小野子三山縦走

上信越国境の山々の大展望台

1999年10月24日


十二ヶ岳山頂より上州武尊山を望む
 
小野上駅(810〜815)→鑷沢登山口(920〜930)→十二 岳滝上(945)→支尾根直下(1000〜1005)→主稜線(1015〜1020)→十二ヶ岳山頂(1035〜1055)→中ノ岳 との鞍部(1105)→中ノ岳山頂(1120〜1125)→小野子 山との鞍部(1140〜1145)→小野子山山頂(1205〜1220)→雨乞山山頂(1255〜1300)→NHKアンテナ(1325〜1330)→林道(1335)→如意寺(1350)→祖母島 駅(1420〜1438)

 
 群馬県北部、吾妻川の北側に二つの山塊が東西に並んでいる。東側の山塊は2週間前に登った子持山、その西側に聳える山塊は通称小野子三山と呼ばれる。二つの山塊は中山峠をもって隔てられている。小野子三山は、子持山と同様、元々は一つの火山であったが侵食により今では小野子山、十二ヶ岳、中ノ岳、雨乞山などのピークに分割されている。今日はこの小野子三山を縦走する計画である。標高1200メートル強、いささかローカルな低山であるが、十二ヶ岳からの上信越国境の山々の展望は素晴らしいと聞く。そろそろ紅葉も始まっているだろう。調べてみると、この山塊は西端の十二ヶ岳と東端の小野子山とは別々に登られているようで、真ん中の中ノ岳と合わせた三山縦走は健脚向きとある。もちろん今日は三山を一気に縦走してこの山塊の完全踏破を果たすつもりである。となると、車で行って往復とは行かず、交通の便に頭を悩ます。この山塊への登山ルートは北側の高山村側と南側の小野上村側の双方にあるが、高山村側の方が一般的のようである。しかし、高山村側は車以外交通の便がない。いささかアプローチが長くなるが南麓を走る吾妻線を利用し、南側からアタックする以外ないとの結論に達した。

 北鴻巣6時5分発の下り一番列車に乗る。いやに寒いが(この秋の最低気温であった)、視界は良好である。奥武蔵、奥秩父の山々がはっきり見える。車窓に移りゆく山々をひとつひとつ同定するのは実に楽しい。大発見をした。岡部ー本庄間で両神山の端になんと甲武信ヶ岳が見えるではないか。関東平野からこの奥秩父深部の山が見えるとは思わなかった。高崎着6時54分。駅にはハイカーの姿が多い。しかし、7時26分発の吾妻線に乗ったものは少なかった。この鉄道も山々の大展望が得られる。車窓の両側は赤城山と榛名山である。妙義山、浅間山も見える。やがて車窓の右側に2週間前に登った子持山とこれから登る小野子三山が現れる。目を凝らして見入る。

 小野上着8時7分。この小さな無人駅で下りたのは私と男2人連れだけであった。空はよく晴れているが寒い。ヤッケを着込み手袋までして国道353号線を西に歩きだす。長い長いアプローチの始まりである。今日は十二ヶ岳と中ノ岳の鞍部に突き上げる鑷沢沿いの登山道を登るつもりであるが、うまく登山口まで行き着けるか心配である。里道は山道よりもわかりにくい。15分も進むと道標があり、右に入る小道を「十二ヶ岳」と示している。これで無事登山口に行き着けると思ったのも束の間、真新しい立派な車道に出てしまい、道がさっぱりわからない。不安にかられながら鑷沢左岸沿いの道を進む。登山口に行くには右岸沿いの道を進む必要があるのだが。途中道標が「十二ヶ岳」を示しているが、その方向は鑷沢の中で橋もない。新道開削により元の道は取り壊されてしまったようだ。人家が絶え、薄暗い杉檜林の中の細い林道を足早に登って行く。前方が大きく開け、棚田の向こうに大きな農家が点在するところに出た。知らないうちに大部高度が上がったとみえ、振り返ると榛名山が視界いっぱいに広がっている。行く手には小野子三山が朝日に輝いている。幸い集落内から右岸に渡る橋があった。道標があり、奥へ進む道を「十二ヶ岳」と示している。やれやれである。

