三浦アルプスを縦横に踏破

低山なれど地形は複雑にして道標は不備

2019年2月24日


 
 仙元山より相模湾を望む
 上二子山山頂の展望台
                            
風早橋バス停(802)→葉山教会(816)→仙元山山頂(826〜832)→大山集落への下山路分岐(901)→稲荷神社の祠(920)→大山集落(925)→阿倍倉山登山口(931)→阿倍倉山山頂(952〜1000)→下二子山山頂(1029〜1033)→上二子山山頂(1050〜1100)→南郷上ノ山公園分岐(1109)→森戸川方面分岐(1112)→森戸川林道終点 (1135)→南中峠(1218)→斜十字路(1239)→送電線鉄塔(1244)→再び送電鉄塔(1252)→乳頭山(1256〜1302)→塚山公園分岐(1346)→畠山山頂(1350〜1355)→京浜急行安針塚駅(1455)

 
 日本各地に○○アルプスと称する 山域が幾つもある。いずれもその地域に慣れ親しまれた自慢の低山である。埼玉県には「長瀞アルプス」がある。同様に静岡県には「沼津アルプス」、栃木県には「宇都宮アルプス」、茨城県には「千代田アルプス」がある。
 
 これらいずれのアルプスにも我が足跡が残されている。しかし、まだまだ近郊に「アルプス」がありそうである。徒然なるままに、他の「アルプス」を探してみたら「三浦アルプス」を見つけた。三浦半島の逗子市から葉山町に掛けての標高 200メートル前後の低山の連なりである。しかし、「三浦アルプス」なる山域の登山案内など眼にしたことがない。どんなところなのか。インターネットで探索してみると幾つかの情報がヒットした。

 それによると、標高207.8メートルの一等三角点峰「二子山」を主峰とする山々の連なりで、その一部にハイキングコースが開かれている。地元を走る京浜急行が簡単なルート案内と山域の案内図「トレッキングMAP(以下MAPと称す)」をインターネットに提示してくれている。春の息吹を感じはじめた晴天の一日、ひさしぶりにハイキングに出かけてみる気になった。

 立案した登山計画は、ハイキングコースを無視し、この山域内の名のあるピークを全て踏破するという野心的なものである。すなわち、山域西端の仙元山をスタートし、阿倍倉山、二子山、乳頭山と進み、最後に山域東端の畠山に達する計画を描いた。少々長距離であり、またハイキングコースを外れるため、コースの状況も不明であるが、山は浅いので何とかなるであろう。パソコンからコピーしたMAPをポケットに出発する。

 我が家からは三浦半島までは少々遠い。北鴻巣発5時23分の一番列車に乗る。まだ夜は明けていない。東京駅で横須賀線に乗り換え、逗子駅着7時37分。今日は穏やかな晴天が期待できる日曜日とあって、駅前は早朝にもかかわらず多くの人でにぎわっていた。ここでバスに乗るのだが、バス路線が多く、乗るべきバスを探し当てるのがややっこしい。

 数分バスに揺られ、風早橋バス停で降りる。ここから歩き始めることになる。まず目指すは118メートルの仙元山である。共にバスを降りた単独行の若者が私の先を足早に進んでいく。どうやら同じ行程と思われる。 登山口はすぐ分かった。ただし、見たこともない程の急傾斜の鋪装された車道が、山肌を一直線に登り上げている。見上げただけでへきへきすルートである。これ程の急斜面を車は登れるのかと思うが、斜面に沿った戸建て住宅の車庫には普通乗用車が納まっている。さすがに朝一番の重労働、息が切れる。時々立ち止まって一息入れざるを得ない。

 それでも何とか15分程で仙元山中腹に建つ「葉山教会」まで登り上げた。ここから先きはようやく山道となった。尾根状の地形を少し辿ると、周りを覆っていた樹林が切れ、目の前に山頂に続く斜面が現れた。斜面には点々と桜がうえられている。ここは桜の名所として有名らしい。もう1ヶ月もしたらさぞかしにぎわうことだろう。

