寺久保山から塩坂峠

早春の縦走路を木漏れ日を浴びながら

 

2020年3月12日


 
 寺久保山山頂
 南方より寺久保山を望む
                            
さくらの里バス停(826)→登山口となる雷電神社(833~838)→登山道に合流(840)→最初のピーク(846〜850)→雷電山(903)→医王禅寺分岐(956)→寺久保山山頂(959〜1005)→山王分岐(1043)→朝日山(1120〜1132)→アンテナ(1202)→塩坂峠(1221〜1230)→塩の井戸(1235)→さくらの里バス停(1310)

 
 新型コロナウィルスが世界中で猛威をふるっている。ついにWHOがパンデミックを宣言する事態となった。選抜高校野球を始めとしてあらゆるイベントが中止となり、厚生省等の関係機関は不要不急の外室は避けるよう訴えている。この夏のオリンピック開催もまず無理であろう。私にとっても、愉しみにしていたパンジーマラソンも鉄剣マラソンも中止になってしまった。ならば、山へでも行ってみようか。単独行の登山なら感染拡大には寄与しないだろう。

 どこへ行こうか考えあぐねたが、栃木県佐野市郊外の寺久保山が眼に止まった。寺久保山を頂点にして馬蹄形に連なる山稜を寺久保集落ー寺久保山ー塩坂峠ー寺久保集落と歩むハイキングコースである。コース上の山稜はいずれも標高300メートル以下、軽いハイキングに適当である。

 ところが、二万五千図を睨んでコースを確認していたら、この寺久保山コースは15年前の2005年4月に踏破した大小山ー越床峠ー大坊山のコースと隣り合っており、両コースを繋ぐルート設定が可能なことを知る。にわかに、この両コースを結ぶ長距離縦走をしてみたくなった。ただし、健脚を誇った昔ならいざ知らず、最近の軟弱な我が歩みを考えると設定時間内にこの長距離コースを歩ききる自信もない。結局、寺久保山コースを辿り、両コースの接続する塩坂峠に至った時点で越床峠コースに踏み込むかどうか判断することにした。

 寺久保山コース登山口となる栃木県佐野市寺久保集落への道のりはいたって遠い。「JR北鴻巣駅ー(JR高崎線)ー熊谷ー(秩父鉄道)ー羽生ー(東武鉄道伊勢崎線)ー館林ー(東武鉄道佐野線)ー佐野ー(佐野市営バス)ー寺久保」である。すなわち4種類の鉄道路線を乗り換えて行かねばならない。本日の日の出時刻は5時55分である。日の出と同時に家を出る。予報通り夜明けの空は真っ青に晴れ渡っている。今日一日すばらしい天気が約束されている。北鴻巣駅6時5分発の高崎線下り列車に乗る。計画通り次々と乗り換え、7時33分、無事に佐野駅に降り立った。待つ程もなく7時48分発の寺久保行きの佐野市営バスがやってきた。

 バスの乗客は私ただ一人、運転手に聞くと、通常は市内の学校に通う学生で満員になるが、今は、新型コロナウィルス対策として学校休校処置が取られているので乗客がいないとのこと。8時22分、無事に終点の寺久保集落の「さくらの里」という大きな老人介護施設前に到着した。寺久保集落は街道に沿ってまばらに人家が点在する小さな山村である。さて、集落背後に連なる山に登るのだが、バス停付近に登山口に至る標示は何もない。どっちに行ったらよいのやらーーー。事前に、登山口は集落のはずれにある雷電神社と調べてある。施設の背後の山裾を眺めると田んぼの向こうに鳥居が見える。目標の神社に違いない。人影もない集落内を抜け、強引に畦道を歩いて神社に行く。無人の小さな神社である。しかし、神社の周りにも登山口を示す標示は見当たらない。ちょっと困った。改めて周囲を探ると、神社の左奥に少々草深い広場があり、その奥の山際に「寺久保山入口」と記した小さな私設道標を見つけた。そこから細い踏み跡が山中に続いている。どうやら、ここが寺久保山登山口のようである。
 
 檜林の急斜面を登る。踏み跡は極めて薄い。この踏み跡で大丈夫かと不安に思う間もなく、左から確りした登山道が登ってきて合流した。この踏み跡が正規のルートのようだ。やや急な斜面を10分ほど登って行くと小ピークに登り上げた。何の標示もない。緩く下った後、トラロープの張られた急登に移る。辺りは檜の植林が終わり、クヌギやコナラの雑木林である。ふぅふぅ言って小ピークに登りあげる。このピークが雷電山と思うが、頂きには何の標示もない。さらに緩急の登りを繰り返しながら高度をあげる。登り行く先きに大きな山体のピークが見える。目指す寺久保山だろうか。さらに幾つかの小ピークを越える。
 
 やがて、右に下る踏み跡が分かれ、道標が行く先きを「医王寺」と標示している。すぐに待望の寺久保山山頂に到着した。無人である。広々とした平坦地で、檜の大木がまばらにそそり立っている。山頂部の一角に三等三角点「寺久保 357.2メートル」が確認できる。残念ながら展望は得られない。ザックを降ろして今日初めて一息つく。登山口から山頂までの所要時間は1時間20分、ほぼ標準時間である。縦走コースから外れるが、この山頂から北へ10分ほど行くと「見晴台」があるとのことで、道標が細い踏み跡を指し示している。しかし今日は先きを急ぐことにする。

