沼津アルプス縦走低山なれど、峰は急峻にして展望は絶佳 |
1996年9月23日 |
鷲頭山より城山、葛城山、発端城山を望む
沼津駅(745)→香貫山登山口(815〜820)→香貫山(840〜845)→八重坂峠(925)→横山(955〜1000)→横山峠(1020)→徳倉山(1045〜1105)→志下坂峠(1140)→志下山(1145〜1150)→ 馬込峠(1155)→志下峠(1205〜1210)→小鷲頭山(1225)→鷲頭山(1230〜1255)→多比口峠(1330)→大平山(1340〜1345)→多比口峠(1355)→多比集落(1420) |
前日は台風17号による暴風雨が荒れ狂った。今日は台風一過によるすばらしい天気が期待できる。空気の透明度もよいだろう。沼津アルプスへ行ってみることにした。沼津アルプスは沼津市内から海岸沿いに続く山並みで、案内書によると「低山であるが山は急峻で、舐めて掛かるとひどい目にあう。またその展望は天下一品。眼下に駿河湾を望み、背後に富士山、南アルプスを見渡せる」とある。海から眺めたこの山並みの写真を見ると、実に堂々としておりアルプスの名に恥じない。主峰・鷲頭山は標高400メ−トルにも満たないが、「静岡の百山」にも選ばれている。
6時過ぎ、玄関のドアを開けると、富士山が朝日に輝いている。期待通りの好天である。7時45分、沼津駅から歩き始める。大都会の駅から直接登れる山も珍しい。繁華街を過ぎ、狩野川を三国橋で渡る。行く手に、こんもりした山が見える。縦走の始点・香貫山である。駅から30分も歩くと、黒瀬バス停の先に香貫山登山口があった。遊歩道ともいえる確りした道であるが、昨日の台風のため、倒れた樹木や千切れた枝が道を塞ぐ。5分ほどで、登ってきた車道と合して五重の塔の立つ広場に達する。眼下に沼津の街並が広がり、木々の間に富士山と南アルプスらしい山並みが見え隠れする。山頂まで行けば展望が開けるだろう。 道標に従い山頂を目指す。雑木林の中の確りした道だが、今日この道をたどるのは私が初めてと見え、蜘蛛の巣がひどい。また千切れた枝が道を埋めている。登り着いた山頂は展望もなく、無線送受信所のコンクリートの建物の立つまったく無粋な所でがっかりする。道標に従い、踏み込んだ道は途中からものすごい状況になった。足元には階段整備までした確りした道型が認められるのだが、腰ほどの夏草が道型が分からないぐらいに繁茂し、おまけに倒木と千切れた枝、さらに最悪なことに、蜘蛛の巣がびっしりである。どうやら無線送受信所の裏手から続く「見晴台」と標示のあった道が正規であったと思われる。ストックを振るい、藪をかきわけ、ヘキヘキしながら下ると、山腹を巻くようにして下ってきた小道に合した。やれやれである。私の先を若い男女が歩いている。香貫山登山口付近で会ったパーティである。山頂を経由せず見晴台経由できたようだ。この二人とは終日歩をともにすることになる。 ゴルフ練習場と水道施設の間の舗装道路を下ると、横山との鞍部を乗っ越すバス道路に出た。この鞍部を八重坂峠という。道標がなく、横山への取り付き点がわからない。二人連れはいったん八重の集落に進んだ後、引き返してバス道路を左に進んでいった。私も案内書を確認して後を追う。しばらく進むと、横山登山口があった。いきなりザイルの張られた急登である。すぐに二人に追いつく。道を覆う蜘蛛の巣に悪戦苦闘している。先頭を代わってストックを振るう。一本調子の急登を息せき切って登り上げると、横山山頂に達した。わずか182メートルの低山にしてはきつい登りである。山頂は雑木林の中で残念ながら展望はない。高校生にも思える若い二人連れはなかなかの好青年である。兄妹だろうか、恋人だろうか。 姫竹の林やススキの原を下る。相変わらず蜘蛛の巣との格闘である。下り切ると横山峠である。下を車道がトンネルで貫いている。鞍部を乗っ越す旧道を横切り徳倉山の登りに掛かる。鎖が張り巡らされた急登である。小さな祠を見ると、傾斜も緩んで山頂に飛び出した。明るい草原が広がるすばらしい山頂である。今日初めて大展望が開けた。眼下に広々と駿河湾が広がり、船が白い航跡を引いている。緩やかに弧を描く白い海岸線の彼方には安倍奥の山々が連なっている。