甘利山と千頭星山

レンゲツツジの山からすばらしき準平原の山へ

1997年6月1日


薬師岳を望む
 
広河原駐車場(655〜700)→甘利山(715〜725)→奥甘利山(745〜755)→大西峰(825〜830)→千頭星山(850〜905)→大西峰(935)→御所山(1005〜1020)→大西峰(1055〜1100)→甘利山(1135〜1145)→広河原駐車場(1155)

 
 そろそろ梅雨入りが近いと見えて、毎日すっきりしない天気が続く。次々と咲き誇った駿府公園の各種ツツジもそろそろ終わりとなり、代わってキョウチクトウが咲き始めた。山は今がツツジの真っ盛りである。この時期に登る山のキーワードは「花」である。どこに行こうかと考えていたら、ふと甘利山が頭に浮かんだ。甘利山も花の山であり、セールスポイントはレンゲツツジである。6月中旬から下旬にかけて山頂部が真赤に染まるという。レンゲツツジにはまだ早そうであるが行ってみることにした。昔はこの山に登るには韮崎駅から4時間ものアプローチが必要であったが、調べてみると、何と今では車道が山頂直下まで通じており、しかもレンゲツツジのシーズンには山頂直下の駐車場は車で溢れるという。いつのまにか登山対象の山ではなくなってしまったようである。甘利山だけでは登山にならないので、稜線を鳳凰三山に向かって縦走し、千頭星山まで行ってみることにする。

 朝4時45分、家を出る。勝手知った国道52号線をひたすら北上する。天気予報は一日晴れなのだが、空気がどんよりと濁り、晴れているのか曇っているのかわからない天気である。山梨県に入ると左手に篠井山の大きなどっしりとした山容が現われる。この山は全国的にはまったく無名であるが、日本三百名山ぐらいには選ばれてもおかしくない。甲府盆地に入るが、視界が悪く山々はモヤの中である。韮崎から甘利山公園線に入る。立派な山岳道路をヘアピンカーブを切りながらグイグイ高度を上げる。朝日に輝く新緑がまぶしい。早朝と見えて通る車はまったくない。中腹の椹池付近に達すると、道路端に煉瓦色のレンゲツツジが点々と現われる。

 6時55分、山頂直下の広河原駐車場に着いた。驚いたことにすでに20台ほどの車が駐車している。すぐに山頂を目指す。登山道というより遊歩道で、両側にロープが張られた小広い道である。周囲はダケカンバやシラビソ、カラマツなどの疎林で、林床はクマザサである。その中にお目当てのレンゲツツジやズミ、マメ桜などの灌木が点在している。残念ながらレンゲツツジの蕾はまだ固い。出会う人々は皆大きなカメラを据え付け撮影に余念がない。どうやら駐車場の車の主はハイカーではなくカメラマンのようである。約15分の緩やかな登りであっさりと甘利山山頂に達した。山頂は広々とした台地状の広がりで、ただ一面にレンゲツツジの低灌木で埋め尽くされている。まさにレンゲツツジの純生林である。もう半月もしたら山頂部はすさまじいまでにオレンジ色で染まるだろう。と同時に、この山頂も人並みでごった返すに違いない。想像しただけで嫌気が指す。所々にクサボケの朱色の花が咲いている。周囲は360度開けているのだが、相変わらずモヤが濃く周囲の山々はまったく見えない。ただ、モヤの上に突き抜けた富士山だけが遙か上空に消え入るように浮かんでいる。 早々に千頭星山に向け出発する。行く手の山の斜面を見渡すと、樹林の中に点々と鮮やかな紫色が混じる。ミツバツツジに違いない。

 奥甘利山の鞍部に向かって緩やかに下る。ここからは普通の登山道である。ダケカンバやカラマツの樹林の中にズミやツツジの灌木が混じる。ズミはようやく咲き始めたばかりだが、圧巻はミツバツツジである。木を丸ごと鮮やかな紫に染め、辺りを圧倒している。しかもどれも5メートルもの大木でその艶やかさは何と表現したらよいやら。鶯が盛んに鳴いている。緩く登って次の1843メートル峰の直下を巻く。このピークは地図に山名の記載はないが、奥甘利山と呼ぶらしい。念のため山頂まで行ってみたが何もない。斜面の草原に腰を下ろして朝食とする。小学生の姉妹をつれた家族づれが登ってきた。

