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平野集落→見月茶屋→見月山山頂→稜線縦走→相淵集落→平野集落 |
安倍川とその支流である中河内川を隔てる山稜は、二王山、八森山、見月山などの千メートル級の山々を盛り上げている。いわゆる安倍川西岸の山々である。二王山と見月山はわずかに登られているようであるが、いずれも踏み跡の薄い藪山である。見月山は標高千メートルちょっと、高度としては物足りないが独特の山容を誇っている。山頂部は幾つもの瘤を連続させており、恐竜の背中を彷彿させる。見月山の名前は、昔この山に砦があり、水城(みずき)山と呼ばれたことに由来するといわれている。登山道は梅ヶ島街道ぞいの見月茶屋からの一本のみである。この山は何と私のマンションの窓から見えるのである。ちょうど桜峠の背後に一目でそれとわかる山容を盛り上げている。今年の登り初めとしてこの山を選んだ。ただし、月見茶屋からの往復だけではいかにも物足りない。1,046.9
メートル の三角点峰からいくつかの瘤を越えてこの山塊を南に縦走してみようと考えた。もちろん、稜線上に登山道はなかろうが、踏み跡ぐらいはあるかも知れない。冬枯れのこの時期、藪を漕いでもなんとかなりそうである。
13日の夜、今年初めての本格的な雪を山々に降らした低気圧も東方海上に去り、今日成人の日はすばらしい晴天が約束された。積雪に備え、この冬初めてザックの中にスパッツと軽アイゼンを用意する。少々寝坊して7時30分車で出発。行く手に仰ぐ安倍奥の山々は真っ白に雪化粧して朝日に輝いている。平野集落で車を捨て、8時、梅ヶ島街道を北に歩き出す。天気は予想通り快晴無風の絶好の登山日和である。約15分で見月茶屋に着く。茶屋の横に登山口を示す小さな道標があることを梅ヶ島街道を何回か通るさいに目敏く見つけてある。高度計を200メートルに合わせ、いよいよ登山開始である。 5分ほど急登し茶畑を過ぎると、杉檜と竹の混じった林の中のすごい急登となる。細い踏み跡をコースサインに従い10分ほど登るが踏み跡が怪しくなった。気配をたどって強引に直登するが行き詰まる。見当をつけて右に大きくトラバースすると確りした踏み跡に出会った。どうやら正規の登山道らしい。薄暗い植林の中、ジグザクを切った単調な急登がどこまでも続く。地図を見ればわかるが、見月山塊は安倍川に向かってまるで剃り落としたような急斜面となって落下している。急登はもとより覚悟の上である。30分ほど登ると小さな道標があった。この付近の藪山でよく見かけるY・Kサインの道標である。静岡近郊の山はどういうわけか市町村や観光協会のまともな道標と云うものがない。「静岡県の目はすべて海に向いている」という話を聞いたことがあるが、まったく登山道の整備という点では不熱心である。また登る人も少ないように見受けられる。その中にあって静工高の道標とこのY・Kサインの道標がポイントにあり本当にありがたい。 相変わらず展望のない植林地帯の急登が続く、登山口から1時間半近く登ると傾斜が初めて緩やかになり、作業小屋が現われた。さらに登ると道は細くなり、踏み跡程度となる。藪っぽくなったルートをたどると行き詰ってしまった。どうやらルートを踏み外したようである。ルートを探しながら少し戻ると正規のルートが見つかった。高度計が850メートルを指す付近から雪が現われた。稜線が見えてきたところでルートは左にトラバースする。谷状の所を横切る場所が少々悪い。頂上までもうすぐと思うころ、スズタケの中の登りとなった。雪がスズタケに積もっており、かきわけると頭上に落下し身体中雪だらけである。すぐに稜線に出た。踏み跡に沿って南に向かう。うっすら積もった雪の上にいつのまにか単独行者の足跡がある。途中まで先行者の気配はなかったのにどこから現われたのであろう。