三国山から石割山へ

フジアザミ、マツムシ草咲く山稜を長駆縦走

1995年9月30日


フジアザミ
 
籠坂峠(630〜635)→アザミ平(710〜720)→立山三角点(740〜755)→アザミ平(810)→大洞山(835〜845)→三国山(935〜950)→三国峠(1000)→鉄砲木ノ頭(1025〜1030)→切通峠(1110〜1130)→高指山(1200〜1220)→バラシマ峠(1225)→菰釣山分岐(1310)→大棚ノ頭(1315)→山伏峠→御正体山分岐(1400〜1405)→石割山(1505〜1515)→平野集落(1610〜1615)→旭ヶ丘集落(1655〜1715)→籠坂峠(1740)

 
 9月は登山にとって魅力のない月である。花は少ないし紅葉にはまだ間がある。そのくせ夏草はまだ深く藪山も歩けない。おまけに秋雨前線が掛かり天気はすっきりしない。毎年この季節になるとどこの山に行こうか考え込んでしまう。

 河西哲郎氏の「静岡 花の百山」を拾い読みしていたら、籠坂峠から三国峠にかけての山稜にフジアザミとマツムシ草がちょうど今頃花盛りとある。このコ−スならよく整備されたハイキングコ−スであり、藪もなくのんびりと山稜散歩ができるだろう。甲駿相の三国境に位置する三国山は静岡百山にも選ばれており、一度は登っておきたい山でもある。籠坂峠から三国峠まででは一日の行程として如何にも物足りないので山稜をさらに辿り、山伏峠を経て御正体山稜の石割山まで行ってみよう。

 朝5時10分、車で出発する。御殿場より国道138号線を走って6時半、籠坂峠着。峠の右手にある村営公園墓地に車を止める。この籠坂峠は古代からの交通の要所で、都から甲斐の国に至る官道がこの峠を越えていた。今日の天気予報は曇り。空は厚い雲に覆われ、一日展望は期待できそうもない。「三国山ハイキングコ−ス」の道標にしたがって登山道に入る。すばらしい雰囲気を持った道である。山毛欅、楓、ミズナラなどの広葉樹のトンネルの中を3〜4メ−トル幅の小道が続いている。下地は火山性の黒い砂礫で少々歩きにくい。このような下地のせいであろうか、木々はいずれも背が低く大木はない。道端にはトリカブトの紫の花や、白いノコン菊の花が咲いている。トリカブトは今まで高山植物と思っていたが、こんな低山にもたくさんあることを初めて知る。人の気配のまったくない静かな小道を緩やかに登っていく。なんとも気持ちがよい。何本か右に踏み跡が分かれるが道標はない。やがて林が切れてアザミ平に達した。ここに、お目当てのフジアザミが群生している。日本に生えるアザミの中で最も大型の種であるこのアザミは見るからにごつい。砂の荒れ地にしがみつくよう紫の花をつけてたくましく生えている。

 道標はないが、角取山へ続くと思える細い踏み跡が右に分かれている。往復してみることにする。入口は夏草が覆いうっとうしいが、すぐに林の中の踏み跡となる。案内書に畑尾山とある高みを越えると、ヒメシャラが目につく。角取山と思える緩やかな林の中の平頂に達するが何の標示もない。踏み跡は左に90度曲がり緩やかに下りだす。地図を見ると、この先に1308.6メ−トルの三角点があるので、そこまで行ってみることにする。5分ほど緩やかに下っていくと目指す三角点があった。この三角点の名称は「立山」であり、案内書によっては角取山を立山としている。附近は林が切れて小さなお花畑となっていて、正面には大きな富士山が見える。お花畑に、何とマツムシ草が群生していた。マツムシ草は私の大好きな花の一つだ。紫色の八重の花がなんともいえない気品を備えている。この花を初めて知ったのは、20年以上も昔、赤石岳のお花畑であった。以来、南アルプスのお花畑で何度もこの花にであってきたが、このような低山に咲いているのは初めて見る。トリカブトや白いウメバチ草の花も咲いている。寄り道をしてここまで来た甲斐があった。