 最後の人家を見送り浄水場を過ぎると山中の道となる。傾斜が増した林道は何回も鑷沢を右岸左岸と渡り返す。かなり足早に飛ばすが、ますます傾斜が増し苦しい。駅から1時間5分歩いてようやく登山口に着いた。標準時間は1時間半であるから大部早い。「入道坊主」との標示がある。側にそそりたつ岩をいうのであろう。初めての小休止を取っていると、駅で見かけた2人連れがやって来た。私に遅れずに来るとは彼らもなかなか足早である。さすがに身体が温まったのでヤッケを脱いで登山道に踏み込む。ところが刺草の薮で、悲鳴を上げる。あまり歩かれた形跡がない。ほんの10メートルも登ると上部の林道を横切る。登山者のものと思える車が2台駐車していた。ここからはまともな登山道となった。思うに、駅から歩いて来て登るものは少なく、多くはこの林道まで車で来るのだろう。石のゴロゴロした沢状の登山道をしばらくたどった後、雑木林の中をジグザグに登りだす。火山は上に行くほど傾斜が増す。「十二岳滝下」、続いて「十二岳滝上」の標示があるが付近に滝がある気配はない。この1週間風邪を引いていたが、今日は意外に体調はよい。急な登山道をぐいぐい登って行く。やがて山頂から南に張りだす支稜に登り着く。ただし登山道はそのほんの数メートル手前で山頂を巻くように右に折れる。一休みしていたら2人連れがやって来た。私と変わらぬスピードである。

 立木、木根に掴まっての短い急登を経ると山頂から南東に伸びる支尾根に登り着く。この尾根を少したどった後、水平な巻き道となって主稜線に登り着いた。十二ヶ岳と中ノ岳の鞍部である。十字路となっていて北側に高山村への立派な登山道が下っている。誰もいない。雑木林の中で展望はないが静かな峠である。紅葉を期待していたが、ここまで登っても木々はまだ色づいていない。この地点から十二ヶ岳往復である。緩やかな尾根道をたどるとすぐに男坂、女坂の分岐に出た。男坂はこのまま尾根を直登する急登コース、女坂は山頂を北側から巻いて西の鞍部に出て登る緩やかなコース。当然男坂を選択する。聞きしに勝る凄まじい急登である。木根岩角に掴まりながら這い登るが危険さえ感じる。「素晴らしい景色ですよ」との先着パーティの声に迎えられて、ついに山頂に飛びだした。その瞬間、あっと息を飲む。足下より見渡すかぎりの大展望が広がっている。まさに掛値なしに360度の大展望である。いったいどこから手を付けてよいのやら。荷物を下ろすことも忘れ山頂に立ち尽くす。

