大棚山から釜石峠へ

微かな踏跡を辿り、足久保川奥ノ薮山へ

1993年12月29日

              
 
突先山登山口→大棚山分岐→大棚山と1,036m峰の鞍部→大棚山→鞍部→樫ノ木峠分岐→中村山→釜石峠→突先山登山口

 
 安倍川支流の足久保川奥に突先山、大山、牛ヶ峰、大棚山等の千メートル前後の山々が盛り上がっている。市街地からほんの一足長のところにある山々であり、オフィスの窓のちょうど正面に広がっている。私もそれこそ毎日眺めているのだが、正確な山岳同定ができず気になっていた。今月の12日に初めてこの山域に足を踏み入れ、窓から見える一番立派な堂々とした山が大棚山であることが確認できた。ちなみに、その左の山頂に電波塔が建つ山が大山、二つの山の前に牛が寝そべったように盛り上がっているのが牛ヶ峰である。突先山は大山の背後に隠れてみえない。これ等の山々のうち、一番立派な山容の、かつ標高も一番高い大棚山だけがどういうわけか登山道がない。今月の12日に突先山に登るつもりで出掛けたが、なんと大棚山稜の一角に迷い込んでしまうと云う失敗をやらかした。おまけに、偶然たどり着いた大棚山西方の1,036メートル峰に愛用のコンパスを忘れてきてしまった。大棚山に登り、ついでにコンパスを取り戻してこよう。
 
 今年の仕事納めは29日の予定であったが、急に28日に変更になった。儲かった1日を大棚山に捧げることにした。立てた計画は次のようなものである。
   一、奥長島集落奥の突先山登山口まで車で行く。
   二、釜石峠に向け10分ほど進んだ地点に、大棚山を示す小さな道標があり踏み跡が分岐していることを前回確認してい     る。この踏み跡を辿って大棚山に達する。
   三、大棚山から稜線を西にたどり、1,036メートル峰で紛失したコンパスを取り戻す。
   四、更に稜線を西に向かい、樫ノ木峠分岐から、中村山を経て釜石峠に達する。
   五、釜石峠から、足久保川沿いの沢コースを下り、車に帰る。
  
 この計画の問題点は、大棚山を示す踏み跡がその先もまともに続いているのかどうか、また山稜のどこにたどり着くのか一切不明なことである。しかし稜線上には微かながら踏み跡があることを前回確認している。稜線にさえ達すれば何とかなりそうである。そもそも、大棚山に関する登山案内の類は一切ない。現地で臨機応変に対処するしかない。
 
 7時10分車で出発する。今日の天気予報は降水確率ゼロ%、好天が期待できる。自宅から30分ほどで突先山登山口についた。林道端に車を止め、7時50分登山を開始する。10分ほど進むと、前回確認した大棚山分岐に達した。確りした踏み跡だが、果たしてどこに導いてくれるのやら。尾根状の植林地帯をジグザグを切って登る。踏み跡は途中2ヶ所ほど分岐するが、テープを頼りにルートを選ぶ。30分ほど進むと、大棚山と1,036メートル峰との間に切れ込んだ沢を見下ろす地点に出た。谷を挟んで両斜面は一面に伐採されていて視界が大きく開ける。沢の向こう斜面では早朝にもかかわらずチェーンソーの音が響き渡り、大きな杉檜が音を立てて切り倒されるのが見える。まさに伐採作業の真っ最中である。上空には谷を跨いで何本ものケーブルが掛けられ、ひっきりなしに伐採材の空中輸送が行なわれている。踏み跡は斜面をトラバースするように谷に沿って上部に向かっているが、このまま進むと伐採材空中輸送の中継基地現場に出てしまいそうである。おまけに頭の上を木材を釣り下げたケーブルが通過するので危険を感じる。暮れの29日の早朝にもかかわらず伐採作業をしている人も大変であるが、静かな山を期待していた私もがっかりである。
 
 緩やかな登りを進む。心配した作業現場は通らずその下を通過する。ところがここからが大変であった。伐採材は既に片付けられていたが、打ち枝が斜面いっぱい埋め尽くしている。踏み跡は隠され、乗り越え乗り越え進むのが大変なアルバイトとなった。何とかルートファインディングしながら進む。ルートは斜面をほぼ水平にトラバースするようになり、下の谷が近付いて来る。ついに打ち枝のためルートは不明となったが、見当をつけ谷に下りて遡行する。水の無い谷を進むと再び踏み跡とテープが現われ、ルートの正しさが確認できた。傾斜の増した谷をひたすら詰めるとついに稜線に出た。時刻は9時20分、登山道分岐からちょうど1時間であった。
 
