前日光 古峰ヶ原高原

日光修験の故郷を訪ねて

2002年10月6日


 三枚石
 
古峯神社 (650〜700)→三枚石新道入口(705)→巨岩(800〜805)→巻き道(820)→三枚石(845〜900)→方塞山(920〜925)→横根山(1005〜1025)→井戸湿原(1040)→象の鼻(1105〜1110)→ハイランドロッジ(1140)→方塞山との鞍部(1145)→方塞山(1205〜1215)→三枚石(1230)→古峰湿原(1255〜1310)→へつり地蔵(1330)→地蔵岳分岐(1355)→古峯神社(1405)

 
 栃木県鹿沼市の奥、大芦川源流部は日光修験の故郷である。日光修験は男体山 を開山した勝道上人を祖とする。彼らは大芦川奥の古峯神社を本拠地とし、周囲の山々で修行をしたのち、禅頂行者道を回峰して日光中禅寺湖畔に向かった。昨年の秋、紅葉真っ盛りの中、禅頂行者道を縦走した。今日は、日光修験の故郷・古峰ヶ原高原を歩いて見るつもりである。
 

 古峰ヶ原高原は大芦川源流部に大きく盛り上がった標高1000〜1300メートルの高原状の山塊である。三枚石などの修験の聖地が点在し、また、方塞山、横根山等のピークや井戸湿原、古峰ヶ原湿原などの高層湿原を持つ。また一方、南西面には前日光牧場が大きく広がり、行楽や軽いピクニックの対象として人気がある。しかし、古峰神社の座す北東面から登るとなると完全な登山である。

 夜明け前の5時5分、車で出発する。鹿沼インターで高速道路を降り、大芦川沿いの道を奥へ進む。116キロ、1時間45分走って、目指す古峯神社に到着した。数百台の駐車が可能な広大な無料駐車場はガランとしていて、私が最初の一台であった。支度を整え、車道を奥へ進む。天気は下り坂で、夜には雨になるという。空には薄雲が広がり、周囲の山々はモヤに煙っている。展望は期待できそうもない。5分ほどで三枚石新道登山口に達する。この登山口は昨年、禅頂行者道を下ってきたとき確認しておいた。
 
 小さな尾根を乗越し、沢を飛び石に渡り、三枚石より派生する急峻な支尾根に取り付く。案内書によると、この三枚石新道は恐ろしく急なこともあり、一般向けではないとある。また、登りに採るべきではないともある。登り初めは比較的穏やかだったが、すぐに激しい急登となった。もとより覚悟の上である。調子さえよければ、一気に高度を稼ぐ急登はむしろ歓迎である。周りはうっすらと紅葉した雑木林で気持ちがよい。踏み跡は意外にしっかりしている。人の気配さえしない静寂の尾根をグイグイと登っていく。久しぶりの山行きだが調子は上々である。
 
 約1時間登り、巨岩の積み重なった場所でひと休みする。腹が減ったが三枚石まで我慢しよう。朝から何も食べずに登っている。ますます急となった尾根をひたすら登る。踏み跡は所々不明となるが、テープがルートを示してくれる。主稜線までもう一息と思われる頃、ルートは尾根を外れ左に緩やかに斜行を始める。すると景色が一変し、まるで夢のようなすばらしい世界が現れた。うっすらと紅葉した雑木林の中に苔むした巨石が点在する。その間を縫って幾筋ものせせらぎが心地よい水音を奏でながら緩やかに流れる。あまりのすばらしさに、ただうっとりして歩をゆるめる。
 
 夢の林を抜け、潅木の道を緩やかに進むと、ついに三枚石に到着した。主稜線に登り着いたのである。三枚石は修験者たちの修行地の一つである。名前の通り、蒲団を重ねたように三枚の巨岩が積み重なっている。傍らには社殿が建ち、周囲には各種の石仏、石神が立ち並んでいる。前面は芝生の広場となっていて、ベンチとテーブルが設置されているので腰を下ろして朝食とする。誰もいない。静寂だけがあたりを支配している。
 
 三枚石は古峰ヶ原高原のちょうど真ん中に位置する。案内書は、ここから稜線を北の端・古峰ヶ原峠まで縦走して古峯神社に下る一周コースを示している。しかし、私は、南の端・井戸湿原まで往復したのち、古峰ヶ原峠に向かうつもりである。道標が「金剛水 20メートル」と示しているので行ってみる。巨岩の下から水がこんこんと湧き出していた。見違えるほどしっかりした、小道とも云える縦走路を南に向かう。関東ふれあいの道との標示がなされている。周りはツツジを中心とした潅木の林で、つつじ平との標示がある。やがて雑木林の中の道に変わり、小さな上下を繰り返す。丸太で階段整備されているので実に歩きにくい。
 
 三枚石から15分ほどで方塞山に達した。しかし、がっかりである。山頂の一角に巨大な電波塔が建ち雰囲気を台なしにしている。今日初めての視界が南方に開け、濁った空気の中に、横根山山稜の連なりが霞んでいる。特徴のない山並みで、どのピークが横根山かも特定できない。足下から横根山に続く稜線の右側斜面には広大な牧場が広がっており、その中を山腹を巻きながら続いてきた車道が走っている。その先には大きな建物が見える。行楽の中心となるハイランドロッジである。
 