 いったん鞍部に下り、千頭星山稜への登りに入る。カラマツを主体とした樹林の中のなかなかの急登である。今日は調子がよく、知らず知らずにスピードが上がる。いったん平坦地に出て、再び急登を続けるとあっさりと山稜上の2066メートルピーク直下に登り着いた。千頭星山へはこの山稜を左に辿るのだが、山稜を右に辿ると御所山を経て青木鉱泉に達する。このピークを大西峰(オオニシウラ)というらしい。「ウラ」とは峰を意味する古代朝鮮系の言葉で道志山塊の菜畑山(ナバタケウラ)や奥武蔵の日向沢ノ峰(ヒナタザワノウラ)などにその痕跡を残している。

 少し登ると樹林が途切れ、目の前にはっと息を飲むようなすばらしい景色が現われた。低いクマザサに覆われた台地が緩やかにうねり、広々としたうねりの中にダケカンバやシラビソ、モミなどの大木がまばらに生えている。台地には陽が燦々とそそぎ実に明るい。まるで夢の国に来たようなすばらしい風景で気持ちが一気に和む。高度が上がったためか空気も澄み、左手には九合目以上を白く染めた富士山が浮かび、右手には鳳凰三山が現われた。見とれるほどに薬師岳、観音岳、地蔵岳の山腹を真っ白な雲がどんどん上がっていき山頂が現われる。薬師岳の二つの岩峰と地蔵岳のオベリスクが陽に輝く。その前景となるダケカンバの大木はみずみずしい新緑をきらめかせ、その樹皮の白とのすばらしいコントラストを演じている。うねる台地の先には千頭星山がこんもりと盛り上がり、なんとも表現しがたい景色である。しかもこの台地にいるのは私一人、何と贅沢な。

 のんびりとうねる台地をたどり、わずかに登ると千頭星山山頂であった。誰もいない。ダケカンバやシラビソ、カラマツの林の中の山頂は展望こそないが明るい。鶯が盛んに鳴いている。山頂からはさらに鳳凰三山に向け確りした踏み跡が続いている。さてこれからどうするか。まだ時刻は9時、このまま戻れば10時過ぎには車に帰り着いてしまう。鳳凰三山まで行ってみようか。しかし、このすばらしい景色の中、ガツガツ歩き回ることもあるまい。そうだ、このすばらしい稜線を大西峰を越えて御所山まで行ってみよう。大西峰から小1時間で行けるだろう。山頂を下り始めると、目の前に大西峰まで続く緩やかな台地のうねりが再び現われた。その遙か彼方にうっすらと山並が見える。どこだろう、歩きながら考える。八ヶ岳連峰だ!。登山道から外れ、低いクマザサを踏んで鳳凰三山のよく見える小さな高みに腰を下ろす。傍らには新緑が実に美しいダケカンバの大木がそそり立っている。笹原に寝転び、しばし山上の楽園に身を任す。人声がして奥甘利山で出会った家族連れが登ってきた。彼らもまた笹を踏んで私の傍らまでやってきた。

 腰を上げて再びのんびりと歩き出す。大西峰の甘利山分岐をそのまま通り過ぎて、稜線を御所山に向かう。ここからは樹林の中となった。登山道はいくぶん細まるが、それでも確りと笹刈りしてある。小さな登りを経ながら緩やかに下っていく。ただし、どこまでも樹林の中で、期待していたようなすばらしい笹原は現われない。鳳凰三山が木々の間からチラリチラリと見える。御所山近くまで来ると小さな草原が現われる。案内書にはアヤメの群生地とあるが、それらしき花は見えない。細い踏み跡が左に分かれる。道標はないが御所山への踏み跡だろう。ほんの2〜3分で山頂に達した。樹林の中の藪っぽい小さな高まりで、展望もなくつまらない頂であった。驚いたことに、中年の三人連れが藪の中で酒を酌み交している。一体どこから登ってきたのだろう。

 もと来た道を大西峰まで戻る。奥甘利山に向け、急坂を下っていくと、次々とハイカーが登ってくる。家族連れ、若い二人連れ。みな急登にふぅふぅ言っている。奥甘利山近くまで下ると、あの家族連れに追いついた。右手奥に今朝方は見えなかったゆったりとした大きな山が見える。どこだろう。11時30分過ぎ、あっさりと甘利山山頂に戻り着いた。今朝方とは異なり、行楽客が徘徊している。草原に座り込み、稲荷寿司を頬張りながら、二〇万図で先ほどの山を調べる。櫛形山である。なるほど、ここから見ても和櫛の形そのままである。モヤがだいぶ薄れ、辿ってきた千頭星山から御所山への稜線がよく見える。眼下には甲府盆地がぼんやりと霞んでいる。小休止後、一気に広河原の駐車場に下る。行楽客が何組も登ってくる。下り着いた駐車場は100台余りの車で満車であった。

 甘利山は登山対象ではないが、千頭星山付近の準平原は何とすばらしかったことか。

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