 登りついた所は大棚山と1,036メートル峰の鞍部である。ここには意外にもY・Kサインの道標があり、稜線の右方向を大棚山、左を中村山、登ってきた方向を奥長島と示している。南側、即ち登ってきた方向は伐採地のため展望がよい。大山から突先山に掛けての稜線がよく見える。突先山は確かに尖った山だが、稜線上の小突起にすぎず名前ほどの山ではない。ここから大棚山を往復し、その後、中村山を経由して釜石峠に向かうことにする。さすがに800メートルを越える稜線上は寒い。ヤッケを着込んで大棚山に向かう。966メートル峰を一つ越え、その先が大棚山である。北側すなわち左手は杉檜の植林で展望はない。右手は伐採跡の藪でやはり展望はない。稜線上の踏み跡は思いのほかはっきりしており迷う心配はない。所々スズタケの藪を漕ぐが大したことはない。全く展望のない藪尾根をひたすらたどる。966メートル峰を下って大棚山への緩やかな登りに掛かる。30分ほどで、一番高いと思われる地点に達した。しかしそこには意外にも「火の用心」と掛かれたブリキ板に大棚山山頂とマジックインキで書かれているだけで全く山頂の雰囲気はない。
 
 実は、大棚山は地図で見ると山頂部が二つに分かれている。両山頂とも標高点がないが西側のピークは1,030メートルを越えており、東側のピークはこれより若干低く1,020メートルを越えている。三角点は東側のピークから少し東に下がった地点にあり高度は1,007.6メートルである。今到達したピークは1,030メートルピークであり、ここが大棚山で一番高い地点である。念のため、東側のピークまで行ってみることとした。5分ほど進むと1,020メートルピークに達した。しかしここにも、足久保小学校の小さな山頂標示がぽつんとあるだけで山頂の雰囲気はない。更に三角点まで行ってみることにした。薄暗い植林樹の中を緩やかに2〜3分下ると三角点に達した。なんとここに各山岳会の山頂標示プレートが沢山置かれている。三角点を山頂と考える習慣は根強いが、明らかに山頂でないところを山頂と無理に決める神経がわからない。帰ってから「コンサイス日本山名辞典」を引いてみたら、なんと大棚山の高度は1,008メートルになっており、全く呆れ果ててしまった。
 
 少休止の後、もと来た道を引き返す。11時、今朝ほどの鞍部に帰り着く。ここからいよいよ1,036メートル峰の登りに掛かる。樹林の中の相当な急登である。15分も頑張ると見覚えのある山頂に達した。ここに今月の12日に迷い込み、コンバスを忘れてしまったのである。前回、地図を広げて一生懸命現在位置を確認した場所付近を捜してみたが、残念ながらコンパスは見付からなかった。きっと誰かに拾われてしまったのだろう。気に入っていたコンパスだけに残念である。
 
 時刻は11時半、昼食のおにぎりを頬張って中村山を目指す。ここからはつい半月前に歩いた道、もう心配はない。急に藪が深くなり、踏み跡も切れ切れとなる。普通ならルートファインデングに苦労するところである。スズタケと灌木をかきわけながら30分も進むと樫ノ木峠分岐に達した。真っ直ぐ稜線上を進む微かな踏み跡は樫ノ木峠に向かうルート。大分藪が深そうだが何とかたどれそうである。今日はここで90度左に曲がって釜石峠に向かう。1〜2分進むとすぐに中村山の三角点に出た。前回は焦っていたせいか、この三角点を見過ごしてしまった。藪道をどんどん下る。12時30分、釜石峠に達した。歯痛地蔵と再会である。
 
 時刻がまだ早く、予定を変更して突先山から大山まで行ってみようかとも思ったが、今日中に埼玉の本宅に帰るつもりなので、予定通りこのまま下ることとする。10分も下ると沢コースと山腹コースの分岐に出た。前回山腹コースを登って伐採現場に出合いひどい目に遭っているので、今日は沢コースを採る。ただし標示板には相変わらず「沢コースは崩壊地点があり危険なため、山腹コースを行くように」と標示されている。構わず沢コースをどんどん下る。10分も下ると足久保川本谷に出合った。沢の水を口に含むと歯に染み入る。後は沢沿いに下るだけだ。心配した崩壊地もなく、立派な登山道が続く。何事もなく、12時50分、無事愛車に戻りついた。今日1日誰にも合わなかった。