高原山 鶏頂山と釈迦ケ岳

紅葉のもと、気になる一等三角点の火山に登る

2001年10月7日


鶏頂山(奥)と御嶽山(手前)
 
西登山口(645〜715)→スキーゲレンデ(735)→枯木沼分岐(745〜750)→ゲレンデ最上部(800 )→大沼入口(810)→弁天池(820〜825)→尾根(850)→鶏頂山(905〜920)→弁天池分岐(930)→弁天池分岐2(935)→明神岳分岐(945)→大間々台分岐(1005)→釈迦ケ岳(1010〜1035)→弁天池分岐2(1110〜1115)→弁天池(1130〜1135)→大沼入口(1145)→大沼(1150〜1155)→西登山口(1225)

 
 高原山は日本三百名山にも列する雄大な成層火山である。ちょうど日光連山と那須連山との間に位置するため東北線の車窓から眺めたとき、那須連山と間違えることがある。いわばニセ那須とも云える山である。火山特有の雄大な裾にはいくつものスキー場が開かれており、山頂部は釈迦ヶ岳、鶏頂山等の峰々が高さを競っている。
 
 その地質学的誕生と成長の歴史についてはいつもの通り群馬大学早川先生のHPを引用する。
高原(たかはら)山は塩原温泉の南にある。「木の葉石」で有名な塩原湖成層は、直径9kmのカルデラ内に堆積したシルト層である。そのカルデラは52万年前の大田原火砕流の噴火 M6 の結果として生じた。高原山はカルデラの南縁に生じた大円錐火山である。南東斜面をつくっている溶岩は38万年前ころに流れた。それから20万年前ころまで高原山はM4〜5級のプリニー式噴火を4回繰り返した(鈴木、1993)。6300年前にはカルデラのほぼ中央で、富士山溶岩ドームを形成した噴火(M4.0)があった。


 高原山はまた、表日光の山々と同様、修験の山である。鶏頂山山頂には猿田彦を祀る鶏頂山神社が鎮座している。二週間前、高原山を日光・女峰山の頂から眺めた。その雄大な山容は私の登山意欲を刺激した。
 
 夜明け前の4時25分、車で出発する。今日は歩行距離も短く、これほど早朝に出発する必要もないのだが、帰路の渋滞を考えると早いに越したことはない。西那須野塩原インターで高速を降り、塩原温泉から日塩もみじラインにはいる。早朝ゆえ通る車もない。ところが、突然体調がおかしくなった。激しい吐き気とめまいがする。車酔いに似た症状で運転できない。風邪がまだ治りきっていないためだろうか。走ったり止まったりしながら、何とか西登山口の駐車場に到着したが、そのままシートに倒れ込んでしまった。しばし休むが快復の兆しはない。このまま帰るにしても運転ができない。一汗かけば快復するだろう。出発を決意する。
 
 広い駐車場には到着時すでに2台駐車しており、休んでいる間に中年の夫婦連れが出発していった。この西登山口は鶏頂山神社の参拝道口である。大きな赤い鳥居と狛犬がある。落葉松林の中、隈笹の切り開きの道を緩やかに登っていく。しっかりした道である。ふらふらするが何とか歩ける。20分も登るとスキーゲレンデにでた。登りとも言えないほど緩やかなゲレンデの中を進む。周囲はうっすらと紅葉している。枯木沼分岐でひと休みする。空はどんより曇り展望は期待できそうもない。
 
 ゲレンデ最上部から登山道となった。紅葉した雑木林の中をいったん緩やかに下った後、鬱蒼とした檜林の中を緩やかに登る。辺りに人影はなく静寂そのものである。大沼分岐を過ぎるとすぐに弁天池に達した。小平地に小さな池があり、祠や板碑、鐘などが設置されている。周りは紅葉した白樺と潅木の疎林である。ひと休みする。
 