 アザミ平まで戻りハイキングコ−スを進む。点々とお花畑が現われる。フジアザミ、マツムシ草がたくさん咲いている。ちょっとバランスが崩れれば崩壊地となってしまいそうな砂礫地で、このためかテ−プが張られ保護されている。再び林の中には入り緩やかに登ると1366メ−トル峰に達し、左に90度曲がる。案内書によってはこのピ−クを角取山としている。どこまでも楓や山毛欅、ミズナラの林が続く。「角取神社奥の院入り口」の標示のある踏み跡を右に分けると、すぐに大洞山に達した。林の中で展望はまったくない。この1383.5メ−トル峰は二万五千図でも大洞山となっているが、三角点名称は「角取山」である。この辺りはどうも山名に混乱が見られる。

 山中湖への踏み跡を左に分けて次の1353メ−トル峰に達する。案内書には楢ノ木山とあるが、山頂標示は何もない。右に90度曲がって、ほとんど上下のない山稜をのんびりと進む。相変わらずトリカブトの花が目立つ。中年の単独行者と擦れ違う。今日初めて見る人影である。微かな踏み跡が山稜を乗っ越している。何の標示もないがズナ坂峠と思える。この峠道は籠坂峠の間道として古くから利用されていたという。わずかに登ると三国山山頂に達した。ここは駿河、甲斐、相模の三国境である。三国名を刻んだ山頂標石がある山頂は樹林の中で展望は一切ない。静かな頂である。麓にある富士スピ−ドウェ−からのエンジン音が微かに聞こえる。

 この山頂でル−トは二分する。まっすぐ進む駿相国境稜線上の道は明神峠を経て不老山に続く。私は北に90度折れて、甲相国境稜線を三国峠に向かう。樹林の中の少し急な下りを10分も進むと、車道の乗っ越す三国峠に達した。十数人の若い男女がたむろしている。ここまで車で来たようである。そのまま通過して鉄砲木ノ頭への登りに入ると、後を追うように彼らが続いてきたので、ひと休みして先に行かせる。周りの雰囲気がすっかり変わり、萱とを中心とした雑草の茂る明るい道である。この鉄砲木ノ頭の西南面は樹木がなく剥げ山となっている。到る所山肌は雨水に浸食され、深い溝が刻まれている。樹木を伐採すると、山が如何に荒れるかの見本である。振り返ると、辿ってきた楢ノ木山から三国山に続くほぼ平坦な山稜が盛り上がっている。樹木がないだけ花が多い。トリカブト、ヨメナ、ツリガネニンジン、ミズヒキなどの野の花が盛んに咲いている。急登を経ると山頂に達した。地肌剥き出しの大きな広場となっており、真中に山中諏訪神社の社がある。樹木がないだけに展望がすばらしい。眼下に山中湖が広がり、その背後に富士山が大きく立ちはだかっている。まさに絵葉書の景色である。背後には一目でそれとわかる御正体山が霞んでいる。今日は雲が厚く視界がよくないが、冬晴れの日に来たらさぞかしすばらしいであろう。

 さきほどの十数人が山頂にたむろしているので、写真を撮っただけで早々に出発する。ハイキングコ−スはここからパノラマ台を経て山中湖に下るが、私は切通峠に続く縦走路を辿る。今までの確りした道が嘘のように藪道となった。道型は確りしているが、両側から道を覆う夏草や笹がうるさい。さらに蜘蛛の巣が張りめぐされ、なんとも鬱陶しい。ヘキヘキしながら進む。一峰を越えるとようやく藪は消えて林の中の道となった。稜線を左から巻き気味に下ると切通峠に達した。名前の通り狭い切り通しとなっていて小道が乗っ越している。

 藪っぽい雑木林の道を進む。相変わらずトリカブトと野菊の花が道端に咲いている。一峰を越えて緩く登ると突然テ−ブルと朽ちた案内板が現われた。地図を見て、ここからは東海自然歩道であることを知る。山中湖へ下る自然歩道は夏草が繁茂し、だいぶ荒れている気配である。高指山への本格的登りとなる。萱ととアザミの入り混じったひどい藪道である。もううんざりである。東海自然歩道ならもう少し整備してもらいたい。ちょうど正午、高指山山頂に達した。樹林のない雑草に覆われた山だけに展望はすばらしい。正面に相変わらず富士山がそびえている。山中湖畔のテニス場からの人声がよく聞こえる。