 見つめるほどに次第に山々は解きほぐされてくる。大きな山容の榛名山、赤城山、上州武尊山は一目である。北にスカイラインを描くのは上越国境の山々である。谷川岳が同定できた。西から続いてきた山並みの一番端のピークだ。方向の加減だろうか、見慣れた双耳峰にはなっていない。いったん途切れた山並みの東にそそり立つひと塊の山群は朝日岳、笠ケ岳、白毛門だ。さらにその東奥に特徴のない山並が続く。奥利根源流の山々のはずだが腰を入れないと同定できない。谷川岳から西にスカイラインを描く山並みに目を移そう。万太郎山で盛り上がった山並みは毛渡乗越に下り、仙ノ倉山で再び盛り上がり平標山を経て三国峠に大きく下る。その西にさらに山並みは途切れることなく続いている。上信国境の山々のはずだが、この山域はまったく未知のため同定不能である。ずうっと目を南西まで移すと、この山は一目、浅間山がそびえている。その左は榛名山の大きな山容が視界を遮る。待てよ、浅間山と榛名山の間のはるか奥に見覚えのある山が見える。八ヶ岳ではないか。さらに目を凝らす。浅間山の右手奥深くにも微かに微かに山並が見える。何と何と!、北アルプス槍穂高連峰ではないか。もう跳びはねたいほどうれしくなってきた。何と今日は視界がよいことか。それにしても上州の山から北アルプスが見えるとは。「雲取山はどこですかねぇ、見えてると思うのだが」。後ろで声がする。振り返って、赤城山の左奥に霞む山並みに目を凝らす。まず破風山が同定できた。独特の山容は忘れはしない。その右は甲武信ヶ岳と三宝山である。左に山並みを追う。見つけた。雲取山を。鈍角三角形に特徴がある。しかし、この山を同定できるものはそうはいないだろう。目を東に転じる。赤城山の左奥に展開するのは日光・足尾の山々のはずである。しばし山々を睨む。解けた。少し赤茶けたドーム型の山は主峰・日光白根山だ。その右の崩れた富士山型の山が男体山。皇海山も同定できた。

 山頂にはうれしいことに展望盤が設置されていた。残りの山々はこれに頼ろう。西に素晴らしい山容の山が見える。鈍角三角形の大きな大きな山だ。展望盤の方向をあわせる。深田百名山の一つ四阿山である。四阿山を初めて眺めた。さすが百名山の山、何と雄大なのだろう。この山を知っただけでも今日は大収穫である。いつか登ってみよう。その右手に白茶けた山が見える。本白根山である。その奥の一段と高いのが横手山。何度も計画を立てながらいまだ未踏のままの白砂山も見える。展望盤にしたがって目を凝らすと、苗場山も見えているではないか。カメラをとりだし、シャッターを切り続ける。新しいフィルムがあっという間に撮り終わってしまった。後で展望写真に仕上げるのが楽しみだ。そのためにも、この景色を目に焼き付けておかなければならない。ようやく落ち着いて座り込む。握り飯を頬張りながら目の前に展開する上越国境の山々を眺め続ける。あの稜線を積雪期、重荷を背負って縦走したのはもう遠い昔である。私が到着したときには、例の2人連れと中年の夫婦パーティがいただけであったが、その後続々と登って来て山頂は賑やかになった。みな到着と同時に感嘆の叫び声を上げている。5月にもう一度この山頂に来てみよう。残雪に輝く山々は想像しただけでも胸がわくわくする。いつまでもこの景色の中に身を置きたいが、今日はまだ先が長い。後ろ髪引かれる思いで山頂を後にする。下りは女坂を行くことにする。西の鞍部まで下り山頂を巻くように緩やかに下る。登ってくる多くのパーティとすれ違う。ローカルな低山と思っていたが、この山は知る人ぞ知る隠れた名山なのだ。

 下りは早い。あっという間に元の鞍部に下り着き、そのまま中ノ岳への登りに入る。かなり急な一直線な登りである。驚いたことに、10人、20人単位の大パーティが続々と下って来る。道を譲っていては埒が明かない。蹴散らすように、かなりのスピードでグイグイ登る。鞍部から約15分の登りで中ノ岳山頂に着いた。樹林の中の展望もない狭い頂で、中年の2人連れと、子犬を連れた親子がいるだけであった。小休止後すぐに小野子山を目指す。樹林の中の急な下りである。パラパラと登山者とすれ違う。紅葉もまだだが、この山域は野の花もない。ようやくリンドウを一株だけ見つけた。小野子山との鞍部が近づくと十二ヶ岳以来の展望が北に広がる。谷川岳の上だけ微かに雲が掛かっている。鞍部はまたまた数十人単位の大パーティで混雑していた。高山村側から立派な登山道が登ってきている。おそらく下の林道まで貸し切りバスでやって来たのだろう。こういう団体登山をするものの気が知れない。そのまま小野子山への登りに入る。ここでも大集団が切れ目なく下ってくる。いったいどうなっているのだ。登り優先のルールもあったものではない。相変わらず急な登りを惚れ惚れするピッチで登っている。すれ違った登山者が「十二ヶ岳からですか。ずいぶん早いですね」と声をかける。何も言わないのに、私を見て十二ヶ岳からの縦走と見抜くとはたいしたものだ。

