比企丘陵 遠ノ平山と二ノ宮山 

登る人もいない薮山と大展望の山 

2011年11月27日

南西より望む遠ノ平山
北方より望む二ノ宮山
                                                          
下里集落→遠ノ平山山頂→下里集落、 二ノ宮山南麓の溜池→二ノ宮山山頂→二ノ宮山南麓の溜池

 
 奥武蔵や比企丘陵の山々のうち、少なくともハイキング案内のある山は全て登った。ただし、二万五千図を眺めると、名前も聞いたことのない低山を幾つか見つけることができる。もちろん、このような山は、地図を眺めても登山道の記載はない。低山といえども、どこからどうやって登ったものかと、地図に見入ってしまう。

 二万五千図「武蔵小川」を眺めると、山名記載のある未踏の山が6座見つかった。すなわち、遠ノ平山(200m)、二ノ宮山(131.8m)、大立山(112.7m)、正山(164.9m)、富士山(182.1m)、大峰山(293.m)である。このうち、大立山と大峰山はゴルフ場の中なので登山は無理と思える。残りは4座、先ず今日は遠ノ平山と二ノ宮山に登ってみよう。

 状況をインターネットで調べてみると、二ノ宮山は滑川町が山頂に巨大な展望塔を建て、麓には駐車場まである山で、登るのはいたって容易であることが分かる。一方、遠ノ平山は登る人もめったにいない薮山であるが、物好きな人もいると見え、Googleの検索にわずかにヒットした。それによると、麓から山頂に至る踏跡はあるようすだが、詳細はよく分からない。

 10時、車で出発する。先ずは遠ノ平山に向う。東松山市から国道254号線を西に走り、嵐山町を過ぎたところで旧道に入る。遠ノ平山南麓に達し、目標としてきた小川町下里地区の八坂神社近くで車を停める。遠ノ平山中腹に鎮座する本殿に向って、長大な石段が登り上げている。参拝は下山後とし、神社前の小道を100mほど西に歩くと、目標とする地蔵堂があった。ここから上部に続く踏跡が遠ノ平山の登山道のはずである。ただし、地図に破線の記載はない。

 10時45分、お地蔵様にご挨拶をして、踏跡をたどる。入り口に道標の類いは一切なく、知らない者には、この踏跡が遠ノ平山の頂に続くとはとうてい分からない。人家の横を抜けて雑木林の中を登って行く。踏跡は大きくえぐれ、はっきりしているが、落ち葉が厚く積もり、人が歩いた気配は余りない。また、蜘蛛の巣が時折行く手を阻む。

 持参のストックを振り回しながら、尾根沿いの踏跡をたどると、左から踏跡が合流した。ここに、初めて道標を見る。来し方を「大聖寺」、行く先を「遠の平山」と示している。合流した踏跡の先は何も示していない。「大聖寺」とは遠ノ平山の南に位置する観音山の中腹にある子育て観音として有名な天台宗の古刹である。方向としては間違っていないが、何故この道標に「大聖寺」の名前が出てくるのか不思議である。と同時に、この道標はいったい誰のためのものなのか考え込んでしまう。

 続いて送電線鉄塔が現れた。この踏跡は送電線鉄塔巡視路も兼ねているようである。林床はシノダケの密叢となってきた。右に踏跡が分かれる。巻き道となって進む送電線巡視路と思える。私は尾根上の道を進む。次第に傾斜はゆるみ、辺りは薄暗い檜の植林となる。緩やかな頂に登り上げたが、さらに先に高みがある気配である。漢字のようではあるが読めない文字を刻んだ石碑が現れ、すぐに、遠ノ平山山頂に達した。麓からわずか13分の登りであった。

 山頂は雑木林の中で、展望は一切ない。「八海山大神、御嶽山大神、三笠山大神」と刻んだ石碑と、「神武天皇」と刻んだ石碑が建っている。ただし、山頂標示は一切なかった。山頂の石碑から考えると、この山は御嶽教と関わりのある山であったのだろう。一気に下山する。