 こんな藪道の縦走はもう止めたいのだが、ここまで来たら進むしかない。バラシマ峠に向け下る。藪はさらにひどくなり、足元も見えない。泣きたい心境である。峠を過ぎると林の中の道となり、ようやく藪から開放された。ただし、相変わらず蜘蛛の巣には悩まされる。東海自然歩道のため、所々に朽ちたテ−ブルがある。いくつかのピ−クを越え、単調な尾根道を進む。送電線鉄塔を過ぎるとナイフリッジとなり鎖場が現われた。さらに進むと大棚ノ頭の南の肩で菰釣山分岐となった。ちょうど菰釣山方面から中年の女性三人パ−ティが到着した。私以外に登山者がいたことに勇気づけられる。

 道標は右からピ−クを巻く道を「菰釣山」、左から巻く道を「山中湖ホテル」と示している。さらに標示はないがピ−クに登る踏み跡がある。目指す山伏峠へはどの道を行くべきか判断に迷う。ピ−クに登る踏み跡を辿ってみる。急登5分で樹林の中の大棚ノ頭山頂に達したが踏み跡はここまでであった。分岐に戻って、左の道を進む。道は大棚ノ頭を巻き終わると稜線に戻り、山伏峠に向け下り出した。正規のル−トである。鉄塔があり視界が開ける。眼下に山伏峠をトンネルで貫く国道413号線が見え、その背後に御正体山から石割山に続く山稜が見える。何本かの確りした道が左側に下っているが、いずれも道標はない。忠実に稜線を辿って最低鞍部の山伏峠て思える地点に達するが何の標示もない。意外な感じがする。登りに入ると、踏み跡は次第に細まり、またもや藪道となる。アザミが多くズボンの上からでも痛い。藪をかきわけ御正体山稜へ遮二無二急登する。上から5人パ−ティが下ってきた。2〜3小ピ−クを越えてさらに急登すると、ぽんと御正体山分岐に飛び出した。やれやれである。

 ここから石割山までは十数年前に辿った道である。その時は道坂峠から御正体山を越えて石割峠まで縦走した。小休止後、今日最後の行程に出発する。山毛欅、楓を中心とした灌木の中の確りした道であるが、相変わらず蜘蛛の巣が顔に掛かる。道端にはトリカブトの花が目立つ。一峰を越えると見覚えのある大崩壊地に達した。昔は崩壊の縁を恐々通った記憶があるが、今は確りとル−トが整備されている。1446メ−トル峰への長い登りに掛かる。ここまで来るといい加減疲れを覚える。15時5分、ついに最後の目的地・石割山に到着した。懐かしい山頂である。視界が大きく開け、目の前に大きな大きな富士山がそびえ立っている。誰もいない。富士山を眺めながら、残ったお結びを頬張る。

 山中湖に向かって一気に下る。隈笹の中の深く掘られたものすごい急坂である。所々ザイルが張られている。八合目の石割神社に達する。二つに割れた大きな岩が御神体となっていて岩の間を潜るとご利益があるとのことなので試してみる。ここからは緩やかな広々とした道となった。参道として確り整備されている。真新しい休憩舎を過ぎると、何と、石段が一直線に遙か下まで続いているではないか。昔とすっかり様変わりしている。この数百段の石段下りはかなり足に来る。ようやく下り終えて立派な車道を辿る。昔は林の中の小道が平野集落まで続いていたのだが。

 4時10分、ついに平野のバス停に達した。旭ヶ丘へのバスは4時52分、待つのもわずらわしいので歩くことにする。夕闇迫る湖畔をひたすら歩く。約40分歩いて、バスとほぼ同時に旭ヶ丘に着いた。籠坂峠へのバスは8分待ち、グッドタイミングである。ところが定刻を10分過ぎてもバスが来ない。苛々する。ヤケッパチで峠まで歩いてしまうことにする。30分も歩けば着くはずだ。すっかり暗くなった国道138号線を歩く。さすがに足の裏が痛い。すっかり暗くなった17時40分、ついに籠坂峠の愛車に辿り着いた。何と11時間にわたる行動がようやく終了した。

 籠坂峠から三国峠までの縦走路は、よく整備されたすばらしいハイキングコ−スであった。楓、山毛欅、ミズナラなどの広葉樹のトンネルがどこまでも続き、所々に現われるお花畑にはトリカブト、フジアザミ、マツムシ草、野菊など秋の野の花が咲き乱れ、初秋の低山の魅力を十分に満喫できた。ただし、三国峠から石割山までは各所に夏草の藪が残り、縦走するには季節が早すぎたようである。晩秋の秋晴れの日に登れば、鉄砲木ノ頭や高指山や石割山からの展望はさぞかしすばらしいであろう。

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