志太山地 菩提山から主峰・高根山へ

大気持ちのよい縦走路も林道で破壊されて

1995年10月21日

              
 
上滝沢(825)→桧峠(925)→菩提山(1040〜1050)→滝ノ谷峠(1125〜1140)→笠張山(1225〜1235)→ 高尾山(1310〜1320)→鼻崎の大杉(1410〜1415)→蔵田バス停(1420〜1425)→高根白山神社(1500)→高根山(1515〜1530)→蔵田バス停(1615〜1643)

 
 焼津、藤枝の市街地が広がる志太平野の背後に870メートルの高根山を主峰とする志太山地の山々が波打っている。朝比奈川、瀬戸川源流の山々である。高根山、ビク石、菩提山はハイキング対象として案内も多い。車で行って頂上を極めるだけなら至って簡単であるが、いくつかの山々を結んだ縦走を試みようとすると、バスの便が至って不便なこともあり、ルートの取り方が難しい。また低山ゆえ、バリエイションルートを取ると夏には藪が深そうである。私はまだこの山域に足跡を残していない。紅葉にはまだ早いが、まず手始めに菩提山稜を縦走してみることにした。桧峠から菩提山、滝ノ沢峠、笠張山、高尾山と続く山稜を縦走して蔵田集落に下るコースである。もし時間的余裕があれば、さらに高根山に登るか、あるいはビク石に登ってみよう。実は、高根山は我がオフィスの窓からよく見えるのである。ダイラボウの左奥に富士山型の実に格好いい山容を見せている。さすが高根山という名前だけはある。
 
 藤枝駅7時50分の上滝沢行きのバスに乗る。桧峠への登り口である上滝沢集落へ行くバスは平日にのみ1日1本あるだけである。それなのに乗客は私一人であった。最近はマイカーの普及により、山里へのバスは次々に廃止されている。8時25分、上滝沢集落着。集落を抜けて、滝沢川に沿った通る車とてない舗装道路を桧峠に向かう。今日は降水確率ゼロ、空は澄み渡っている。茶畑が驚くほど山の上部まで広がり、道端には秋の野の花が咲き誇っている。ノコンギクやヨメナなどの野菊の花、子供の頃に泥棒草と呼んだセンダングサ、同じくアカマンマと呼んだイヌタデのピンクの穂。川原にはススキの穂に混じって、今ではすっかり日本の秋の風景になってしまったセイタカアワダチソウのどぎつい黄色の穂が目立つ。沿うている滝沢川の澄んた水の中には小魚がたくさん見える。まさに心の中に残る遠い遠い昔の風景そのままである。
 
 「滝沢川起点」の標示を見て、道が右岸から左岸に移ると、桧峠への本格的な登りとなった。車道としては限界と思える程の急坂である。息咳切ってヘアピンカーブの道を登ると一面茶畑の広がる斜面に出た。高度が上がり展望が開ける。振り返ると、山頂に鉄塔の立つひときわ高い山が見える。さてどこの山だろう。登りながら考える。そうだ、焼津市郊外の高草山だ。と、するとそこから左に続く山並は宇津の山々のはずである。稜線に達した。大井川水系と瀬戸川水系の分水稜線である。椿山方面への細い林道を分岐して、道はそのまま稜線上を北に向かってさらに登る。突然人家が現われびっくりする。ここが桧峠である。
 
 伊久美集落に下っていく車道と分かれ、道標に従い右の農道に入る。斜面一杯に茶畑が広がり、その中に人家が点在している。尾根上に発達した典型的な山上集落である。道標に従いながら急な農道を15分も進むとようやく樹林の中の山道となった。椎茸の榾木の組まれた檜林の中のえぐれた道を少し急登すると、雑木の明るい尾根道となる。アキノキリンソウの黄色い花、ツリガネニンジンのかわいらしい紫の花など秋の山野草が美しい。写真を撮りながらのんびりと登っていく。右に展望が開け、さきほど同定した高草山の背後には伊豆の山々がうっすらと浮かんでいる。道は確りしているが、時々蜘蛛の巣が道を塞ぐ。私が今日最初の、いやおそらく唯一の登山者と思える。雑木林はまだ紅葉はしていないが、それでも木々は葉をだいぶ落としているので尾根道は明るい。
 
 10時40分、菩提山に到着した。この山は別名経塚山ともいわれ、経典を山頂に埋めた信仰の山である。小さな祠のある狭い山頂はアセビなどの雑木が茂り展望はない。小休止の後、落ち葉の敷き占められた急坂を滑り下りる。相変わらず蜘蛛の巣が多い。これさえなければすばらしいコースなのだが。コウヤボウキやリンドウの花が咲き、真赤な実がついたミヤマシキミが目立つ。この実は毒とのことである。突然林道に飛び出した。地図にない林道で、滝ノ谷集落から上がってきているようだ。道標に従い林道を進む。首の周りだけ黄色い茶色の小さな蛇が道端に逃げ込む。何という蛇だろう。520メートル峰を右から巻くと、地蔵堂がある滝ノ谷峠に出た。滝ノ谷集落へ下る小道はあるが、地図に記載されている反対側の大久保集落に下る小道はない。ひと休みしていると材木を満載したトラックが通り過ぎた。