 小休止後、鞍部に向かって下る。初めは雑木林の中だが、すぐに牧場の鉄条網に沿った道となる。牛がのんびりと草を食んでいる。薄日が射してきて暖かい。振り返ると、越えてきた方塞山が意外に大きな山容でゆったりとそびえ立っている。2、3ピークを越え、牧場と離れて横根山の登りにはいる。3人ずれ、続いて2人連れとすれ違う。今日初めて出会うハイカーである。いずれも手ぶらに近い軽装であり、この辺りの散策のようだ。
 
 急斜面を一気に登り切ると横根山山頂に達した。誰もいない。山頂の一角には四阿が建ち、北から西に展望が開けている。案内書には日光、足尾の山々が一望とあるが、今日は目の前の方塞山がぼんやりと見えるだけである。握り飯を頬張っていたら女二人連れが登ってきて、道を聞くのだが、どこへ行きたいのかさっぱりわからず閉口する。道標に従い、井戸湿原への道を下る。アンテナの立つピークを越え、樹林の中を下っていくと、金網の塀に阻まれた。湿原に鹿の進入を防ぐためとの説明がある。指示書に従い、戸を開け、そして閉める。すぐに湿原に降り立った。思いのほか小さな湿原で、花も咲いておらず見るべきものは何もない。周囲に多くのハイカーが湧き出した。ハイランドロッジまで車でやってきた人たちだろう。
 
 ここから三枚石まで戻ることになる。同じ道を戻るのもつまらないので、象の鼻ハイランドロッジ経由で戻ることにする。象の鼻とは横根山山稜の南西の端にある小ピークで、展望台になっている。山稜を登り返す。続々と井戸湿原に向かうハイカーの群とすれ違う。仏岩との標示のある大岩を過ぎ、目指す展望台に達した。備え付けの展望図によると、眼前には日光、足尾の山々の大展望が広がっているはずなのだが、今日見えるのは隣の方塞山だけである。傍らには、名前の由来となった象の鼻に似た大岩がある。牧場の中の道をのんびり歩き、ハイランドロッジに達する。牧場の中の施設であり、牛乳ぐらい飲ましてくれると思ったが、完全に観光宿泊施設で牧場とは関係ない様子であった。周りは多くの車で混雑している。寄るべきところではない。
 
 車道を少し下り、方塞山との鞍部から稜線上の登山道に戻る。山頂に再び登り上げ、ひと休みしていたらキノコ採りの3人連れがやってきた。三枚石まで戻りつき、そのまま稜線を北に向かう。少し下ると、樹林の中に大石が点在する場所があり天狗の庭との標示がある。樹林の中の尾根道をどんどん下る。幼稚園児の手を引き、2〜3歳児を背負った父親を抜く。ハイキングコースとはいえ大変だろう。登山道をまたぐ銀色の鳥居をくぐり、なおも下る。何の変哲もない平凡な尾根道である。アベックを抜き、再たび銀色の鳥居をくぐると、そこが目指す古峰ヶ原峠であった。古峰ヶ原高原の北の端である。四阿があり、多くのハイカーが休んでいる。目の前には小さな古峰ヶ原湿原があるが立入禁止であった。古峯神社から続いてきた立派な車道がこの地点まで達しており、さらに先へと工事が進められている。
 
 いよいよ下山である。道標に従い、登山道にはいる。すぐに、恐ろしく荒れた、オフロード車でも通行不能な林道に降り立つ。所々ショートカットをまじえながら、林道を下る。道は水流でえぐれ、石がゴロゴロしていて何とも歩きにくい。へつり地蔵を過ぎるとすぐに、峠に登り上げていた立派な車道にでた。通る車もない車道を足早に下る。昨年下ってきた地蔵岳からの下山道を合わせ、今朝取り付いた三枚石新道登山口を過ぎ、14時、愛車の待つ古峯神社駐車場に辿りついた。無事の下山である。
 
 そのまま古峯神社に赴く。日光修験の本拠地たるこの神社を素通りするわけには行かない。門前には数件の土産物屋が並んでいる。大きな鳥居をくぐり、大芦川を渡って参道を奥へ進む。歴史と格式を感じる大きな神社である。石段を登り、右手高みにある本殿に達する。総茅葺き屋根の古色然とした、いかにも神の座す場所にふさわしい大きな建物である。拝殿は小さな祠であった。この神社の祭神は日本武尊であるが、むしろ眷属としての天狗が有名である。山伏は天狗に擬せられる。互いに超能力を持って山野を疾走する。勝道上人はこの古峯神社で修行を積んだ。以降、この神社は日光修験の本拠地であり続けた。天狗はまさにこの神社のシンボルとしてふさわしい。神社の奥には広大な庭園を持つ古峰園がある。
 
 古峯神社参拝をもって、日光修験の故郷を尋ねる山旅も終了である。   

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