残念ながら陽も高まったためか南アルプスは見えない。沼津の市街地の背後には中腹に雲を纒った富士山が頂だけを見せ、行く手には鷲頭山と大平山が双耳峰のごとくそびえ立っている。草原に座り込み、のんびりと昼食とする。二人連れも少し離れてお弁当を広げる。ススキの穂が微風に揺れ、紫の穂のスルボが到る所に咲き、草原にはアゲハ蝶とアキアカネが飛びかっている。陽は燦々と降り注ぎ暖かい。幸せなひとときである。 竹の手摺のついた急坂を下る。腰に鋸を差した中年の男性が倒木を片づけながらものすごいスピードで追い越していった。これでもう蜘蛛の巣の心配がなくなった。やれやれである。「象の首」との標示のある平坦地を過ぎ、さらに急降下を続けると、「千金岩」と書かれた大岩に出た。と同時に前方に大きく展望が開けた。目の前に鷲頭山が鋭峰となってそびえ、淡島の浮かぶ内浦湾の背後には葛城山、八端丈山、更には達磨山や金冠山が見える。下り切ると志下坂峠。ここからはすばらしい縦走路となった。カヤトの茂る緩やかな尾根道である。右手には海が見え続ける。この山域はまさに『海の見える山』である。何しろ海岸からいきなり盛り上がり、海岸に平行して連なる山並みなのだから。野の花も多い。ヤブラン、スルボ、ミズヒキ、ツリガネニンジン。ススキの穂が微風に揺れている。「志下山」との標示のある緩やかな高みに達する。余りにも気持ちのよい所なので草原に座り込む。二人連れも座り込む。追い越していった男性も一休みしている。聞けば地元山岳会のメンバーで、台風で荒れた登山道を仲間と手分けして整備しているとのこと。「冬になれば、それはすばらしい景色ですよ。北岳から続く南アルプス全山が見えるのだから」。今度は冬来てみよう。 馬込峠との標示のある小鞍部を過ぎると、志下峠に達した。ここから鷲頭山までこの縦走路最大の急登である。先ほどの男性が、「一息入れて、覚悟を込めてから掛かったほうがいいですよ」という。小休止後、急登に挑む。岩場をまじえたものすごい急登で、ザイルが張りっぱなしである。それでも距離は短い。約15分で小鷲頭山に達すると傾斜も緩んだ。ついに鷲頭山山頂に達した。この山域の最高峰である。山頂には小さな祠があり、東と西に展望が開けている。備え付けのベンチに座り目の前に広がる海を見つめ続ける。南方を見渡せば、内浦湾に筏が浮かび、淡島の背後には城山、葛城山、八端丈山が確認できる。その左手には達磨山、金冠山が緩やかな裾を引いている。遙か彼方には天城連峰が空に解け込こでいる。西方を見れば、何本もの航跡の残る駿河湾の背後に、安倍奥の山々がうっすらと霞んでいる。竜爪山、真富士山、十枚山が確認できる。東方には箱根山がその全貌をさらけだしている。朝方は薄雲の広がっていた空も真っ青に晴れ渡り、降り注ぐ陽の光は真夏のように暑い。休んでいる間に数組の登山者が登ってきた。 今日の終着駅大平山に向かう。男女パーティも同時に腰を上げる。相変わらず倒木のひどい急坂を下ると多比峠に出る。ここからは痩せた岩尾根となった。振り返ると、鷲頭山がその急峻なピ−クをそそり立たせている。多比口峠にでる。ここから大平山を往復することにする。短い急登を経て、薄暗い植林の中を登ると大きな桜の木が立つ山頂に達した。誰もいない。雑木林に囲まれ展望もない平凡な頂である。二人を残してすぐに下山に移る。最後ぐらい二人だけにしてやろう。無口ではあるが、なんとも感じのよい若者であった。 再び多比口峠を経て、海に向かって下山を開始する。すぐに林道に出た。道端には真赤な彼岸花と黄色いキツネノカミソリが群生している。木々の間から見え隠れする海がどんどん近づいて来る。集落の中の込み入った道を下ると、海岸沿いの国道414号線に下り着いた。丁度バスやってきた。手を上げてバス停に走る。バスは待っていてくれた。 七つのピ−クと七つの峠を越える縦走であった。急登急降下の連続で、案内の通り低山にしてはなかなかハードなコースであった。しかし、雑木林とカヤトの原が続き、なんとも気持ちがよい。何といってもこの縦走路最大のすばらしさはその展望である。いつも眼下に海が見え、その向こうに富士山、愛鷹山、箱根山、安倍奥の山々が望まれる。冬になれば、さらに南アルプス全山が見えるという。もう一度訪れてみたい山域である。 |