暗い展望のまったくない平坦な稜線を5分も進むと道の真中に三角点を見つけて慌てて立ち止まる。周りを見ると何とここが山頂であった。8時15分、登山口からちょうど2時間の行程であった。 ここはまったく山頂らしからぬ山頂であり、危うく通り過ぎる所であった。特別な高みでもなく、植林地帯の細い踏み跡の途中でしかない。陽も当たらず休む気にもなれない。展望はまったくない。先行者の足跡も山頂で立ち止まった気配もなくそのまま先に進んでいる。私も証拠写真を1枚撮っただけで先に進むことにする。 ここからがいよいよ見月山塊の縦走であり、本日のハイライトである。確りした道は意外にもさらに先に続いている。道をたどるとすぐに立派な作業小屋が現われた。と同時に、行く手右側斜面が大きく伐採されていて、大展望が現われた。伐採地の下のほうに作業小屋らしき建物があり側に人影が見える。足跡の方向からして、どうやら先行者と思ったのは林業関係者であったようである。伐採地に入ると今までうっすらであった積雪が急に深くなった。20〜30センチはある。適当な日溜まりを選んで大休止とする。 すさまじい展望だ。目の前には真っ白に雪を被った大無間連峰が屏風のように立ち塞がり、その右には純白の聖岳が浮んでいる。大無間山の右に連なるは南アルプス深南部の山々だ。二〇万図が活躍する。前黒法師岳、黒法師岳、丸盆岳、朝日岳、不動岳を確認する。春になったら再びこの山域に入ろう。深南部の山々の前に、惚れ惚れするような山容の山がそびえている。稜線から大きく盛り上がり、根張りも大きく実に格好がよい。今まで見たことのない山である。地図の標準を合わせる。どうやら七ツ峰のようだ。この山がこんなにすばらしい山とは知らなかった。また新たな登山意欲が沸いてきた。 スパッツを着けて出発する。新雪を蹴散らすのは実に気持ちがよい。すぐに植林地帯に入る。積雪は消えるが、代わりに木々に積もった雪がひっきりなしにシャワーとなって降り注ぐ。ここから先は予想通り踏み跡はなかった。地図とコンパスで常に現在位置を確認しながら、稜線を踏み外さないように進む。幸い稜線上は欝蒼とした杉檜の植林で藪はない。ただし展望もいっさいないのが残念である。緩く下って次の972メートル峰に達する。コースサインも一切ないが、所々に一升ビンなど転がり案外人臭い。尾根は割合はっきりしており、おまけに太陽が木の葉隠れに見えるので方向感覚も維持できる。いくつかのピークを越える。単調な稜線であり、初歩的な地図読みのよい訓練となる。この程度の山を地図とコンパスだけで歩けないようでは南アルプス深南部の山など論外である。904メートルの最後のピークに達する。 ここからは安倍川と中河内川の合流点に向かって稜線を下るだけである。下山道についてのあてはないが、稜線の末端を送電線が横切っているので、必ず送電線巡視路があるはずと見当をつけている。藪が現われるが、同時に微かな踏み跡も現われる。下るに従い踏み跡は次第に明確となり、いつしか確りした小道となった。落ち葉の厚く積もった道をどんどん下る。やがて期待通り送電線巡視路が現われた。高度計が400メートルを示す付近で稜線を外れ東に下る小道を見つけ、この道を下る。15分も下ると相淵集落上部の茶畑に出た。13時15分、計画通り無事に相淵集落に下り立った。安倍川で一番長いと云われる吊橋を渡り、梅ヶ島街道を50分歩いて平野集落の愛車に到着した。 結果であるが、見月山はやはり眺める山であり、登るにはつまらない山であった。展望は山頂直下の伐採地だけであり、ほかにはチラリとも展望はなかった。稜線も植林地帯であり、藪漕ぎもない代わりに迷うようなところもなく、いささかスリルに欠ける。静かさだけが取り柄である。駿河の山は植林が多く、またスズタケの藪が多い。故郷の山、奥武蔵の檪や楢の雑木林の中を木漏れ日を浴びながら歩く尾根道が懐かしい。 |