前日光 石裂山

カモシカに出会い、

カタクリの花に出会う早春の山行

2004年4月3日


西剣ノ峰で出会ったカモシカ君
 
加蘇山神社(550〜555)→ 清滝(610)→ 竜ガ滝(620〜630)→ 中の宮(650〜700)→ 稜線(730〜750)→ 東剣ノ峰(755)→ 西剣ノ峰(805〜810)→ 石裂山(830〜850)→ 月山(900〜910)→ 尾根下降点(925)→ 加蘇山神社(1020)

 
 桜花満開の季節となった。ラオ、タイの旅より帰り、早1ヶ月が経つ。山には2ヶ月も御無沙汰している。早春の日本の山の美しさを味わってこよう。前々から気になっている山、前日光の石裂山に行ってみる気になった。この山は関東百名山にも選ばれている名の知れた山ではあるが、鎖場の連続するガリガリの岩山である。岩は特別不得意というわけではないが、あまり好きではない。しかも、他にルートを発展させようのない独立峰のため、回遊ルートを辿ってもわずか4時間の行程である。こんなわけで、いまひとつ登山意欲が湧かず、気になりながらもいままで未登のまま残っていた。
 
 早朝4時過ぎに車で出発する。こんなに早く出発する必要もないのだが、3時に目が覚めてしまった。東北自動車道を走るうちに夜が明けてきた。鹿沼インターで降り、満開の桜並木を鹿沼の市街地に向かう。さらに、荒井川沿いの道を石裂集落に向かう。山里はどこも春爛漫である。石裂の小さな集落からさらに小沢に沿った細い道を数分進むと、ようやく登山口である加蘇山神社前の駐車スペースに到着した。まだ6時前。当然私が最初の1台である。長い階段を登った先に加蘇山神社が鎮座している。先ずは神社に詣でよう。樹齢数百年の杉の大木が鬱蒼と茂る参道を登る。古色蒼然としたなかなか立派な社殿である。神護景雲年間(767〜770)に日光修験の祖・勝道上人が開山したという山岳宗教系の古社である。

 神社脇から登山道に入る。注意書きがいくつも掲示されている。岩場での滑落死亡事故が多発していること。ハイキングコースでなく本格登山コースであること。厳しい岩場コースのため初心者は立ち入らないこと。もとより承知の上であり、今日はストックも持たず、足回りも運動靴である。軽荷の場合、登山靴より運動靴の方が岩場では有効である。

 杉並木となった沢沿いの小道を緩く登っていく。清滝と表示された小滝を経、右岸左岸と3〜4回渡り返すと竜ガ滝に達した。四阿が建っておりひと休みする。この滝も滝というほどの代物ではない。この地点で月山からのルートが合流する。下りに辿ってくるつもりのルートである。辺りは静寂その物で鳥の声さえしない。梢の間から朝日がようやく漏れ出した。

 ここから登山道となった。すぐに千本桂に達した。天然記念物である樹齢1000年という桂の古木である。根本から何本もの小さな幹が生え、まるで樹の束のようになっている。水流の絶えた沢沿いをさらに登ると、やがて中ノ宮跡に達した。ここにも四阿が建っている。穏やかな地形もここまで、いよいよ石裂山の核心部が始まる。目の前には「行者返し」の岩場が垂直の壁となってそそり立ち、何本もの鎖が垂れ下がっている。覚悟を決めて壁に挑む。岩は濡れていて滑りやすい。標高差もあり、なかなか登りがいがある。落ちたら命はないと思うとやはり怖い。ようやく登りきると、奥社の下部に出た。アルミ製の梯子が掛けられた上に洞窟があり、中に奥社が祭られている。

 大絶壁の上を危なっかしく左にトラバースした後、岩稜を上る。所々梯子が掛けられているので、見た目ほど危険はない。さらに右にトラバースする。岩場が終わり、稜線直下の草付きのような急斜面を登る。案内書には、この辺りにカタクリの花が群生するとあるが、潅木と落ち葉以外何も見当たらない。稜線に達した。緊張し続けたので時間も疲れも感じなかった。ようやく腰を下ろす。