 この山頂から縦走路は向きを北から西に変える。周りの木々が疎となり、陽の燦々と差す明るい尾根道となった。右側にはロープが張られ「立ち入り禁止」の看板が連続する。木々の間を通して下を覗き込んでみると、はるか麓で大掛かりの採石場が稼動している。1峰を越え、トラロープの張られた急坂を下る。何と、反対方向から中年の男の単独行者がやってきた、今日初めて山中で見かけた人影である。それにしてもどこから登ってきたのだろう。近くに入山ルートはないはずだが。続いてもうひとり、女性がやってきた。大きな熊手を持ちゴミを拾って清掃活動をしている。一般登山者ではなさそうである。左側の尾根の下には「佐野クラシックゴルフクラブ」が広がっている。ただし、コース上にはゴルファの姿は見えない。少し進むとザックが木の枝に架けられている。捨てられた感じではない。何か変だ。付近に人影もない。念のため、大声で呼び掛けてみたが答えはなかった。あのザックは何なのだろう。

 行く手におむすび型の形よいピークが見える。山王山(さんのうやま)と呼ばれる約370メートル峰のはずだ。ただし、ハイキングコースはその頂きを通らない。左方、はるか彼方には雪を冠った山並が見える。日光連山である。男体山がその形から一目で同定できる。

 寺久保山頂から40分ほどで山王山分岐に達した。東から西に向かって続いてきた尾根はここで大きく二つに分かれる。私の辿るハイキングコースは南に向かう尾根上に続いている。一方、北西に続く尾根上はハイキングコースは開かれてないものの、実に長大で、遥か彼方の足利市郊外の赤雪山へと続いている。先ほどから見えていた山王山はこの尾根上の一峰である。案内書によると、現在到着した分岐から20分ほどでいけるとのことである。一瞬心が動いたが、今日は場合によると長距離の縦走となることもあり得るので時間を無駄にできない。諦めた。

 尾根道を南に向かう。ここからの行程は長く苦しかった。いくつものいくつもの特徴のない小峰を越えて行く。尾根は明るい雑木林に包まれ、辿る尾根道はなんら危険はないものの、いつしか足どりは重くなる。焼けた木々が横たわる山火事の跡らしき場所を過ぎる。振り返ると寺久保山が連なる稜線からひときわ飛び抜けて頭を持ち上げている。思いのほか、立派な山容の山である。疲れた。腹も減ってきた。考えてみると朝から何も食べていない。朝日山との標示のある小峰に登りついた。地図にも案内書にも記載のないピークである。へなへなと山頂の露石に座り込む。

 昼食のパンをかじりながら、これからの行動を考えた。正確な現在位置は不明であるが、既に時刻は11時半。思いのほか時間を食っている。しかも、連続する小峰の登り下りに疲れ果てた。もはや体力的にも、気力的にも、越床峠から大小山へ続く長距離縦走コースへ踏み込む力はなさそうである。素直に、当初の予定通り塩坂峠から寺久保集落に下るのがよさそうである。
そう決断して、再びノロノロと歩みをすすめる。相変わらず小峰の登り下りが続く。行く手に小高いピークが立ちはだかっいる。おそらく地図に記載されている四等三角点「藤平入 301.39メートル」の置かれているピークであろう。この三角点ピークを越えて少々下ると小さなアンテナが立っていた。何となく場違いの感じである。

 辿っている尾根の状況が変わり痩せた岩尾根となった。ただし、危険と言う程の岩稜ではなく、気持ちのよい尾根道である。左右の木々が疎となり展望が大きく開けた。右側には関東平野が大きく開け、足利の町並みが見渡せる。左側には田畑の中に人家が点在する寺久保集落が見おろせる。中にピンクの壁がひときわ目立つ老人介護私設「さくらの里」が小さく確認できる。あそこまでこれから下ることになる。そのまま進むと塩坂峠に到着した。

 ルート案内板とベンチが設置されている。ただし相変わらず人の気配はない。この峠を「関東ふれあいの道」と名付けられたハイキングコースが越えている。東に下れば寺久保集落へ、西に下れば足利市の華崎集落に至る。辿ってきた尾根道はそのまままっすぐ南に向かい、317メートルの「鳩の峰」を盛り上げている。尾根はさらに越床峠から大小山へと続いているはずである。私が辿りたかった尾根である。

 ザックを降ろし、ひと休みする。残念ながら、今日は越床峠方面への縦走を諦め、ここから関東ふれあいの道を寺久保集落に下るつもりである。ただし問題がある。バスの時刻である。寺久保発佐野駅行きのバスの発車時刻は12時25分発の次は15時40分発の最終バスである。現在の時刻が12時20分、ここから寺久保のバス停まで約45分掛かる。そうすると、何と! バスの待ち時間は2時間30分にもなる。とは言っても他に交通手段もない。待ち続けるしか選択肢はなさそうである。

 見違える程立派となった峠道(関東ふれあいの道)を下る。ほんの5分程下ると「塩の井戸」があった。石囲いされた小さな井戸である。弘法大師が諸国行脚の際にこの井戸の水を飲んだとかの伝説があるらしい。さらに厚く積もった落ち葉を蹴立てて峠道を下る。道幅2〜3メートルもあり、オフロードバイクなら走れそうな道である。ただし人の気配は全くない。

 20分も下ると、北関東自動車道の塩坂峠トンネル出入口上に降り立った。ここに熊野神社がある。さらに里道を20分ほど歩いて寺久保のバス停に下り着いた。長い長い待ち時間をひたすら耐える。

      

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