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伊豆ヶ岳(いずがたけ) 851.4m

 
所在地 名栗村 飯能市
名山リスト 関東百名山 関東百山 日本の山1000
二万五千図 正丸峠
登頂年月日 1978年2月26日 2002年11月4日

 
伊豆ヶ岳(右)と古御岳(左)
 子の権現付近より
伊豆ヶ岳(左)と古御岳(右)
大持山より
有間山より

 
 伊豆ヶ岳は、奥武蔵を代表するハイキングの山である。周囲の山々から眺めると、隣の古御岳と双子のように並んでいるため一目で同定できる。ただし関東平野からは前山の陰となり見えない。伊豆ヶ岳の人気は、少なくても10年前までは、奥武蔵随一であった。少し古いが、その人気の程を示す事例がある。雑誌「山と渓谷」が、1993年1月号で、「みんなが選ぶ新・百名山」という特集をしている。深田百名山は対象から外されているのだが、それでも伊豆ヶ岳はみごとにこの読者の投票による日本百名山に選ばれているのである。まさに深田百名山に匹敵する人気の山であった。ちなみに、選ばれた他の埼玉県の山は二子山、武甲山である。 

 人気の理由は明確であった。一つは山頂からの360度の大展望である。まさに奥武蔵の山々が一望であった。名前に因んで伊豆半島まで見えるとの俗説まで信じられていた。もう一つは山頂直下の鎖場の存在であった。低山にして軽い岩登りのスリルがそれほどの危険もなく味わえた。もちろん、交通の便がよいことも理由の一つであった。都心の池袋から西武秩父線の直通で約1時間半、正丸駅を降りれば、もうハイキングコースである。また、古御岳(こみたけ)を越えて子の権現(ねのごんげん)に向かう定番の縦走路を持っていることも大きな強みであった。

 この11月初め、実に24年ぶりに伊豆ヶ岳を訪れた。相変わらず山頂は多くの老若男女でにぎわっていたが、私は少なからずがっかりした。何と、伊豆ヶ岳の大きなセールスポイントが二つとも消え去っていたのである。あれほどの展望を誇った山頂は今や潅木の薮に囲まれ、わずかに西方に武甲山、大持山、武川岳が薮の隙間から見えるだけであった。また、山頂直下の鎖場も落石の危険により通行禁止となっていた。さらに、露石の積み重なった山頂も狭く、のんびりと休む雰囲気からはほど遠かった。メイン登山道となる正丸駅からの直登コースは、沢の源頭から支尾根に登り上げる急斜面が赤土がむき出しとなり、明らかにオーバーユースの気配であった。

 ただし、周囲の山々から眺めたその山容のかっこうよさだけは昔のままであり、文句なしにこの山の魅力でありつづけている。古御岳とともにまるでツインタワーのように稜線から鋭く盛り上がった山容は思わず見とれてしまう。

 伊豆ヶ岳の人気にはその山名もいくらか貢献しているように思える。「イズガタケ」の音は響きもよく、また何となくロマンの香りもする。この「伊豆ヶ岳」という山名の由来については諸説がある。山頂にたてられた埼玉県・環境庁の説明板には次の通り記載されている。
   伊豆ヶ岳の山名は突峰状の山容によるアイヌ語の「イズ」から出た
   ものと言われています。地元では、快晴の日、山頂に登ると遠く伊
     豆まで見えるからという「伊豆ヶ岳説」柚の木が多くあったからと
   いう「柚ヶ岳説」また昔、麓の湯の沢で温泉が湧き出ており、その
   前の山だからという「湯津ヶ岳説」等、色々な話が伝えられています。

 「伊豆半島が見える」という説に対しては、雑誌「山と渓谷」が、1993年2月号で実地検証をしている。それによると、東京湾は見えるが、伊豆の海や山は、丹沢連峰の陰となり、理論上も実際上も見えないとの結論を出している。 
  
 今では、伊豆ヶ岳と云う名前は、この辺りに勢力を広げた伊豆地方の修験者によって名付けられたと考えられている。日本交通公社出版の「関東周辺ハイキングガイド」には次のように書かれている。 
   説得力のある由来は伊豆権現との関わりであろう。伊豆ヶ岳山麓
      の畑井には 伊豆権現が祭られていることがその証左となる。山岳
   修験者と密接に結び付 いていた宗教だけに霊場として崇められて
   いた山ではなかったのだろうか

 すなわち、伊豆ヶ岳はその昔は修験の山であったようである。山容の鋭さ、鎖場の存在などから想像しえる。現在は山頂に目立たない小さな祠があるだけで宗教的匂いはほとんどしない。そして、このことは伊豆ヶ岳にとって幸運であると言えよう。 
  
 私はこの山に二度登った。最初の登頂は昭和53年2月である。当時4歳の長女を連れて正丸駅から大蔵山集落への静かな道をたどった。集落の外れで直登コースが分岐するが、我々は正丸峠への道をとり、峠から伊豆ヶ岳への縦走路を進んだ。山頂直下で、鎖場を登る男坂と、右から巻き気味に登る女坂に分かれる。幼児連れゆえ女坂を登った。露石の狭い山頂はまさに奥武蔵の大展望台であった。山頂から子の権現を目指した。寒さは厳しく、所々に残雪を見たが、奥武蔵の山々の展望が欲しいままであった。子の権現から吾野駅までの道程は、幼児連れには少々遠かった。 

 今年の11月、24年振りに訪れた伊豆ヶ岳はその雰囲気も何か俗っぽく、奥武蔵特有のすがすがしさは感じられなかった。誤解であればよいのだが。

(2002年11月改記)