 痩せた岩稜を辿るとすぐに東剣ノ峰と表示のある小岩峰に達した。山頂の反対側を覗き込んで驚いた。まさに垂直の壁となって数十メートルもスパッと切れ落ちているではないか。この岩壁にアルミ製の長い梯子が掛けられている。スリル超満点の下降に入る。ただし、梯子は確りしており見た目ほど危険はない。素手で握るアルミが冷たくて閉口する。途中、梯子を乗り換えるところ1箇所がかなり微妙なバランスを要する。鞍部に下りきり、今度は岩角木の根をつかんでの急登に移る。登りきったところが西剣ノ峰である。

 突然目の前にカモシカが現れた。珍しく白いカモシカである。道の真ん中に立ちふさがってまったく動こうとしない。仕方がないので私もひと休みする。カメラを向けても一向に動じる気配もなく、膨らみだした潅木の芽を食べている。2メートルぐらいまで近づいても、ちらっと目を向けるだけで平然としている。手の届きそうな距離だが、いくら何でもこれ以上近づくのは危険だろう。相手は鋭い二本の角を持っている。おまけに狭い岩稜の上、体当たりされたら絶壁から墜落である。しばらく、そばに座っていたが、しびれを切らしてザックを背負って立ち上がったら、ひょいと道を開けてくれた。カモシカは概して人間を恐れないが、これほど人間を恐れないカモシカも珍しい。

 西剣ノ峰の下りもまた凄まじい。数十メートルの垂直の壁に長い長い梯子が掛けられている。途中で下を覗くと目がくらみそうである。鞍部に下ると、粟野加蘇山神社への細い踏跡が左に下っている。再び、岩角木の根を掴んでの急登となる。一気に登り揚げると、石裂山分岐に達した。道標に従い、ほんの20〜30メートル左に辿ると、石裂山山頂であった。狭い山頂は周りを樹木に囲まれ、真ん中に879.4メートルの三角点が設置されている。わずかに北方に視界が得られ、春霞の中に真っ白な男体山が浮かんでいる。もちろん人の気配はまったくしない。座り込んで握り飯を頬張る。朝から何も食べずにここまで登ってきた。緊張の連続で空腹も覚えなかった。ここから先は、もはや危険な箇所はないはずである。目の前にはこれから向かう月山の岩峰がすっくとそそり立っている。

 しばしの休憩の後、月山に向かう。いったん下って登り返すと、山頂に達した。月読の命を祀る祠と天狗岩と呼ばれる大岩がある。北側に展望が開けていて、日光白根山、男体山、女峰山と続く奥日光連山の白い山並みが前山の背後に連なってる。西には古峰ヶ原高原のゆったりした大きな山塊が見える。山頂は木漏れ日が溢れ暖かい。この月山山頂は標高900メートルあり、この石裂山山塊の最高地点である。三角点のある石裂山よりも20メートルも高い。考えるに、本来この月山のピークが石裂山山頂と認識されていたと思われる。故に、月読の命を祀る社が建てられたのだろう。しかるに、三角点が、879.4メートルピークに設置されたことにより、山頂が変わってしまったのだろう。どういうわけだか、三角点の設置されている場所を山頂と認識する習慣がある。

 下山に移る。祠前の鳥居をくぐり、急な岩尾根を下る。やがてルートは尾根筋を離れ右の急斜面をジグザグに下るようになる。杉檜の植林となっているが、かなりの急斜面である。沢の源頭の絶壁の上に出た。どうするのかと思ったら、鎖場となって絶壁を下る。そこに何とカタクリが群生していた。まだ冬の装いの濃い茶色の斜面に、紫の花が数個、春が来たことを知らせている。さらに鎖場を経て急な斜面を下り続ける。歳のせいか、久しぶりの山行のせいか、時々つまずいて、はっとする。足に疲れを覚えるころ、ようやく竜ガ滝の休憩舎に達し、登りのルートに合わさった。ここまで来れば安全地帯である。

 小道を加蘇山神社目指してのんびりと下る。時刻はまだ10時である。これから登るパーティにぽつりぽつりと出会う。伐採作業をしていた人が「もう頂上まで行ってきたのか」と驚いた顔をしている。10時20分には車に帰り着いた。駐車場には10台ほどの車が駐車していた。
 

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