 山頂に続く階段を登り詰め、8時26分、山頂に達した。山頂は無人であった。海に向かって視界が大きく開けている。すばらしい景色だ。相模湾と湘南の海岸が一望である。眼下に江ノ島が浮かび、その左手奥には富士山が薄らと浮かんでいる。まさに絵葉書的絶景である。山頂には幾つかのベンチとテーブル、そして公衆トイレが設置されていた。眼前の景色を見つめながらひと休みする。

 山頂から東に続く尾根道を辿る。三浦アルプス南尾根に続くハイキングコースで道はしっかり整備されている。2段にわたる急な下りとそれに続く長い急な登りが現れた。いずれも網状の鉄製品でしっかり階段整備されている。手持ちのMAPによると、この登りの階段数は約250段とのことである。

 登り切ったところが地図上の189メートルピーク。縦走路はピークを右から巻くようにして東に続いているが、私はここで左に分かれるバリエーションコースに踏み込む。次の目標である阿倍倉山に登るためにいったん麓に下る必要がある。この下山路はハイキングコースでないため、コースの状況をを心配したが、細いながらも確りした踏み跡が続く。意外にも子供を混じえた5人パーティが登ってきた。こんなルートを登るパーティもあるのだ。

 林の中にお稲荷さんの祠を見ると、すぐに、麓の大山集落に下りついた。小さな沢の奥に押し込められたような小集落である。まずは阿倍倉山への登山口を見つけなければならない。しかし、集落の中は細道が入り組み、聞こうにも人影もない。それでも何とか手持ちのMAPを頼りに、登山口と思える山際に辿り着いた。ただし、標示は何もない。何の変哲もない山道が斜面を登り上げている。

 立ち止まって、果たしてここが登山口か否かと思案していたら、中年の男5人のパーティがやって来た。リーダーらしき男が仲間に向かって「ここが阿倍倉山の登山口だ」と説明している。どうやら私の判断は正しかったようだ。

 登山口で休憩している5人を残して、樹林の中の細い踏み跡を辿る。思いのほか踏み跡は確りしている。ただし、展望は一切ない。また道標の類いも一切ない。山頂が近付いたと思われるころ、左に踏み跡が分かれる。小さな私製の道標が「二子山」と示している。阿倍倉山山頂登頂後、私の辿るルートである。すぐに161メートルの山頂に達した。樹林の中で展望は一切ない。意外なことに男女4人パーティが先着していた。さらにひと休みしているうちに3パーティがやってきた。登山口で出会った5人組も到着した。全くハイキング対象外の薮山にこれほど登山者が登るとは驚きである。

 おにぎりを一つ頬張って、次の目的地二子山に向かう。先ほどの分岐まで戻り、阿倍倉山の北面・東面を巻くようにして進む。やがてルートは二子山に続く痩せ尾根を辿るようになる。踏み跡は確りしているが、ところどころ露石の急斜面が現れ、張られたロープを頼りに通過する。少々慎重にならざるを得ないナイフリッジもあらわれる。ただし、いずれも危険を感じるほどではない。

 阿倍倉山から30分ほど掛かって、下二子山山頂に達した。二子山は東西に並ぶ二つのピークを総称した呼び名である。二万五千図でもこの二つのピークを「二子山」と合わせて表記しているが、双耳峰というより、むしろ独立した二つの山と見るべきであろう。手持ちのMAPでは今到着した西の頂きを「下二子山」、東の頂きを「上二子山」と標示している。この下二子山もハイキング対象外の山である。

 山頂は小さな平坦地で展望は一切ない。座り込んでいるうちに、阿倍倉山方面から、上二子山方面から数組のパーティが到着した。5分程の休憩で腰を上げて上二子山に向かう。痩せた尾根道である。一息で行きつけると思ったが、道は意外にタフであった。15分ほど掛かってようやく東側のピーク、すなわち「上二子山」に到着した。

