大雪山系 トムラウシ山

憧れの北海道中央高地の秘峰へ

2005年8月28日

              
 
トムラウシ温泉登山口駐車場 (510)→カムイ天上610)→トムラウシ山山頂(1045〜1110)→トムラウシ温泉登山口駐車場(1615)

 
 Hさんから「トムラウシに行かないか」と誘いがかかった。この機会を逃したら一生この山に登れない。二つ返事でOKした。この山は日本百名山の中でも、最も登りにくい山の一つである。9年前の10月、白雲岳山頂からトムラウシ山を初めて眺めた。足下から続く雄大な尾根が彼方に忠別岳の小さなピークを盛り上げ、その背後にトムラウシ山のどっしりとした山体が悠然と聳え立っていた。その姿はさすが日本百名山と思わせる神々しさがあった。
 
 Hさんは私より二つ年上であるが、昔、先鋭登山でなる社会人山岳会に属していた猛者である。今回は全てHさんに抱っこにおんぶするつもりである。私より6歳年上のTさんも同行することになった。私にとっては久しぶりのパーティ登山である。知らされた計画はトムラウシ温泉からの日帰り登山である。ガイドブックで調べてみると往復10時間の中々ハードなコースである。
 
 夜明け前の3時半、帯広の宿から車で出発する。通る車とてない立派な道をひた走る。トムラウシ温泉国民宿舎東大雪荘を右下に見て、山道を10分ほど走ると、登山口となる駐車場に着いた。20〜30台の駐車が可能と思える大きな広場で立派なトイレまである。既に数台の車が駐車しており、ちょうど10人パーティが出発するところであった。我々も支度を整え、後を追う。
 
 樹林地帯のだらだらした登りが続く。前日雨が降ったのだろうか、至る所泥濘があり、靴とズボンの裾は見る見る内に泥だらけとなった。HさんTさんは登山靴だが、私はいつものようにジョギングシューズである。Hさんがあきれた顔をしている。この登山道を登るのは数回目というHさんが道案内もかねて先頭、登山経験の少ないTさんが真ん中、私が最後尾である。ところがHさんは、後を気づかうこともなく、快速でグイグイ飛ばす。自分のペースの分からないTさんはそれについて行く。これでは後で反動が来ること必須である。しかも、1時間歩いても休む気配も見せない。先に出発した10人パーティを抜き去り、「カムイ天上」と過ぎる。後から声を掛けてようやくひと休みするも、1分も休まないうちにザックを背負い歩き出す。私もこのペースでは後半潰れてしまう。私は自分のペースで勝手に歩くことにする。二人から遅れてゆっくり歩み続ける。
 
 カムイ天上の先で旧登山道と新登山道が分かれる。旧道はロープが張られ通行禁止の標示がなされている。切り開かれてまだ二年だという新道は、刈られた根曲がり竹の切り株が露出し、まだ充分踏み固められていない感じである。やがてルートは、カムイサンケナイ川に向っての急降下となった。足場の悪い泥んこの下りである。帰路、この坂を登り返さなければならないのかと思うと気が重い。
 
 少しカムイサンケナイ川に沿って遡り、コマドリ沢に沿っての登りとなる。いよいよ本格的な登りである。沢の両側はお花畑となり色とりどりの花が咲き乱れている。天気はマァマァであるが、見上げる稜線はガスが去来し、はっきり見えない。HさんとTさんは先に行ってしまうが、私は相変わらずマイペースである。沢の詰めが近づくと、ルートは沢を離れ、大石の積み重なった急斜面をトラバース気味に登った後、草付きの斜面を急登する。森林限界に達し、周りは這い松林である。息せききって登り上げた尾根状の平坦地が「前トム平」である。砂地の草付きで、盛りを過ぎたお花畑となっている。コマクサを見つけたが既に花は終わっていた。この辺りは目標物もなく、ガスに巻かれた場合ルートを失う危険がありそうである。
 
 左に折れ、ハイマツの中の切り開きを緩やかに登り小さな尾根を右から巻くように乗っ越す。さらにもう一つ巨岩の打ち重なる尾根を乗っ越す。すると眼下に素晴らしい光景が現れた。緩やかに波打つ草原が広がり、その中を幾筋もの小さな流れがせせらぐ。そしてあちこちに小さな池塘が見られる。巨岩の間を抜けてその草原に下り立つ。盛りは過ぎたといえども見渡すかぎりのお花畑である。まさに山上の楽園、この辺りが「トムラウシ公園」と呼ばれるトムラウシ山の核心部である。こんなところでゆっくり休みたいものだが、先頭を切るHさんは、目もくれずに遥か先をどんどん進んでいく。
 
 一段登ると、そこも開けた平坦地で、ちょっと大きめの池がある。その辺がテント場に指定されていて、1張だけ張られていた。ここからいよいよ山頂に向っての大急登が始まる。上方を見やると、いくつもの岩峰がそそり立っている気配だが、ガスが渦巻きどこが山頂だかわからない。足下だけを見つめて、一歩一歩身体を引き上げる。下山者と初めてすれ違う。山頂は近い。
 
 10時45分、ついに山頂に達した。巨岩の積み重なった狭い岩峰である。山頂には3〜4人の先行パーティがいた。程なく、途中で抜いた10人パーティも到着した。聞けば、旅行社の登山ツアーの由。リーダーは若い女性であった。あいにくガスが多く、展望はほとんど得られない。それでも、私は大満足であった。この歳になって、この奥深い山に登れるとは幸せ至極である。
 
 30分の休憩の後、下山に移る。下山といっても幾つかの登りを経なければならない。特にカムイサンケナイ川からカムイ天上への大急登は気が重い。山頂直下の急斜面を下る。点々と登ってくる登山者とすれ違う。相変わらずHさんはどんどん先に行ってしまうが、Tさんの歩みは目に見えて遅くなる。一人置いていくわけにも行かないので、後に付きそう。オゴジョが現れ、岩の上にちょこんと座っている。余り人を恐れる様子もなく、何ともかわいい。
 
 カムイサンケナイ川に下り着いてひと休み。いよいよ帰路最大の難所・カムイ天上に続く尾根への登りと、覚悟を決めたのだが、Hさんの提案で旧登山道を通ってみることにする。ここから先は登山者はいないはず。先頭を切るHさんは熊除けの鈴をザックに結び直す。通行止めのロープを跨ぎ旧登山道に入る。踏跡はカムイサンケナイ川を左岸右岸と何回か渡り返しながらしばらく下った後、高巻くように右岸の高みに登っていく。相変わらずHさんはどんどん先に行ってしまい、遠くから微かに鈴の音だけが聞こえる。廃道になってまだ二年ほどなので、赤布も残っておりルートは確認できるが、左右から張り出す潅木がうるさい。ここにいたってTさんは完全にバテきっている。必死に薮の登りに耐えているが、立ち止まる回数も増え、顔面からも血の気が引いている。励まし励まし、ゆっくりと登る。
 
 ようやく尾根に登り上げ、カムイ天上の少し手前で正規の登山道に出た。ヤレヤレである。ひと休みしていたら、正規の登山道を10人パーティがやって来た。彼らも疲労の色が濃い。ここから先は樹林の中を下るだけ。Tさんも元気を回復した。16時15分、無事に登山口の駐車場に帰り着いた。登り5時間半、下り5時間のトムラウシ山日帰り登山の終焉である。一路、ビールと温泉の待つ、国民宿舎東大雪荘に急ぐ。