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父不見山(ててみえずやま) 1047m

 
所在地 埼玉県吉田町  群馬県万場町
名山リスト 関東百山 
二万五千図 万場
登頂年月日 1993年3月21日  2001年3月18日

 
杉ノ峠上部より
城峯山頂より
土坂峠上部より

 
 父不見山は名山と云うには少々憚る。登ってみればわかるが、何の変哲もない平凡な山である。「日本の山1000」にすら載っていない(いくら何でもこれはおかしいが)。しかし、その山名からイメージされるのであろうか、藪山党にはなかなか根強い人気がある。この山を世に知らせたのは多分に尾崎喜八の次の一句である。
   
  「父不見 御荷鉾も見えず神流川 星ばかりなる万場の泊まり」

そしてまた、この句によって、父不見山のイメージも出来上がってしまった。
 
 父不見山は上武国境稜線上にあり、半分は埼玉県に属する山である。しかし、尾崎喜八の歌の影響もあり、神流川流域万場の南にそびえる山とのイメージが強い。どの案内書を見ても、西上州の山として扱われている。もっとも、この山の姿を仰ぐには視界が大きく開かれている神流川流域が圧倒的に有利である。埼玉県側からは、長久保川の奥深くに位置するため、なかなかすっきりした姿を仰ぎにくい。

 父不見山は双耳峰である。東側に1047メートル峰、西側に三角点のある1066メートル峰が連なる。一般的に東側のピークを父不見山、西側のピークを長久保ノ頭と呼んでいる。国土地理院の地図もそのようになっているし、現地の道標もそのようになっている。しかし、西側の三角点ピークを父不見山としている書物も散見される。
 
 平成12年の2月、父不見山にとって大事件が起こった。山火事である。18日と28日の二度による火災は南面の植林をすべて焼き尽くし、焼失面積は実に54ヘクタールにも達した。この不幸な出来事により、父不見山の印象が大きく変わった。樹林の中の展望もないいたって地味な山が、明るく大展望の山に変貌したのである。父不見山にとってよかったのか悪かったのか。
 
 それにしても不思議な山名である。父不見と書いて「ててみず」「ててみえじ(ず)」「ててめーじ」等呼ぶ。この山にはいくつかの伝説がある。何れも、「父が見えない」と云う山名に由来する物語である。
 
  (1)昔、中平の寺僧が子供を捨てて逃げ、後を追った子供がこの山 
    で父を見失った。(埼玉大百科事典    埼玉新聞社)
  (2)神流川を挟んで北側の桐ノ城にすむ武将の妻子が、戦いに出か
    けた父をいつ帰るのかと眺めていた方向にあった山である。 
              (群馬県百科事典 上毛新聞社)
  (3)平将門が戦死し、その子がまだ見ぬ父を慕って嘆いたと云う伝
    説による。(角川日本地名大辞典)
 
 山名から伝説が生まれたのか、またその逆なのか、昔から、人々に親しまれた山であったことは確かである。
 
 父不見山の東の鞍部が杉ノ峠、西の鞍部が坂丸峠である。何れも、秩父地方と神流川流域を結ぶ古い峠である。うれしいことに、両峠とも今なお昔の峠道が残されている。父不見山への登頂はどちらかの峠に登って、そこから稜線沿いに山頂に向かうことになる。ただし、埼玉県側も群馬県側も公共交通機関は恐ろしく不便であり、首都圏からの日帰りはかなり困難である。近年、南面中腹を巻く林道が開削されたため、車を利用すれば杉ノ峠までわずか15分で登ることができる。ただし、これでは父不見山のよさはわからない。
 
 私はこの山に二度登った。最初の登頂は平成5年の3月であった。このときはルートに少々妥協し、杉ノ峠直下まで車を乗り入れた。小さな社が鎮座する杉ノ峠は、名前の通り数本の杉の大木がそびえ立ち、展望もない暗い峠であった。15センチ程の積雪を踏んで国境稜線を西に辿り、父不見山、長久保ノ頭と縦走した。稜線の埼玉県側は欝蒼とした杉と檜の混成林で展望はなく、上州側はまだ若いカラマツの植林で木々の隙間から御荷鉾山が大きく見えた。父不見山山頂には有名な「三角天」と彫られた石が置かれていた。長久保ノ頭でとんでもない道標を見つけた。小鹿野町観光協会の建てた立派な道標だが、坂丸峠と南尾根を反対に標示している。間違えでは済まされない重大ミスである。隣に、藤倉中学の建てた道標があり、この道標は正確である。ここからルートファインディンクを楽しみながらバリエィションコースである南尾根を下った。
 
 二度目の登頂は2001年3月である。やはりこの山は一度丁寧に登っておかねばとの思いもあり、万場の奥の小平集落から坂本峠に登り上げ、山頂に達した。さらに国境稜線を長駆塚山まで縦走した。長久保ノ頭から杉ノ峠の先まで南面はただ一面焼け野原でびっくりした。このため山頂からは大展望が得られ、城峯山、武甲山などを心ゆくまで眺めることができた。杉ノ峠の杉の大木も焼けただれ無残な姿を晒していたが、それでも若葉が吹き出し、生命力の強さに驚かされた。
        (2002年2月記)