愛鷹連峰 大岳

アシタカツツジ満開の中、愛鷹連峰の孤峰へ

 1998年5月9日


大岳山頂
 
須津山荘(655〜710)→尾根(810〜815)→1014メートル峰(835〜840)→大岳山頂(955〜1025)→鞍部(1045〜1050)→1014メートル峰(1105〜1115)→尾根(1130)→須津山荘(1200)      

 
 5月の山のキーワードはツツジである。特に静岡県の県花はツツジであり、県下の野や山にはこの季節各種のツツジが咲き誇る。。中でも愛鷹山のツツジはすばらしい。5月末、山頂部はミツバツツジ、トウゴクミツバツツジ、それに愛鷹山の固有種であるアシタカツツジで真っ赤に染まる。今年は暖冬暖春であるため、例年なら5月末が見ごろの愛鷹山のツツジもそろそろ咲きだしているだろう。

 愛鷹山は約40万年前に噴火した古い火山である。最盛期には富士山よりも高かったと言われるが、今では浸食が進み、一つの山というよりいくつかのピークを連ねた連峰の態をなしている。二万五千図「愛鷹山」には黒岳、越前岳、呼子岳、鋸岳、位牌岳、大岳、愛鷹山の名称記載があり、その他にも前岳、袴腰岳がある。私は大岳を除いてそのすべての頂にすでに足跡を印した。今回はこの未踏の大岳に行ってみることにした。大岳は呼子岳から南に延びる稜線上の一峰であるが、この稜線が崩壊により通行不能となっているため、他の峰から完全に孤立している。登頂は須津川上流の須津山荘から往復するのが唯一のルートである。
 
 5時30分、車で出発する。須津川沿いの林道入り口がわからずしばし右往左往した後、細い車道を上流にたどる。途中、大棚の滝付近は富士市が須戸山休養林として整備しているようで休憩舎や遊歩道が設けられていた。一般車通行禁止の立て札を無視してさらに細まった道を進むと目指す須津山荘に到着した。小屋前の駐車スペースはがらんとしていて誰もいない。車から降りたものの、辺りは濃いガスが渦巻き薄暗く、登ろうという闘志が急速に萎えてしまった。よほどこのまま帰ろうかと思ったが、気を取り直して山荘の裏手から登山道に踏み込む。確りした道標もあり、登山道もよく踏まれていてルートに心配はなさそうである。

 桧の植林の中のいきなりの急登である。樹林の中は水分をたっぷり含んだ濃いガスに閉ざされ、夕暮れのように暗く陰気である。気分も一向に晴れない。今日の天気予報は一日曇り。ガスは一日晴れないだろう。やがてルートは山腹を右からトラバースするようになる。まばらながら林床は隈笹となる。隈笹の葉はびっしょりと濡れており、おかげでズボンも濡れる。気分はますますブルーである。時折道を塞ぐ蜘蛛の巣をストックで払う。私が今日最初の登山者である証拠であるが、おそらく唯一の登山者となるだろう。涸沢を横切り、しばらく進むとトラバース道は終り、再び桧林の中の一本調子の急登となった。お目当てのツツジはおろか、ここまでただひとつの花も見られない。闘志の湧かぬまま惰性で急登に耐える。ようやく尾根に登り上げた。後はこの尾根を進めばよい。
 
 尾根道を登る。道は確りしているが、密度を増した隈笹が時折道に張り出しズボンをさらに濡らす。足下も泥濘のため靴も泥んこである。さっさと登山を終らして早く家に帰りたい気分である。1014メートル標高点峰でひと休みする。薮っぽい潅木に囲まれたすっきりしない頂である。案内書によればここから大岳が見えるとのことだが、相変わらず辺りはガスが渦巻いている。緩く下ると、ついに赤紫のツツジが現れた。すでに盛りは過ぎているようだが、ようやく気分はいくらか晴れた。その後もぽつりぽつりとツツジが現れだす。ミツバツツジかと思いよく調べてみると雄しべが6〜10本、葉が5枚、まさにアシタカツツジである。小さな瘤を2〜3越えて進む。いくぶんガスも薄れ、行く手左にうっすらと大岳のピークが確認できる。アシタカツツジは頻繁に現れるようになる。わずかだが、レンゲツツジも現れる。こちらはまだ蕾である。周りは次第にアセビなどの潅木の自然林となる。

 大岳との最低鞍部に着く。アセビの林の中にツツジが咲き誇りすばらしい雰囲気のところである。ひと休み後、いよいよ大岳への最後のアタックを開始する。ルートの状況は一変した。今までの緩やかな尾根道に変わり、アセビと密叢した笹の中の急登である。道型は確りしているものの、一歩ごとに足は滑り、濡れた笹が顔を打つ。這うようにして登る。時々赤紫の落花が足下を染め、わずかに心を和ませてくれる。傾斜はますます増す。露石地帯を抜けると、周りは背を没する隈笹の密叢となる。その上蜘蛛の巣が無数に張られている。立木に掴まり、時には笹をつかんで身体を引き上げる。立ち止まってはストックで蜘蛛の巣を払う。もはや全身ずぶ濡れである。それでも周囲のアシタカツツジはさらに密度を増し、乳白色のガスの中を原色に染める。笹の密叢を抜けると尾根は極端に痩せた。しかも凄まじい急登はそのままである。時には危険を感じるような痩せ尾根の急登を潅木を手掛かりにしてよじ登る。巨岩が目立つ。昔の溶岩だろう。山頂はまだかまだかと思うのだが、見上る斜面は乳白色の幕の中に消えている。ただし周りはアシタカツツジ一色で、気分としてはもはやブルーではない。

 9時55分、ついに山頂に飛びだした。アセビを中心とした潅木の中の小平地で、赤紫のツツジの花に囲まれている。苦労してたどり着いただけの価値あるすばらしい雰囲気の頂である。アシタカツツジの中に一つだけ大柄の花をつけたツツジがある。調べてみると葉が三枚、トウゴクミツバツツジである。残念ながら、展望はいっさい乳白色の幕に閉ざされているが、私はこの花に囲まれた山頂に多いに満足した。もはや全身ずぶ濡れで休むと寒い。慌ててヤッケを出して羽織る。
 
 静かな山頂でおにぎりを頬張っていたら、突然人声がして、何と! 中年の男女7人パーティが登ってきたではないか。静かだった山頂は一変して大賑わい。私は身の置き場を失った。逃げるに限る。ザックを背負って下り始める。さしもの急坂も下りは楽だ。しかも、蜘蛛の巣を気にする必要もない。あっという間に鞍部まで下って小休止。もう危険な個所もない。最後のツツジの花を愛でながらのんびりと尾根道を下る。樹林の中の急な下りに入ると、いつもの通り左足首が痛みだすが、もはや車までの距離は短い。ちょうど正午、須津山荘の愛車に下りついた。無人小屋である山荘を覗いてみると、中はきれいに片づけられていた。
 
 あいにくの天気であったが、今年も無事愛鷹山のツツジを愛でることができた。しかし、今年はすでに花も散り始めており、ずいぶん花の時期が早まっている様子であった。

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