 ここで林道から離れ、道標はないが、稜線上にルートを求める。林道は次の510メートル峰を左から巻いていく。おそらく大久保集落に通じているのだろう。510メートル峰を越えると工事中の林道に出た。再び林道を避けて稜線上にルートを求め、次の520メートル峰を越えると、林道工事の先端に飛び出した。いったいこの林道はどこまで開削するつもりなのだろう。無造作に切り倒された木々が痛々しい。滝ノ谷峠までは道標も確りしていて、よきハイキングコースであったが、その先は登山道が林道で寸断され、もはやハイキングコースとはいえなくなっている。残念なことだ。
 
 笠張山への登りに掛かる。ものすごい急登である。登山道はすっかり荒れて、踏み跡程度となっている。おまけに蜘蛛の巣がものすごい。持参のストックを振り回しながら進む。ようやく檜の樹林の中の西峰に登りつき、少し進むと山頂に達した。薄暗い樹林の中でつまらない山頂である。ひと休みの後、少し下ると滝ノ谷集落へ下る小道が右に分かれる。ムラサキシキブの赤紫の実が見られる。高尾山との鞍部まで下ると、何とここでも新たな林道工事が進められていた。おそらく中里集落から登ってきたと思える林道が、高尾山の南の肩を越えて、稜線沿いにさらに笠張山方面に向かって開削されつつある。辿ってきた笠張山方面への登山道は取り付き点も不明となっていて、ハイキングコースは確実に廃道に向かっている。この真新しい林道を辿ってもいいのだが、意地になって稜線上のハイキングコース跡を辿る。藪はうるさいが、まだ踏み跡は残っている。山頂直下の樹林の中にエンシュウハグマの薄紫の花が群生していた。初めて出会う花である。この花は磐田東高校の校章にもなっている静岡県中西部の固有種で、安倍川以東にはないという。
 
 辿り着いた高尾山山頂は杉檜の樹林の中の薄暗いところで、まったく展望はない。真新しい林道の通る南の肩では何か大きな建造物の工事が進められている。ハイキングコースはここから中里集落へ下っているのだが、私はさらに稜線を辿って蔵田集落まで行くつもりである。案内書には、この蔵田集落へのルートは「林道工事でルートがわかりにくくなっているので入らないほうがよい」と書かれていた。道標はないものの山頂から北へ向かう踏み跡が確認できる。緩やかに下っていくと、右側直下を新しい林道が平行に走り出した。南東方向に大きく展望が開け、目の前のビク石山稜の向こうに、高草山から満願峰、宇津ノ谷峠、象山、ダイラボウと続く宇津の山並が見渡せる。その背後には静岡市街、日本平も見え、さらに伊豆の山々もうっすらと確認できる。
 
 ついに稜線に這い上って来た林道に追い出されてしまった。少し林道を辿り、林道が稜線の左に移る地点で、強引に山稜に這い上がる。稜線上には踏み跡があった。樹林の中を小ピークをいくつか越えながら下っていく。そろそろ蔵田集落が近いと思われる頃、道標があり、稜線から離れて左の急斜面を下る踏み跡を「蔵田」と標示している。すぐに舗装された林道に降り立ち、さらに5分も進むと、蔵田集落上部の鼻崎の大杉に出た。第一目標とした縦走の終了である。この大杉はなかなかのもので、説明によると、胴回りは静岡県随一で天然記念物に指定されているとのことである。
 
 時刻は2時ちょっと過ぎ、ビク石に登るのは無理であるが、高根山には登れそうである。その前にバスの時刻を確認しておく必要がある。5分ほど集落の中を下ってバス停に行く。最終は16時43分、まだ2時間少々ある。地図を読むと、蔵田集落の標高が419メートル、高根山が870メートル、高度さ約450メートルである。急げば2時間で往復できると読む。大杉まで戻り、高根山八合目にある高根白山神社に通じる舗装道路を辿る。ものすごいピッチでグイグイ飛ばす。かなりの急坂で息は切れるが、ピッチはますます上がる。東側に大きく展望が開けるが、楽しむのは帰路にしよう。45分で神社に登り上げた。欝蒼とした杉木立の中の神社は人影もなく静まり返っていた。この高根白山神社は12世紀の終わりに加賀の白山から勧請した由緒ある神社である。ここから山道となり、15時15分、ついに山頂に達した。なんと450メートルを50分で登り切ったのだ。
 
 山頂は杉檜の薄暗い林の中で、古びた山頂標示がぽつんと立つだけのまったく期待外れのつまらない頂であった。遠くから見ると、あれほどすばらしい山容の山の頂にしてはなんともお粗末である。山頂には誰もいなかった。ついに今日一日登山者には誰も会わなかった。山頂部には三本の無線中継用の鉄塔が立っている。最後の握り飯を食べ、下山にかかる。途中、東側に大きく開けた展望を楽しむ。宇津の山並の背後には富士山が浮かんでいる。
 
 16時15分、蔵田のバス停に帰り着いた。高尾山と高根山の鞍部の尾根上に発達した蔵田は大きな集落である。昔はお茶や木材の集積地として大きな賑わいがあったという。それにしても、この山上によくもこれほどの集落が発達したものである。帰りのバスも乗客は私一人であった。
 
 志太山地の典型的なハイキングコースである菩提山から高尾山にかけての縦走路は、気持ちのよい雑木林が多く、かつてはすばらしいコ−スであったと思える。しかし、林道がコースを目茶苦茶にしだしており、もはやハイキングコースとしては終演を迎えようとしている。返す返すも残念なことだ。一方、志太山地の主峰・高根山は、その姿形に反し、山頂は至ってつまらないところであった。がっかりである。しかし、今日は野の花を十分に楽しむことができた。