 山頂が近づくと傾斜はいくぶん緩むがさすがに疲れた。立ち止まって振り向くと相変わらず谷川岳に雲が掛かっている。12時5分、ついに今日三つ目の頂・小野子山山頂に到達した。幸運なことに誰もいない。ようやく静かな山頂にありつけた。雑木林に囲まれた小広い山頂は北側にのみ展望が開けている。朝方よりはいくぶん澱んだ視界の先に上越国境の山々が青空に溶け込むように連なっている。誰もやってくる様子もない。これで小野子三山の縦走は完結である。帰路はここから南に延びる山稜をたどり、雨乞山のピークを越えて小野上駅までのルートを考えている。案内によるとこのルートはバリエーションコースとあるが、見たところはっきりした登山道がある。ただし、山頂の道標は何も標示していない。予定通り南に続く山稜に踏み込む。しっかりした道で心配はなさそうである。進むに従い実に気持ちのよい道となった。クヌギ、楢などの典型的な広葉落葉樹の林の中を緩やかに下って行く。静岡の照葉樹の森も素晴らしかったが、落葉広葉樹の森もなぜか心が落ち着く。誰もいない。やっといつもの山行きの雰囲気となった。まだ散らぬ木の葉の間から温かな木漏れ日が溢れる。嫌な蜘蛛の巣も見当たらず心はうきうきである。所々に小さな道標もありルートの心配もまったくない。小さな露石の急坂が現れてくると前方におにぎり形の雨乞山が見えてきた。鞍部まで下り、登り返すとあっさり雨乞山山頂に達した。今日最後の山頂である。これでこの山塊の山はすべて登ったことになる。山頂は樹林の中に露石の点在する平坦地で、まったく人の気配はない。小野子山にもこのように静かな場所があったのだ。しかも、小野子山からここまでの道の素晴らしかったこと。冬枯れの季節に落ち葉を踏んで歩いたらもっと素晴らしいだろう。

 小休止の後、下界を目指して最後の行程に出発する。この山頂で尾根は二つに分岐する。山頂に標示があり南に向かう尾根道を如意寺と示している。地図で確認すると私の目指すルートである。傾斜はいくぶん増すが、それでも確りした道で、ルートファインディングの必要はまったくない。周りは相変わらず好ましい広葉落葉樹の森である。約25分で目標としていたNHKのテレビ中継鉄塔にでた。下界までもう一息である。小道となった緩やかな坂を駈けるように5分も下ると林道に飛びだした。

 しかし、ここから最後の試練が待ち構えている。入り組んだ林道・里道をうまく駅までたどれるかどうか。心配はすぐに現実となった。林道は山崩れで通行不能。細道を下って幸運にも如意寺までは達したが、寺下で飛びだした立派な車道はどっちへ行っていいか判らない。下りとなる左に進むが、しばらくして登りに転じる。人家が現れ、ちょうど発車寸前の車に道を尋ねると方向が逆だという。がっくりである。しかし、ありがたいことに、途中まで乗せてくれるという。大助かりである。曲がりくねりいくつも分岐する道は、なるほど、とてもではないがたどるのは無理である。あっという間に吾妻川沿いの国道353号線に下り立った。小野上駅より隣りの祖母島駅が近いとのことで、教えられたように鉄橋の側道で吾妻川を渡り、あぜ道をたどって小さな小さな無人駅に到着した。ハプニングもあったが、予定通りの下山である。無人の駅で一人列車を待つ。目の前に小野子山と子持山が稲刈りの進む田圃の背後にくっきりと聳えていた。

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