 体調もだいぶ回復してきた。何とか予定通りの行程をこなせそうである。コースはここで二分する。左は釈迦ヶ岳へのコース。帰路下ってくる予定のコースである。私は、右、鶏頂山へのコースを辿る。登山道の状況が一変した。樹林の中の木の根岩角を踏んでの急登となった。2週間前登った大真名子山とちょうど同じ感じである。途中板碑や小さな祠を見る。しかし、急登もそれほど長くはない。25分であっさりと鶏頂山から釈迦ヶ岳に通じる尾根に登り上げた。正確に言うと尾根ではなく、昔の火口壁の一角である。前面は絶壁となって野沢源頭に落ち込んでおり、火口壁のイメージをよく残している。初めて視界が開け、目の前に御嶽山、さらにその奥に釈迦ヶ岳が沸き上がるガスに見え隠れしている。御嶽山の赤茶けたガレを紅葉が美しく彩っている。
 
 鶏頂山を目指し、火口壁を右に登る。今までにもまして、木の根岩角を踏んでのものすごい急登である。ただし、しっかり踏まれており、危険はない。周りはコメツガの高木とツツジやムシカリの潅木である。見上げる山頂部はガスに覆い隠され見えない。9時5分、鶏頂山山頂に達した。潅木に囲まれた小広い山頂はガスに閉ざされ何にも見えない。山頂の一角には山小屋を思わせるような大きな建物が建っている。鶏頂山神社である。山頂は二組の夫婦連れと無線通信をしている若者だけであった。腰を下ろすが、無線機に向かって一人しゃべり続ける若者の声がいたって耳障りである。早々に逃げ出す。
 
 急坂の下りは早い。あっという間に弁天池分岐に下り着く。ここで先発した夫婦連れを抜き、ナイフリッジの火口壁を釈迦ヶ岳に向かう。案内書にはここからはかなり笹が深いとあったが、しっかり刈られている。少し進むと、細い踏み跡が左に下る。弁天池で分かれた道のはずであるが、道標はない。帰路はこの踏み跡を下ることになる。ここでもう一組の夫婦連れを抜き、わずかに急登すると御嶽山である。ただし、山頂部は緩やかにうねる細い尾根で、標示もなく、山頂は特定できない。振り返ると、ガスの切れ間に鶏頂山が見える。明神岳へのコースを左に分け、一気に鞍部に下る。
 
 長い急登にはいる。コメツガと潅木の中の第一級の登りである。この辺りが高原山の核心部なのだろう。誰とも会わない。いつの間にか体調も完全に回復している。所々紅葉の赤がガスに映える。山頂が近づいたと思う頃大間々台からのコースが左から合流する。ちょうど単独行者が登ってきた。すぐに釈迦が岳山頂に達した。高原山の最高峰であり、一等三角点ピークでもある。樹林が切れ、広々とした笹原が広がっている。天気さえ良ければさぞかし素晴らしい大展望が得られるのだろうが。今日はただ一面乳白色の幕に閉ざされている。山頂には小さな祠と、石の釈迦像が安置されている。何はともあれ座り込んで握り飯を頬張る。山頂には3パーティが先着していた。
 
 場合によってはここから西平岳を往復しようかとも思っていたが、この天気では闘志が湧かない。下山に移る。御嶽山まで戻ると、幾分ガスも薄れ、山腹を紅葉に染める釈迦ヶ岳と鶏頂山が望めた。鞍部より確認済みの踏み跡を弁天池に下る。この道はかなり荒れている。沢とも登山道ともつかない道で、隈笹が両側から張り出し鬱陶しい。しかし、距離は短い。弁天池に下り着いてひと休みする。おじちゃんおばちゃん十数人の大パーティが登ってきた。
 
 時間がまだ早いので大沼に寄ってみることにした。分岐からほぼ平坦な踏み跡をほんの3分ほど辿るとあっさり到着した。水はなく、短い草と岩を配した日本庭園のような美しい湿地帯であった。天気も回復し、背後に鶏頂山がそびえ立っている。
 
 スキーゲレンデをのんびり下り、12時25分には愛車に下り着いてしまった。何とも味気ない登山であったが、天気の良い日にまた来てみよう。

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