐える。20分ほどで、平らな裸地が広がった長尾山に達した。ここからは気持ちのよい自然林の尾根道となった。アセビが目立つようになり、山毛欅、ヒメシャラ、ミズナラなどの木々の若葉が美しい。その中に、所々ニシキウツギの花が彩取りを添える。尾根は痩せ、ハイキングコ−スとしてはややきつい岩場が何か所か現われる。何組かの下山パ−ティと擦れ違う。早朝に仙石から登ったのだろう。それにしてもヤマボウシの花はどこへ行ってしまったのだろう。行く手に金時山がガスの中に霞んでいる。

 9時20分、日本三百名山の一つ金時山山頂に達した。山頂は大きな岩が折り重なっており、展望が大きく開けている。しかし、今日は微かに仙石の家並と芦ノ湖が見える程度で、富士山はおろか、駒ヶ岳を始めとする箱根の山さえも見えない。茶店が二軒あるが、金時娘で有名な金時茶屋は閉まっていた。設置されたベンチとテ−ブルでは数組の登山者がお弁当を広げている。私も昨夜一生懸命作ったおむすびを頬張る。坂田金時は実在の人物であるが、「金」の字の腹掛けをかけて熊とこの山で相撲を取ったというのはどこから生じた伝説なのだろうか。なんとも楽しい物語である。

 矢倉峠に向け下山に掛かる。灌木の中の急坂である。ついに目指すヤマボウシの花にであった。白い十字の大きな花が樹木一杯に咲いている。枝から上に向かって花をつけているので木の下から見ると葉に隠されて目立たない。登りでは見つけられなかったのはこのためだろう。相変わらずニシキウツギの花も多い。その他いろいろな花が咲いている。コゴメウツギの白いかわいらしい花、煙るようなシモツケ草の薄紫の花、ガマズミの細かな白い花、サラサドウダンも見られる。今日は展望は駄目だが、代わりに野の花が美しい。多くの登山者がどんどん登ってくる。仙石から矢倉峠を経て登るこの道が金時山のメイン登山道である。金時神社への道を右に分けると植生が一変した。樹木は消え、斜面一面が低いハコネタケの密生となる。明るい道をどんどん下っていくと矢倉峠に達した。ハコネタケの中の緩やかな鞍部で、茶店があるが閉まっていた。

 仙石への道を見送り、明神ヶ岳への縦走路に踏み込む。途端に一切の人声が消えた。見渡す限りハコネタケの密生地帯であり、樹木はまったくない。その中を一筋の切り開きがうねりながら登っていく。道の切り開きは確りなされているが、ハコネタケは3メ−トルほどもあり、両脇から道に垂れ下がってかきわけるのが鬱陶しい。緩やかな上り下りが続くが、どこまで行ってもハコネタケのトンネルであり、休む場所とてない。所々夏草が道を覆い隠す。いい加減に嫌になる頃、ようやく植生が変わり、灌木地帯となる。到る所にニシキウツギとヤマボウシが咲いている。ヤマボウシの花は純白と聞いていたが、多くは花は縁がほんのりとピンク色であり、ベニヤマボウシと思える。純白のヤマボウシも希にはある。尾根を左から巻くようになり、沢を二本ほど横切る。矢倉峠以来初めて2パ−ティと擦れ違う。火打石岳の肩に達した。踏み跡はないが、せっかくなので薄の藪をかきわけて山頂まで行ってみた。山頂は茅とと灌木が茂り三角点も見つからなかった。茅とで腕には小さな切傷が無数できるし、つまらない行為であった。

 ここからすばらしい草原状の道となった。ヤマボウシとニシキウツギの花がどこまでも続き、足元にはシモツケ草のミニチュア細工のような赤紫の花が群生している。夏椿の白い花も見える。ちょっとした急登を経ると、明神ヶ岳に続く緩やかな山稜の道となる。道の両側はどこまでも背の低いニシキウツギの群生である。これで展望さえよければ言うことはないのであるが。いくつかの崩壊地を見て、反射板のあるピ−クを巻くと急に人影が濃くなる。子供の声が聞こえてきて明神ヶ岳山頂に達した。

 山頂は広々とした裸地で、展望盤が真中に設置されている。空気の澄んだ冬ならばさぞかしすばらしい展望であろう。ちょうどガスが上がってきて、一切を乳白色の膜の中に覆い隠してしまった。幾組もの登山者が楽しそうにお弁当を広げている。単独行者は身の置き所もなく、隅のほうでおむすびを頬張る。今日はまだ先が長い。早々に明星ヶ岳に向け出発する。大雄山最乗寺への道を左に分け、緩やかに下っていく。縦走路に入ると再び人影は薄くなった。相変わらずニシキウツギの花が続く。もったいないほど、どんどん下る。宮城野分岐を過ぎると緩やかな登りとなった。アザミの花が目立つ。女性二人組を追い抜く。「ずいぶん早いですね」というので、「若いですから」と答えると笑っていた。

 13時40分、ようやく明星ヶ岳山頂に達した。雑木の中のわずかな切り開きの中で、展望は一切ない。箱根御嶽山の碑と小さな祠がある。雨の降りだす予報もあり、ここから下ろうかとも考えたが、よい道がさらに塔ノ峰に向かって続いているので頑張ってみることにした。平凡な雑木の中の道となる。シモツケ草がどこまでも咲いている。ニシキウツギの花は姿を消すが、ヤマボウシの花はまだ時々現われる。小さなピ−クをいくつも越えながら次第に高度を下げると、ものすごい急な下りとなる。送電線鉄塔を過ぎると立派な車道に飛び出した。

 車道を15分も進み、塔ノ峰への登山道に入る。薄暗い植林の中で、もう花は一切見られない。さすがにここまで来ると疲れを覚え、緩やかな登りなのだが苦しい。14時55分、今日最後のピ−クである塔ノ峰山頂に達した。薄暗い樹林の中で、誰もいない。稜線上の道はさらに水之尾集落に続いているが、今日はここまで。箱根湯本に下ることにする。空はいつのまにか厚い雲に覆われ、樹林の中はかなり暗い。どんどん下って阿弥陀寺に達する。境内は色取り取りの紫陽花の花が咲き誇っていた。参道を下り、15時45分、行楽客でごった返す箱根湯本駅に達した。

 今日は展望はまったく利かなかったが、野の花がすばらしかった。特に、ニシキウツギ、ヤマボウシ、シモツケ草が至るところに群生しており、箱根の山のすばらしさを改めて知った。よい一日であった。

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