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鐘撞堂山(かねつきどうやま) 330.2m

 
所在地 埼玉県寄居町  花園町  
名山リスト 関東百名山 日本の山1000
二万五千図 寄居
登頂年月日 2000年10月8日  

 
 登谷山より望む
 ママコノシリヌグイの群生
 五百羅漢

 
 鐘撞堂山は寄居町の北に盛り上がった低山である。西から続いてきた荒川左岸稜もこの鐘撞堂山を最後として関東平野に没する。戦国時代、この山の頂には敵の襲来をいち早く知らせるための鐘撞堂があった。すなわち荒川対岸にある鉢形城の物見砦である。鉢形城は小田原を本拠地として関東を支配した北条氏の有力な支城であった。関東平野への出口となる寄居は古来交通の要衝である。この城は侵略してくる甲斐・武田勢、越後・上杉勢に対する重要な備えであった。

 1590年5月のある日、この鐘撞堂山山頂の鐘は激しく乱打されたに違いない。秀吉による北条攻めが始まり、鉢形城にも前田利家、上杉景勝を主力とする5万の大群が攻め寄せてきたのである。鉢形城は1ヶ月の籠城戦ののち、6月14日落城する。そのはるか以前に、この小さな砦も落城したはずである。ただし、その歴史は山名として今に残された。

 鐘撞堂山へは寄居駅から幼児連れでも歩けるよく整備されたハイキングコースが開かれている。登り約1時間のコースである。秋の一日、のんびりと歩いてみよう。熊谷から秩父鉄道で約30分、町役場の建つ寄居駅北口の広場に降り立つと、鐘撞堂山を示すしっかりした道標がある。道標は要所要所に完備しており、迷うことなく山頂まで導いてくれる。国道140号線を越えると深田谷津の集落に入る。山里はキンモクセイの甘い臭いに満ち、道端には曼珠沙華の深紅の花が咲き誇っている。

 曼珠沙華の別名は彼岸花である。この植物は稲作と一緒に大陸から渡ってきたと云われる。救荒作物であり、飢饉の際にはこの根を食べて飢えをしのいだ。もっとも、根は有毒であり、毒抜きが必要である。この植物の群生する場所は弥生時代から続く古い集落といわれる。寄居町も古い集落である。古代、武蔵野はアシの生い茂る荒れ地で、人が住むどころか通行もままならなかった。集落の多くは武蔵野の西端、およそ現在の八高線に沿って発達した。児玉、寄居、小川、飯能、八王子と続く線である。鎌倉街道もおよそこの線に沿っている。

 小川に沿った里道を進むと、大正池と云われる小さな溜池がある。池畔に四阿もあり、ひと休みするにはちょうどよい。場違いな建て売り住宅を過ぎると、人家は絶える。すぐに道標に従い右の谷間沿いの小道にはいる。道端には野の花がたくさん咲いているはずである。緩やかに登っていくと、ちょっとした平坦地に竹炭窯がある。周りは鬱蒼とした竹林である。この辺りが馬騎ノ内集落跡である。二万五千図には、集落名とともに2軒の家屋記号が記載されているが、もはや人家はない。この鐘撞堂山中腹斜面に位置する馬騎ノ内も古い集落であった。7世紀中頃の建立といわれる馬騎ノ内廃寺は埼玉県内では慈光寺に次ぐ古い寺である。

 ちょっとしたジグザグを経ると尾根に登り上げる。クヌギ、楢の茂る尾根道を少し進み、階段整備された急坂をちょっとの間耐えるともう鐘撞堂山の山頂である。砦があっただけに小広く開けた平坦地で、東側に大きく展望が開けている。眼下に寄居の町並みが見え、その背後に関東平野がどこまでも広がっている。視界さえよければ遠く筑波山が見えるはずである。座り込んでお弁当にするのに最適である。

 下山は円良田湖への道を採る。登ってきた山頂直下の急坂を下ると、右にルートが分かれる。しばらくは尾根道を下る。ミズヒキの花が実に多い道である。やがて尾根を離れ沢沿いの道となる。簡易舗装された小道である。ママコノシリヌグイのピンクの花が大群生となって咲いているはずである。のんびりと下っていくと車道にぶつかる。右に行けば円良田湖を経由して波久礼の駅にでられる。円良田湖は人造湖で桜の名所である。春ならばそちらに向かうのもよいだろう。今日は五百羅漢への道を採る。道標に従い、車道を横切り向かいの尾根に取り付く。階段整備されたやや急な、今日初めての登りらしい登りである。約10分で石仏の立つ羅漢山山頂に達する。四阿もあるのでひと休みしよう。

 ここから麓の少林寺へ下るのだが、その道の端に510余体の五百羅漢の石像が絶え間なく立ち並んでいる。一部頭が欠けたり、叢に埋もれた羅漢もあるが、総て異なるという羅漢の表情は見ていて実に楽しい。説明書によるとこの羅漢像が奉られたのは天保3年(1832年)であるという。これほどの羅漢像をよくも造ったものだし、また盗まれもせずよくぞ保存されたものである。まさに一見の価値がある。

 少林寺からは里道となる。道標は巧みに車道を避け、集落内の入り組んだ細道へと導く。へたに近道など考えず、道標に身を任すのがよい。キンモクセイの甘い匂いが満ち、コスモスの咲く里道は、山旅のファイナーレとして実にふさわしい。30分も歩けば、波久礼の小さな駅舎にたどり着く。

(2002年10月記)