 下山後、八坂神社に参拝する。百段を越えると思われる長大な、かつ急な石段をふぅふぅ言いながら登りきると、小さな社の建つ小平地に達した。無人の小社であるにも関わらず、長い石段も含め、境内はきれいに掃き清められており、すがすがしさが感じられた。
 

 続いて、滑川町の二ノ宮山へ向う。カーナビに導かれ、嵐山の町中を抜け、関越自動車道をくぐり、さらに田園の中を進む。約30分で、「おおむらさきゴルフクラブ」に三方を囲まれた二ノ宮山の麓に到着した。釣り堀となった溜め池の辺に駐車場がある。見上げる二ノ宮山の頂には大きな展望塔が見える。

 駐車場の脇から続く細い舗装道路を登る。入り口を鎖で閉鎖しているが、山頂施設の管理用自動車道路のようである。かなりの急傾斜の道だが、約10分で山頂に達した。登ってきた舗装道路とは別に、ジグザグを切って山腹を登る山道も通じていた。下山はこちらを通ろう。

 山頂は開けた平坦地で、片隅に小さな社が鎮座している。麓の伊古乃速御玉比売神社の奧ノ院である。帰宅してから知ったのだが、この二ノ宮山は歴史を秘めた由緒ある山であるようで、「角川地名大辞典 埼玉県」の「二の宮山」の項には次のように記されている。

 『比企郡滑川村の中央西部にある山。標高132メートル。比企丘陵中でも堂々とした山で滑川村の最高峰。比企郡の総社と言われる伊古乃速御玉比売神社の奧の院のある山頂は広く、二等三角点があり、東方の関東平野方面の展望が得られる。武内宿禰が東国巡視の折り、この山上より村里の状況を視察したという伝説がある。全山松に覆われているが、暖帯常緑樹アラカシ、温帯落葉樹アカシデを主とした神社叢は県天然記念物となっている。山麓にある伊古乃速御玉比売神社はかつて山上に祭祀されていた。「延喜式神名帳」にも載せられた由緒ある神社で、かつては阿州大明神と呼ばれた郷社で、文明元年現在地に遷座した。表参道は東北方上伊古から登る』

 山頂の北側に、巨大な展望塔が建っている。掲示された説明書きによると、竹下内閣時代に全国各市町村に配られた「ふるさと創生事業資金」の1億円によって建てられたとのことで、高さは23.7mある由。展望台へは階段を登る以外ない。10階建てのビルを登るに匹敵する大変な重労働である。

 やっとのことで、登りあげた展望台からの眺めは、さすがに超一級であった。まさに360度、遮るもののない展望である。しかも、無料の望遠鏡も備え付けられている。ただし、今日の視界は最悪である。辺りはどす黒く濁った空気に包まれ、遠くの山々はわずかにぼやけた輪郭が確認できるだけである。それでも、西を望めば、笠山から堂平山へと続く奥武蔵の山並みが見え、その後ろには武甲山が頭を覗かせている。目を右に振れば甲武信ヶ岳を中心とした奥秩父主稜線の山並みがうっすら見え、その右には両神山の独特の山頂も確認できる。

 目を北に向けると、濁った空に溶け入るような淡い輪郭の山並みが微かに確認できる。どうやら日光連山と思える。視界をぐっと引き寄せれば、紅葉した林に包まれた丘陵がアメーバーのごとく無数の足を伸し、その間を田圃の広がりが埋めている。この展望台には、視界の良い日にもう一度来る価値がある。さぞ素晴らしい展望が得られることだろう。展望塔を下る。比企丘陵二つの低山の登頂終了である。

                                           以上
 
登りついた頂
  遠ノ平山 200  メートル
  二ノ宮山 131.8  メートル

トップ頁に戻る

山域別リストに戻る