 この山はこの山域、すなわち三浦アルプスの中心となる山である。山頂の雰囲気が今までとはがらりと変わった。幼児も混じえた20〜30人ものハイカーが憩っている。広い山頂部には木造の展望台が建ち、その上に登れば、横須賀方面から東京湾に至る大展望が得られる。また、山頂部の一角には巨大な電波塔も建っている。この山は一等三角点の山でもある。基準点名「二子山」、207,63メートルの一等三角点が山頂部の真中にデンと居座っている。ひとまず座り込んで、握り飯を頬張る。大分疲れたが、ここはまだ予定のコースの半分、のんびりするわけにはいかない。早々に腰をあげる。

 この上二子山には山頂の巨大な電波塔管理のための車道が登り上げている。鋪装こそされていないが、よく手入れされた2車線はある立派な道である。そしてこの道が山頂に至る登山道ともなっている。車道を下る。登山道と異なりなんとも歩きやすい。まだ11時、登ってくる多数の老若男女とすれ違う。3〜4才程の幼児も父親に手を引かれて登ってくる。

 10分ほど下ると森戸川、馬頭観音方面への登山道が車道から分かれる。私は森戸川に下る計画なので、そのルートに踏み込むが人影は一気に薄くなりる。さらに数分下ると、再び分岐があり森戸川への道が右に分かれる。そちらに踏み込むが、踏み跡はかなり細く、不安が増す。もはや人影は皆無である。細いと言えども踏み跡はしっかり続いているので、ルートに不安はないがーーー。小沢を下り、沢を幾つか飛び石で徒渉し、谷岸の急斜面を危なっかしくへつり、ロープで岩場を這い登り、右に左に方向を変えながら、下り続ける。道標の類いは一切ない。

 目指すルートはこの道でいいのだろうか。不安が増したころ、少々大きめの沢に下り着いた。幾つかの尾根の末端も集まっていてこの地点の地形は複雑である。さらに踏み跡があちこちに向かって延びている。手持ちのMAPに「森戸林道終点」とある地点、すなわち目指した地点と思うのだがーーー、道標の類いも一切なく確認できない。しかも、目の前の沢が森戸川だとすると流れの方向が逆である。いったいここはどこなんだろう。そして、私の進むべき方向はどっちなんだ。頭は大混乱である。

 少し離れた沢岸に中年の登山者が休んでいた。このルートに踏み込んで以来初めて眼にした人影である。彼にルートを尋ねた。地元の人のようでルートに詳しかった。山域東部の乳頭山へ行きたい旨のルートを問うと、明快な答えが返ってきた。

 『ここは森戸林道終点地点、前を流れる沢は森戸川です。従ってここから乳頭山へ行くルートが3本あります。一つは森戸川の左岸に連なる南尾根を辿るルート。ただし、このルートは幾つものピークを越えなければならず体力的にきついです。二つ目は森戸川を詰めていくルート。ただし途中悪場もあり、あまり奨められません。三つ目は森戸川の右岸に続く中尾根を辿るルート。踏み跡も確りしており、推奨できるルートです。中尾根に登り上げるルートはそこの尾根末端から上部に続く踏み跡です』

 パーフェクトのアドバイスを得て、中尾根ルートに踏み込む。入り口には何の標示もない。これでは知っている者以外分かるわけがない。しかし、もし彼に出会わなかったらいったいどんなことになっていたろう。考えてみただけで寒気がする。低山と言えども恐い。

 小さな上下をくり返しながら中尾根は東に向かって続く。どこまでも自然林の中の小さな上下がくり返される。取り立てて悪場もあらわれない。後方を振り返ると木々の隙間から山頂に大きな電波塔の立つピークが見える。越えて来た二子山だろう。

 尾根上の踏み跡は確りしており、何の不安もないが、道標の類いは一切あらわれず、また人の気配もない。二子山のにぎわいが嘘のような静けさである。30分も歩き続けると、はじめて単独行者とすれ違った。続いて二人連れと。人と出会うと何となくホッとする。

 小さな峠状の鞍部に達した。MAPにある南中峠だと思うのだが、道標もなくはっきりしない。消え掛かった文字の書かれた板切れが打ち捨てられているだけである。さらに少し進むと、若い女性二人連れとすれ違った。乳頭山から縦走してきたと言う。「観音塚に行くのはこの道でいいんですね」と尋ねられたことから騒ぎがおこった。観音塚は南尾根上の地点名である。よくよく聞いてみると、彼女達は現在南尾根を辿っているつもりであることが判明した。「ここは中尾根ですよ」と説明すると、騒ぎとなった。乳頭山で乗るべき尾根を間違えたと見える。途中道標もないことから間違いに気がつかずここまで来てしまったようだ。

 「さてどうしよう。どうしたらよいでしょう」と言われてもーーー。結局、乳頭山まで戻って、正規のルートに乗り換えることとなった。危ないところであった。あのまま中尾根を進んでしまったら私の迷った地点に出てしまう。そうしたら収集がつかなくなるところであった。二人は走るようにして尾根道を引き返していった。道標不備の山域は危険が一杯である。

 すぐに再び小さな鞍部に達した。ここもまともな道標はなく、打ち捨てられた板切れに「斜め十字路」の消え掛かった手書きの文字が確認できる。乳頭山までもうすぐである。送電線鉄塔を過ぎ、さらに数分進むと再び送電線鉄塔に出会う。周りの木々が打ち払われて展望が大きく開けている。何組かのパーティが座り込んで展望を楽しんでいた。すぐに目の前に乳頭山山頂に至る急斜面が現れた。鉄の部材で整備された階段を踏んでが登り上げる。

 12時56分、ついに乳頭山山頂に到達した。2〜3人が休んでいたが展望もなくつまらない頂きである。どうやら休み場所としてはこの山頂よりも先ほどの鉄塔下の方が適しているということのようである。一息入れて、すぐに今日最後の目的地・畠山に向け出発する。確りした道標が山頂を反対側(東側)に下る踏み跡を「観音塚、畠山」と示している。

 ここに至って、先ほどの女性二人パーティの道迷いの原因が理解できた。「観音塚」は南尾根上の地点である。そして、南尾根はこの乳頭山から西に向かって続いている尾根である。しかるにこの南尾根に乗るには乳頭山山頂から一旦東に下った後、大きく回り込んで西に向かうのである。方向を頼りに山頂から西に下ると中尾根に乗ってしまうのである。

 100メートル程下ると、「三国峠」と記した確りした道標があり、そのまま南東に進む尾根道、すなわち南尾根に続くルートを「観音塚 3.3 km」と示している。彼女達は無事にこの道を辿ったことだろうか。そして、左に分かれる細い踏み跡を「畠山 1.3 km」と示している。こちらは私がこれから辿るルートである。

 再び人気の絶えた尾根道を進む。踏み跡は思いのほか確りしている。ただし、もはやいいかげん疲れた。短いと言えども登り坂は苦しい。いささか歳を取ったものである。幾つかの小ピークを越え、ひたすら尾根道を辿る。展望は一切利かない。途中、2パーティとすれ違う。乳頭山を出てから45分、ようやく畠山山頂の肩にあたる塚山公園分岐に達した。確りした道標が「畠山山頂 0.1 km」と示している。

 1時50分、ついに今日最後の頂き「畠山」に達した。山頂は展望もなく、開けた雑然とした平坦地である。三等三角点「畠山 205.02 m」が確認できる。また3面の顔が彫られた珍しい石仏が鎮座している。ひと休みしていたら4〜5人のパーティが登ってきて騒がしくなったので逃げ出す。

 いよいよ下山である。少々長いが、塚山公園にある三浦安針の墓に寄り、京浜急行の安針塚駅まで歩くつもりである。ただし、地図もないので果たしてうまく駅までたどり着けるかどうか。時間はまだたっぷりあるが、足はがたがたである。塚山公園分岐まで戻り、山を下る。道標もなくいい加減に歩いていたら運よく三浦安針の墓地に行き着いた。難破して日本に辿り着き、徳川家康に仕えたイギリス人である。さらに分からぬ道を駅まで歩く。
 何はともあり、無事の下山を喜ぼう。

登りついた頂き
   仙元山    118 メートル
   阿倍倉山   161 メートル
   下二子山   206 メートル
   上二子山   207.8メートル
   乳頭山    200 メートル
   畠山     205.2メートル
      

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